イル=ファラファスティン
大災厄
この星には機械の発達した文明を持つ人間と自然に寄り添い、自然の中で生きるエルフ、ケンタウロス、ドワーフ、ラルラークなどの自然に寄り添う者達がいた。
人間達は機械による強大な力で支配を広げ、ついには自然界に寄り添う者達の住む自然豊かな森や平原、そして海から地底にまで踏み込んだ。
自然に寄り添うものは抵抗したが人間の持つ機械に太刀打ちできず敗北してしまう。
こうして人間達は全ての種族を支配下に置いた。自然の森も海も鉱山も全てが人間の支配下に置かれた。人間達の文明は飛躍的に進化し強力なものを生み出した。
自然に寄り添う者達のほんの少数が扱える魔法。
その魔法と機械を融合させた超高度文明。
従来の機械に魔法の力が加わり様々なものを生み出し、様々な武器を生み出した。
そのあまりに強力な力に人間達の支配は絶対的なものだった。
だが、思いもよらない大災厄が起こる。
この星から遠く離れた星、月。
その月が崩壊して大爆発を起こしその大きな欠片の一つがこの星に降り注いだ。
空はチリで覆われ、燃料を取り出していた油田もその機械も壊れ、電気は止まり、生活のすべてを機械に頼っていた人間達はその力のほぼ全てを失った。
大きく衰退した人間達の文明、その一方で機械の力に頼らない自然界に寄り添う者達はその身体能力と魔法で反乱を起こした。
そして自分たちの領土からとうとう人間達を追い出すことに成功した。
こうして人間達と自然界に寄り添う者達は再び距離を取った。
絶対的な力を持つと言われた機械と魔法による超高度文明も失われた。
しかし時が経ちこの星の環境は徐々に戻りつつある。
復興を遂げた人間達も勢力を取り戻し始め機械による文明も再び蘇っていた。
主人公
イル=ファラファスティン。通称はイル。
【自然に寄り添う者達】に類する種族エルフの少年であり、王子でもある。まだ、17歳。剣と弓を多少扱え、そしてまだまだ未熟であるが魔法を使える。
ケンタウロスの親友、ケルオン(15)とよく一緒にいる。
冷静沈着な性格だが時々ひねくれたことを言う。
ケルオン
ケンタウロスの少年。ケンタウロスは馬の下半身を持つ為、移動や物を運ぶのにとても適しているため自然界に寄り添う者達のほとんどがケンタウロスの足に頼りがち。
エルフ達にとってもケンタウロス達は欠かせない存在で、その関係でイルとは幼い頃からの仲。
人懐っこい性格でさみしがり屋でいつも誰かのそばにいようとする。
まだ子供だが足は大人の馬に迫るほど速い。
広い草原の中、イル=ファラファスティンは静かに目を開けた。空はまだ青く、どこかで小鳥のさえずりが聞こえてくる。
(ウルセェー、鳴き声だ・・・)
イルは心の中でそう呟いた。別に本当にうるさいとは思ってもいない、でもつぶやいた。
そして目をはっきり見開き上半身を起こす。視界にはありとあらゆる自然の景色が目に入り込む。
透き通る青い空と遠くで揺れる緑。その中で戯れる動物に、色づき始めた花。そこに心地よい風が加わっている。
イルは大きな欠伸を一つした。そして目をさっぱりとさせるとさらに辺りを見渡す。するとそんな景色に交じって一つの物体が目に止まった。
つる草に絡まれ、置き去りにされた黒い箱。
景色の中で違和感を放つ、機械と呼ばれるもの。
この機械は大人のエルフ達、そして他の自然界に寄り添う者達にとって極端に恐れられ、嫌われている。
イルのまだ生まれる前。人間達に支配されていた頃、この機械は人間達に味方し猛威を振るっていたという。
しかしイルにはそれが不思議だった。
どう見ても強そうには見えないし、襲い掛かってきそうにもない。言ってしまえば石ころのようなものでしかない。
それの何を恐れるのか?イルにはそれがわからない。
(こんな動かない箱なのに・・・)
そんなことを考えるうちに興味の湧いたイルはこの箱を徹底的に調べた。この箱にはキノコや植物のように毒は持っていない。(最も食うこと事態が不可能だが・・・)何かの肉食獣みたいに噛みついたりもしない。それどころか片時も動かない。ただ、異常なほどの堅さを持っているのみでずっとこの場所に転がっている。
どうしてこれに恐怖を感じるのか?イルの疑問は尽きない。
それに大人たちに聞いてもイルが大人にならないと教えてくれないという。
イルにはそれが待ちきれなかった。幾度も幾度も考えるうちにこの箱に対する興味と好奇心が止まることなくわき出た。この箱を叩いてみると手が痛い。この箱を蹴ってみると今度は足が痛い。調べれば調べるほどただの石ころでしかない。
もしかしたら人間に支配されていた記憶がそうさせるのか?
