うさぎブログ
輪丸です。
『コマル』。
それがボクの最初の名前だった。
二度目は『モモコ』。
ボクはオスなのだけれど、なぜか女の子のような名前を付けられた。
それには深い深い、人間の事情があるようだけれど、ボクにはよく分からないです。
三度目の名前は、まだない。
今、ボクはペットショップに身を置いているけれど、新しい飼い主が決まったので、今日引き取られる予定です。
* * * * *
☆6月17日☆
新しい飼い主は、西田菊男と言う人だった。
名前が示すとおり、男だった。
あまり若い人ではなかった。
背広でボクと対面した菊男さんは、町にありふれたサラリーマンだった。
ボクは今、なぜだか犬小屋の中にいます。
菊男さんは、ボクが住むためのケースをまだ買っていなかったのです。というか、そのことに気がついたのは、ボクがこの家に来てから。とつぜん頭を抱えたので何事かと思ったが、菊男さんはそうとう世間知らずということが分かった。ふつう、うさぎを飼うなら、先に住まいを用意すべきだろう。しかも、なぜ仮住まいが犬小屋なのか。これも、人間の深い事情というやつなのでしょうか……?
でも、菊男さんはすごく落ちこんでいて、ずっと申し訳なさそうな顔をして、「ごめんね」と何度もつぶやいていた。
犬小屋はとても暗くて、広くて、寒くはなかったけれどとても寂しかった。このまま放ったらかしにされるんじゃないかと、少し……不安になった。
『キョウスケ』という、男らしい名前をもらった。
☆6月18日☆
例年より数日遅れて梅雨がやってきた。雨降りの憂うつな季節です。
菊男さんはボクに「いってきます」を言って、朝早くから会社に出かけた。
夕方、うさぎのケースを右手に、菊男さんが帰ってきた。ボクは早速ケースに入れられ、居間に置かれた。
菊男さんがボクを見てほほえんだ。初めて見る表情に、ボクは少し胸がおどった。
☆6月19日☆
菊男さんが元気ないです。
さっき帰ってきてからため息ばっかりです。
ビール缶のふたを開け、菊男さんはぽつりぽつりと話し始めた。
今日、課長に呼ばれた。
いいことも、悪いこともした覚えはなかったので、いやな予感がしたそうです。そして、その予感は的中してしまった。
解雇を言い渡された。
おそらく自分が悪いのではない、外国の某株式会社が倒産した影響による不況が、この事態をまねいてしまったのだろう、そう言って菊男さんはうなだれた。これからどうしよう、とも言っていた。
ボクには祈ることしかできなくて、だからその晩は、ずっと神に祈りをささげた。
☆6月20日☆
菊男さんはアルバイトの面接に行った。
合格しますように、とボクはこの日も祈っていた。
☆6月21日☆
バイトの合否の電話がかかってきた。
採用の連絡だった。
菊男さんが明日から勤めるのは、土木関連のしごと。
どうか、ぶじに一日が過ぎますように。。。。。。
☆6月22日☆
土木のしごとは想像以上に疲れたようで、菊男さんは、帰ってくるなり熟睡した。
起きてからは、今日あった色々な話を聞いた。
まず班長がすごく厳しかったこと、雰囲気がびりびりしていたこと、事務の女性がにこにこしていたこと、腰が痛くなったこと……
その中でも、一番うれしそうに、一番よくしゃべっていたのが、事務の女性のことだった。50歳だし、もうそんな歳ではないとは思うが、恋心、というものを抱いているのだなと感じた。
☆6月23日☆
女の人を、つれてきた。
菊男さんは嬉しそうに、ずっとにこにこしていた。
おそらくは、事務員の女性だろう。でも、なぜここに来ているのだろうか。菊男さんに好意でも寄せていたりして。
二人の会話の内容から、女性が40代半ばであることを知った。実年齢より全然若く見える。年齢的には、女性、というよりオバサンだけれど、彼女にはそれを感じさせない気品がただよっていた。上品な人だった。
二人はやけに仲良く話しこんでいた。どうやら、二人は昔、近所に住んでいたことがあったらしい。お互い、幼い頃だったので、思い出すのに時間がかかったようです。
菊男さんが彼女に好意を寄せているのは見ていてすぐ分かったけれど、どうやら、彼女の方も菊男さんに好意を寄せているみたいです。両想い、というやつです。
* * * *
これが、ボクが彼女を見た初めての日です。
それ以後、菊男さんはたびたび彼女をつれてくるようになりました。
彼女は、菊男さんの言った「ある言葉」に惹かれた、と言っていたけれど、それがどういったものなのか、ボクに知るすべはなかった。菊男さん自身も覚えていないらしいです。本当かどうかは、よく分かりませんが。
それから一年後。
菊男さんが安定した職業に就いたのと同時に、菊男さんと彼女が正式に結ばれました。二人とも、とても幸せそうです。
それからまた一年後。
男の子が一人、増えました。
家族が一人、また一人と増えていく。
家族っていいな……って。
菊男さんと出会って、ボクは初めて「家族」を実感した。




