10 ミチル 著 男 『ポケットの中の魔法』
吐く息は白く、今にも雪が降りそうな空。
ちくちくした冷たい空気が頬に当たるため、中野亜基羅はマフラーに顔を埋めていた。ロングコート、マフラー、左手はポケットの中に、右手には熱い缶ココア。この組み合わせは、彼女が家路を急ぐときのお決まりだ。そして最後に、マンションの近くの公園で一服をして締めとなる。
いつものように公園に行くと、ギターの弾き語りをしている男が居た。
亜基羅は一瞬ユーターンをしようかと迷ったが、飲み終わったココアの缶をごみ箱に投げ入れ、お気に入りの小さい滑り台の上に座った。箱から一本抜き取り、ライターで火を点ける。煙をゆっくり吸い込み肺腑の奥まで満たしたら、それらを憂鬱な気持ちと一緒にじっくりと吐き出す。
頭の中がクリアになってきたお陰で、初めて男の歌が聞こえた。
冷たい夜には素敵な言葉を聞かせて
拗ねたような傾斜を作り出す指先
デコレーションされる曖昧な夢
切り絵のように不連続な日常が
微風にくすぐられるようにして
偶然にも回転をはじめる
ポケットに仕舞っていた魔法を見せてあげよう
つまらなくても笑ってほしい
抽象的な歌詞だが、具体的なものよりは評価できる。
言葉にする、というのは、気持ちをアウトプットするということである。洗練され、淘汰を繰り返し、伝わらないという寂しさ、理解されないというジレンマを抱えつつも、言葉に還元することで、何かを得ようとする高尚な行為だ。
亜基羅は男に興味を持ち、滑り台を降りて側に行く。財布から千円札を一枚抜き取り、灰皿のようなコインケースに入れた。
「気に入ってくれましたか?」男が聞いてきた。
「ええ、特に歌詞が」
「本当ですか? お世辞でも嬉しいなぁ、周りからは抽象的で意味不明だって言われるので……」
「意味不明なものの方が、それを解き明かす、あるいは自分の都合のいいように想像できて、私は好きですね」
「変わった方ですね。あ、失礼……、気を悪くしたら謝ります」男はバツの悪そうな顔で言った。
「失礼は受けていません」
「あの、失礼ついでに一つお願いがあるんですけど……、お金はいらないので、煙草を一本もらえないでしょうか?」
亜基羅はポケットから煙草とライターのセットを取り出して渡した。男は煙草に火を点けてお礼を言おうとすると咳をした。平均より辛い煙草を吸っていたので、ヘビースモーカー以外にはきついようだ。
「大丈夫ですか?」亜基羅は聞いた。
「なんとか……、ええ、大丈夫です。お陰で頭がスッキリしました」
「これが私の魔法です」亜基羅は微笑んだ。
男は一瞬固まって、それから微笑みを返した。