しかしイルの村にはかつて無理やり置かれた人間様の英雄と呼ばれる銅像が未だに残っている。それこそまさに役に立たない、邪魔くさい石ころでしかないがその銅像には誰も恐怖は感じていない。
そう考えるとこの機械には何か不思議な力が眠っている・・もしくは神秘的な何かのように思えてくる・・・。
「イルッ!!」
その時、突然声が聞こえた。振り返るとそこにはケンタウロスのケルオンが立っていた。
「やあ!」
笑顔で返事を返すイル。
「何をしてるんだい?」
愛敬たっぷりにケルオンは駆け寄る。
「今の今まで寝ていたところさ・・・」
イルは右肩をすくめて見せた。
「ふうん、・・ねえ。森の中へ行ってみない?おもしろい物を見つけたんだ。」
好奇心を抑えきれない様子ではしゃぐケルオン。
「おもしろい物?どこにあるんだ?」
それにつられるようにイルが言う。
「この先の奥深くで見つけたんだよ!」
目を輝かせるケルオン。しかしイルは『この森の奥深く』という言葉を聞いてほんの少し肩を落とした。
「すまない、遠慮するよ」
「どうして?」
「後、5分もすれば剣の時間だ」
その言葉にケルオンはがっくりとした・・・が、諦めきれないのか言葉を切り出した。
「さぼろうよ!」
「さぼる!?」
「そうだよ、だっていつも勉強に縛られているじゃない!そんなのもったいないよ!たまにくらいさぼったっていいじゃない!」
「・・まあね」
「ね!行こうよ!」
しかしイルは首を振りもう一度地面に倒れ込んだ。
「いや、遠慮しとくよ」
「どうして?」
「俺はエルフ族の王子だからな。それに先生たちにも迷惑をかけてしまうし・・・」
(何よりも王妃様が怖い・・・)
「ふうん・・・」
ケルオンはがっくりとなってうつむいた。ところが、イルが今の今まで見ていた黒い箱に気がついた・・・途端にケルオンは顔をほころばせていった。
「イル、実はあれに興味があるんじゃないの?」
「別にないわけではないけど・・・」
「じゃあ、どうして大人達があれを嫌うのか知ってる?」
「いや、知らない」
「僕、知ってるよ!」
その瞬間、イルはガバッと上半身を起こしてケルオンに詰め寄る。
「本当か!?」
するとケルオンはイルのその言葉と態度にニヤニヤとして切り返した。
「知りたい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
もちろんイルはそれを知りたい。しかし、ものすごくニヤニヤと笑うケルオンにイルは警戒した。
「知りたいんでしょ!」
ケルオンはそんなイルの気持ちなど微塵も知らん顔で明るい声で言う。
「ああ、だが、条件があるんだろ?」
イルが反論するとケルオンはムキになって否定した。
「条件じゃないよ、見つけたんだよ!言葉をしゃべる黒い箱を!」
「言葉をしゃべる黒い箱!?」
さすがにイルは疑った。ケルオンはそんなイルに今度はムキになって言う。
「ほんとだよ!本当に黒い箱がしゃべっていたんだって!!」
ケルオンの必死の弁解。その様子に嘘はないように思える。
「それで、その黒い箱ってのはもし・・・・」
「そう、この先の森の奥深くで見つけたんだ!」
ケルオンはイルの言葉ももどかしく遮るように言う。そしてさらにこう付け加える。
「ねぇ、行こうよイル。稽古なんて一回ぐらいさぼっちゃえよ!!」
言われてイルは考え込んだ。本当はその場所に行きたい。後日案内してもらうのはどうか?とも考えていた。
しかし、毎日毎日いつも稽古と勉強のスケジュールのために、イルには常にそんな暇なんてない・・・・。
(どうせ俺には暇な時間なんて存在しないんだ、さぼらなきゃケルオンの言う秘密の場所には行くことなんて出来やしない)
イルは決意して立ち上がった。
「わかったよ、ケルオン。案内してくれ!」
「そうだよ!そう来なくちゃ!!」
ケルオンはうれしそうに顔をほころばせた、そして背中を向けると、イルはその背中に乗り込んだ。
「さあ、行くよ!イル」
