おもひで ぼそぼそ
それは、遠くて近い、とある国でのお話。
ずっとずっと東にあるソレイユ王国に、とても勇敢な王様と、それはそれは優しく美しい王妃様がおりました。
二人はとても仲がよく、結婚後すぐに子を授かるものと思われていました。
しかし、待てど暮らせど懐妊の兆しが見えません。
王様も王妃様も思い悩みました。
そんな折、怪しげな旅の商人が現れます。
「おやおや、これは大層お困りのご様子。ならばこれを差し上げましょう。この薬、飲めばたちどころにコウノトリが赤ん坊を運んで来るという、一子相伝、秘薬中の秘薬。ただしこの奇跡の秘薬には、一つ難がございます。生まれてくるのは女児のみ。けれど、そこは、お二人のお子。
美しく珠のようなお子でございましょう。いえいえ、お礼などにはおよびませぬ。どうぞ、よいお子を。そしてソレイユ王国の末永い繁栄を…」
そう言うと商人は薬を置いて、風のように去って行きました。
まあ、なんと不思議な、と王様も王妃様も首を傾げました。が、藁にも縋る思いの二人はその秘薬を試すことにいたしました。
それからすぐに王妃様には新たな命が宿り、十月十日の後、珠のように愛くるしい姫君を授かりました。
王様と王妃様は商人にお礼をしようと、近隣の国を家来達に探させました。
しかし商人の足取りは、ソレイユ王国を出てからパッタリと消えていました。
数年後、広いお城のお庭で遊ぶ幼いお姫様の姿がありました。
柔らかな、見る者全てを幸せにするような笑顔を浮かべ、無邪気に母である王妃に駆け寄ります。
「母様!」
しゃがんで腕を広げていた王妃様に抱き着くと、幸せそうに頬擦りをしました。
「あらあら。ルージュは甘えん坊さんねぇ」
王妃様は目を細めてお姫様の髪を撫でています。
「髪は女性の幸せの歴史なのよ。あなたの髪も、健やかに美しく伸びるわ」
「ふぅん…切ってはいけないの?」
「そうよ。髪の美しさと長さが幸せな人生を表すのよ。ルージュの髪は、美しく、長く伸びるわね」
「母様みたいな綺麗な髪になれるかな」
「そうね…母様より、綺麗になるわ」
膝にお姫様を抱いて、幸せを噛み締めるように王妃様は言いました。
お姫様の成長した姿を想像して、少し胸が熱くなりました。
そんな王妃様のお膝の上で、お姫様は夢の中です。
「どうぞ、優しく、しとやかで素直な女性に育ちますように…」
小さく神に祈ると、お姫様の額にキスをしました。