嬉しそうに言葉が響き、そして2人はこの先の森の奥に突入した。
ケルオンの言う『この森の奥深く』は本当にこの森の奥深くらしく、もはや2時間は経過しようとしていた・・・が、まだたどり着かない。
「まだ、着かないのか?」
イルが苛ただしげに言う。行きだけでこれほど時間がかかるのなら帰るころにはどれだけ遅れるだろう?王妃様の顔を想像するだけで背筋が凍る。
「もうすぐだよ、イル!」
のんきなケルオンは気楽に言葉を返す。辺りの空はもう赤く染まっているというのに・・・。その時、ケルオンの足並みがだんだんと遅くなってきた。どうやらやっとご到着のようらしい。
「着いたよ!イル」
そう言ってケルオンは立ち止まった。イルはゆっくりとケルオンから降り立つと辺りを見渡した。大きな木々が立ち並ぶ深い森、ただでさえ、太陽の光が届かなくなっている夕方なのに背の高い木々はそのわずかな太陽の光さえも奪ってしまっている。暗く、静かな森になっていた。
「どこにあるんだい?」
イルは辺りを見回したが、例の黒い箱はどこにも姿を見せてくれない。
「僕が隠したんだよ、誰にも持って行かれないように」
そう言ってケルオンは茂みの中に手を突っ込んで辺りを探し始めた。しかしなかなか見つからないみたいだ。
「耳を澄ませて見ろよ」
イルが提案した。
「その黒い箱はしゃべるんだろ?」
ところがケルオンは、
「いいや、明るいところじゃないとしゃべらないんだ」
「本当に?」
「本当だよ!」
その時、ケルオンの腕が止まった。そして茂みの中から小さな黒い箱を取りだした。
「これがしゃべり出すのか?」
イルは興味を持って問いかけた。
「そうだよ!」
ケルオンは顔をほころばせる。さらに黒い箱に向かって、
「今、光をあげるからね」
と、言うとそれを地面に置き、小枝を拾い集めていく。イルはその間、黒い箱を慎重に眺めた。そこには何か白い文字が書かれている。
「R・・a・・d・・i・・o・・。レイディオ(ラジオ)?」
「うん、何だろうね?これ」
ケルオンもほんの少し首を傾げた。だが、それ以上は対して気にもとめずに火をつける準備を終えた。
「いい?イル。ここの部分に光をあげるとこの黒い箱はしゃべり出すんだ」
そう言ってケルオンはとある部分を指さした。
[A solar battery(太陽電池)]
「何だ?こりゃ」
イルは訳の分からない言葉に疑問を持った。しかし、
「そんなことはいいから」
と言うケルオンにイルは頷いた。
「いくよ!」
ケルオンが火をつける。小枝の山はパチパチといい音を立てて明るく輝き始める。その時だった。黒い箱が突如としてしゃべりだした。
『・・大地よ・・怒れ! 我が怒りを共に飲み込んで怒れ!!』
「ね!凄いだろ!!」
ケルオンは目を輝かした、しかしイルの反応は予想とは違っていた。ほんの一瞬怖い目つきになるとぼそぼそと何かを唱え始める。
「ありとあらゆる自然の力に願います・・・」
「何を言ってるんだい!?」
ケルオンはイルの反応に戸惑いを隠せなかった。しかし、イルはケルオンの言葉を無視して何かを唱え続ける。
「ありとあらゆる自然の一つ、炎よ!我に力を貸してください!!」
「イル、どうしたの!!?」
その時、黒い箱が何やら訳の分からない言葉を発する。
『∃∬∽κδ・・・ττυ・・・ΠΛΑ?ΗΘΞΨ』
そしてイルもまるで急ぐかのように訳の分からない言葉を並べ始める。
「ξν∟∮・・・αζλπ・・α=炎・・・」
そして黒い固まりがしゃべった。
『大地の怒りよ・・・大地の奥深くで眠るタイタンよ、怒れ!我に逆らう不埒な輩を地の底に引きずり込め!!!』
「間に合わない!!」
突如、イルがケルオンもろとも自分の体を突き飛ばして、地面に伏せさした。
「どうしたんだよ!?イル」
ケルオンはなんだか訳が分からずじまいだ。しかしイルが厳しく言い放った。
「アースクェイクだ!!」
「アースクェイク!?」
「魔法だ!!」
「何だって!?」
そして黒い箱が言い放つ!
『アースクェイク!!!!』
その瞬間!地震の轟音が鳴り響き大地の割れる音、崩れる音が盛大に響きわたる!!ありとあらゆる破壊の音が唸りをあげて一斉に咆哮した!!・・・・・・・黒い箱から。
イルはそっと目を開けた。地震なんてまるで起こっていない、周りの木々も何一つ変わっていない・・・。ただ一つ変わったことと言えば黒い箱が地震で何かが崩れ落ちるような音をバカみたいに発しているだけだった。
「どうなっているの?」
ケルオンがおそるおそるイルに聞く。
「さあ・・・・」
イルは何もわからなかった。その時、黒い固まりが急に大きな声でしゃべりだした。
『いやあ、お見事!!天才魔法使い!!』
『天才魔法使い!?』
イルとケルオンは顔を見合わせた。
(自分で自分をほめてる・・・?)
イルは訳が分からなくなった。
『いや、何。簡単なもんですじゃ』
『いやいや、私達人間にはとてもできそうにない!』
『おやおや、お世辞を言われても困りますわい!』
「人間!?」
イルとケルオンはますます訳が分からないご様子。ただイルはこの黒い箱には2人の生き物が入っているのではないかと思い始めた。交互に出てくる言葉の声はまるで別人同士の会話だ。
(一体なんだろう!?)
じっと考え込むイル。そしてあることに閃いた。と、同時にわかった。何故大人達がこれを嫌うわけを・・・・・。
「幽霊だ・・・」
「幽霊?」
「これは幽霊を呼ぶ物だったんだ・・・・」
その瞬間、2人は背筋が凍った。考えてみれば、こんな小さな箱に言葉を話せる大きな生物を閉じこめれるわけもなく、また地震みたいな音を発することができるわけもない。だが、幽霊が起こした怪奇現象だとすれば、それは不気味なほどに説得がつく。
黒い箱はさらに多くの声を発する。
『ブラボー!天才魔法使い!!』
『この魔法は偉大だ!本当にすごいぞ!』
2人は怖くなった。誰もいないのにいくつもの声が現れ出してこだましている。今や二人の周りにはたくさんの幽霊がいるようにしか見えない。
「どうしよう・・・」
怯えるケルオンの声。だがその時、さらに黒い箱が発した声にイルは度肝を抜かれた。
『ウィルザス先生、私達(人間)の機械の先生がおいでになりました!』
「ウィルザス先生!?」
ウィルザス先生とは種族ラルラークの一人でイルに魔法を教えている先生のはずである。
(先生がどうしてここに?まさか、先生は本当は幽霊だったのか!?)
だが、黒い箱はイルなどまるで眼中になく、一人で次々と勝手に話を進めていく。
『ウィルザス先生、私が機械の権威、ブーチです』
『初めまして、ブーチ殿!ラルラークの一人、ウィルザスですじゃ』
『この度は私たち、人間に力を貸してくださることになってまことに助かります!』
(人間に力を・・・?ウィルザス先生が・・・?)
「どうなってるの?」
ケルオンが訳が分からずイルに問いかけた。しかしイルも酷く混乱しており、ただじっとこの黒い箱の独り言(?)を聞き入るほかなかった。
『しかし・・・どうして私たち人間に力を貸そうと?』
『・・・言うまでもない。超高度文明のためじゃ!』
「超高度文明だって!?」
混乱している二人に恐怖と胸騒ぎが混じった。
超高度文明は人間が全てを支配していた時に持っていた絶対的な力。
今エルフ達や『森に寄り添う者達』が独立できたのは人間がその力を失ったからだ。
二人はその時のことを知らないが、絶対によみがえらせてはいけないものだと教え込まれていた。
それなのに
「ウィルザス先生・・・一体どういうことだ?」
だが黒い箱はイルの言葉など無視して独り言を続ける。
『しかし超高度文明の復活にはまだ課題が多い!魔法を使える者がまだまだ必要。それに資源もまだまだ足りない。森の木々の多くはエルフ達が、そして鉱山はドワーフ達が持っています・・・・。しかしウィルザス先生にはそれを解決する方法があると?』
『・・・ふむ、そうじゃ。彼らはきっと歯向かうじゃろう』
『では・・・?どうするのです?』
そして黒い箱は恐怖を語りだした。
『エルフの王子を誘拐する』
『エルフの王子を?』
「ええ!?やば・・・」
思わず叫ぼうとするケルオンにそれを慌てて口をふさいで、そして身を潜めさせるイル。
『そうじゃ、ワシの魔法を教える生徒にエルフの王子。イル=ファラファスティンがおる。それを人質としてさらってしまえばエルフ達も交渉に応じずにはいられまい』
途端、黒い箱は狂喜の声で一斉に騒ぎたてた。
『ォオー!!』
『俺達の栄光が蘇るぞぉ!!』
イルはわずかながら自分の体が震えているのを感じた。何がなんだかわからないがとにかく大変な事が起こることだけははっきりと知った。
「イル・・どうしよう」
ケルオンが怯えながら言う。
「逃げよう・・・・・」
2人は顔を見合わせるとゆっくりと黒い箱に背を向けた。
そしてイルがそっとケルオンの背中に飛び乗った瞬間!!2人は凄まじい勢いで森を駆け抜けた・・・・・・・・・。
2人がエルフの宮殿に戻ってきたのは辺りがすっかり暗くなった頃だった。宮殿の村ではイルを探す声が聞こえる。
「イルー!」「イル様ー!!」「イルー、どこにイル?」
当のイルとケルオンは物陰からその様子をそっと見ていた。
「イル・・・どうする?」
ケルオンは心配そうにイルを見る。しかしイルはすでに考えを巡らせていた。
「噂を流そう」
「噂を?」
「おそらくあのことを大人達に話したって誰も信じないさ。だからケルオン、この事を噂として流してくれ」
「うん、わかったよ。噂ならみんな嘘でもかまわないから聞いてはくれるもんね」
ケルオンは快く承諾した。
「とにかくこんな真実をいきなり言っても誰も本気にしてくれない。まずは噂からだからな。いいか!」
「うん、わかったよ!」
ケルオンが首を縦に振ると、イルはさよならを告げて物陰から飛び出した。その途端、
「あ!イル様!!」「イル様がいたぞー!」「イル様がイルぞう!!」
と、宮殿に使えるエルフ達が大勢イルの周りに集まってきた。やっと幽霊ではなく生きているエルフ達の顔を見て安堵し、ほっとしたイル。そして何か一言言おうとしたその瞬間、イルの安堵は一瞬にして吹っ飛び、後には恐怖だけがそこに残った、なんと、目の前にはもはや鬼以外の何者でもないイルのお母様が恐るべき睨みを利かせて微笑んでいる。
(・・・死ぬ!)
イルの脳裏に確信が走る。そして・・・(ここからは比喩表現です)その直後!!イルのお母様の怒りが爆発でイルの体は上空へ舞った!!しかしお母様の怒りはそれだけでは収まらず空高く浮かんだイルを飛び上がって追撃して、怒りのパンチでさらにイルを吹っ飛ばした!すごい勢いで飛んでいくいる、だがそれをお母様はさらに追いかけさらなる追撃で吹っ飛ばす、そしてさらに吹っ飛んでいくいるをさらに・・・さらに間髪入れずに吹っ飛ばしていき、いつしか夜空はそんな二人の残像で埋め尽くされた。
そして止めの一撃で地面にイルを叩きつけて大穴をあけるとお母様は一言、
「こんなに遅く帰ってきて怪我でもあったらどうするんだい?心配するじゃないか!」
と、言い残しすと満足そうな顔でその場を立ち去っていった。
種族、ラルラーク。
森に身を寄せる者達は彼らを種族名としてそう呼んでいる。一方で人間に支配されていた時、人間達は彼らを獣人と呼んだ。
ケンタウロスが人間の体と馬の体をあわせ持つ種族ならばラルラークはエルフか人間が獣の皮をかぶったような生き物だ。
体中にふさふさと毛を生やし、エルフや人間のように二足歩行で歩いて器用な手つきで道具を扱う。
いうなれば大人の人くらいの大きな猫、もしくはクマが突然エルフか人間のように動き出した。そんな種族だ。
そんな彼らは他の種族から見てとても愛嬌がいいといわれる。そして実際そう見える。
ふさふさの顔に彼らのほとんどはファッションとして伊達メガネをつけており、普段からおおらかに見える顔なのに怒っても顔にあまり変化が見られないため、いつでもおおらかな顔をしている、ように見える。・・・見間違える。
しかしそんなせいか、ラルラークはどんな種族ともうまくやっている。
人間に支配されていた時だって彼らの多くは優遇されていた。
少数しかいない種族で魔法を得意としていたこともあったが、愛嬌ある姿のためにラルラークのぬいぐるみは今でも人間の子供達に大人気だ。
そんな彼らは人間達の支配から逃れた今でも人間の技術から学んだ服やアクセサリーを身に着けて、オシャレに事欠かさない。
大柄な体にいつもどこか落ち着いて、いつものっそりと動くためやはり愛嬌がたっぷり詰まっている。
そんな種族の一人、ラルラークのウィルザス先生。
今日は成さねばならぬ目的をもってエルフの宮殿へ赴いていた。そのための準備も念入りにしてきた。そして何もかもうまくいくはずだった。
しかし初手から躓いていた。
イルに魔法を教える名目で来たのに肝心のイルが部屋に引きこもっているという。
そんなウィルザス先生はテーブルをはさんでイルの父でもあるエルフの王とテーブルをはさんで対峙していた。
「イルはどうしたのです?」
思わぬことに驚きの声をあげるウィルザス先生、相手には見えてないが額にも冷や汗がびっしりだ。
「すみません、ウィルザス先生。イルは・・・とあるしがない噂を聞いてそれを信じ込んでしまっているのです」
「とあるしがない噂とな?それはどんな噂なのじゃ?」
「申し上げにくいことにあなたが幽霊だとか・・・」
その言葉にウィルザス先生は思わずキョトンとした。
「ワシが?・・・幽霊?」
そしてしばしの後、大声を上げて笑い出した。
「ふわっはっはっはっはっは・・・ワシはしかとここにおるではないか。ふわっはっはっはっは・・・・」
しかし、ウィルザス先生はそこで考え込むような表情をすると言った。
「しかし、それはしがない噂であろう?イルは本当にワシのことを幽霊だと思ったのかのぅ・・・」
「それだけではないんです」
エルフの王はため息を一つついた。
「実はウィルザス先生は人間界の者たちと手を組んでらっしゃるとか」
「何!?・・・お前達はそのような噂を信じておるのか!!」
冷や汗がどっと噴き出る。・・・・幸い相手にはまだ見えない。
「人間界と手を組んでイルを誘拐しようとしてらっしゃるとか・・・」
「ば、馬鹿馬鹿しい!馬鹿馬鹿しい話じゃ!!一体誰がそのようなことを!」
さらに焦るウィルザス先生。冷や汗の量はかなり増し、表情はひどく追い詰められた・・・・しかしふかふかの顔と伊達メガネはとても便利でそれを覆い隠す。
「イルはどういう訳かその馬鹿馬鹿しい噂を信じ込んでしまっているのです」
深刻な表情のエルフの王。しかしそれを落ち着いた表情・・・いや、そんな表情に見えるウィルザス先生は冷静さを保とうと必死になりながら言った。
「と、とにかくイルに会わせていただきたい。このような誤解はすぐにでも解いておきたい」
「わかりました。イル!こっちへ来なさい!!」
しかし、イルはまるでこちらに来る様子はない。
「イル!!こっちに来なさい!」
エルフの王は幾度となく呼ぶがイルはいっこうに姿を見せなかった。そのため落ち着きを取り戻し始めたウィルザス先生は提案した。
「では、私の方からイルの部屋にお邪魔してよろしいかな?」
「仕方ありませんね。ではどうぞ」
その案に同意したイルの父はウィルザス先生をイルの部屋へと案内した。ウィルザス先生はイルの部屋のドアの前に立つと王の方を振り向き、
「イルと2人で話をしてもよろしいかな?」
と、にこやかに言った。しかしそこには有無を言わせぬ雰囲気があった。・・・ように見えた。
「いいでしょう」
王は承諾するとウィルザス先生を部屋に通し、そして応接間に戻っていった。ウィルザス先生はそれを見送ると再びイルの部屋の方を振り向き、そして厳しい目つきになると部屋のドアをゆっくりと開けた。
しかしウィルザス先生がそこで見たのは腕を組み落ち、とても着き払ったイルの姿だった。
自分の机のイスに座りウィルザス先生をじっと見ている。おびえた様子はなく、むしろ待ち構えていたようにすら見える。
ウィルザス先生に戸惑いが走る。しかし、驚いてばかりいる訳にもいかない。
(ここで何かを言わなければいけない)
そう思って恐る恐るイルに近寄った。ウィルザス先生にとって今のこの状況はチャンスであり、ピンチでもある。
獲物は目の前、しかし見方を変えれば袋小路かもしれない。
「イル、私が怖いのかね?」
するとイルは
「全然怖い!」
と、余裕のある声で返事を返す。その態度にウィルザス先生は面食らった。
(イルはふざけているのか?・・・・それとも)
面食らって戸惑ったが、しかしそれでも冷静に落ち着いて言った。
「はっはっはっ・・・イル、冗談が過ぎるぞ。私をからかって遊んどるのかね?」
しかしイルは何も答えない。ウィルザス先生は何も答えないイルにこれ幸いとさらに近寄り始めた。
「どうしたのじゃ、イル?一体何があったのかね?」
そしてイルの目の前で立ち止まった。
「何か言いたいことがあるのだろう?」
ウィルザス先生がイルの目の前に来た。その瞬間イルは叫んだ。
「ケルオン!!」
「何事だ?」
突然、音をたててケルオンが飛び出す。
ウィルザス先生の視界はそちらに縛られる・・・その隙を狙ってイルが手に隠し持っていたコショウをウィルザス先生に投げつけた!!
バチィッ!!と、鋭い音が響く。
そしてウィルザス先生の顔がクシャミが火を噴いた!
「ハックション!!ヒックション!!」
ウィルザス先生は顔を振り回しもがく。涙を流し、焼けるような顔を手で覆い、ひっきりなしにくしゃみをしてもがいている。それを物陰に隠れていたケルオンが網を放り投げてウィルザス先生を包んで捕らえた!!
「やったよ!!イル」
「やったな!!」
イルとケルオンは安堵し、互いにガッツポーズを取った。しかし、イル達はウィルザス先生が赤い玉を密かに取りだしたことに気がつかなかった。高等の魔法使いは魔法の呪文を何かの道具に封じ込めることができる。そして、魔法の効力がなくなる前にその封印を解くことで呪文なしで魔法が使える。今、イルはウィルザス先生のひっきりなしのくしゃみにより、魔法を使えないとタカをくくっていた。全く油断していた。そしてイルがウィルザス先生から赤い光が漏れているのを確認したときはもうすでに遅く、イルの部屋は赤い光に包まれた。
(まずい!テレポーテーションだ!!)
イルはそれを確認するだけが精一杯だった。そしてイルは気を失った。
・・・そのころ、イルの部屋では大勢の大人のエルフ達が待ち構えていた。しかし大きな物音と奇妙な音が鳴り響きあわてて駆けつけたがイルの部屋は何もかもがさっぱりとなくなっていた。机も、タンスも・・そしてイル、ウィルザス、ケルオンの3人も・・・・・・・・・・。
「くそう・・ここはどこだ?」
イルは痛む頭を押さえつつ辺りを見回した。意識をほんの少し回復した途端に激しい頭痛が襲ってきたおかげで何がなんだかわからない。
「人間界へようこそ。」
ふと、声が聞こえイルは振り向いた。そこにはサングラスをかけ、髪をオールバックにした。ボディーガード風の男が濃い色のサングラス越しにイルを見ていた。
「人間・・!!」
イルが警戒して言った。
「そうだ。君がイル=ファラファスティン君だね?」
男は気楽に話しかけてくる。イルは痛む頭を左右に振ると言った。
「そうだ」
その時、ウィルザス先生が起きあがった。そして何回か大きなくしゃみをするとサングラスの男を見やって言った。
「ファルガス君。今は下がってくれたまえ。イルとこのケンタウロスとだけで話をしたい」
するとファルガスと呼ばれた男は一礼して部屋を出ていった。イルは改めて今自分のいる場所を見回した。
この丸い形をした部屋は天井が異様なほど大きく、周りには黒い箱を大きくしたようなものがひっきりなしに壁にくっついて並んでいる。その『黒い箱を大きくしたようなもの』達はいろんな色の小さな光をひっきりなしに放っていた。
(なんだろう・・これは)
思わず気を取られ、イルが不思議な目で見ているとウィルザス先生が語りかけた。
「それらは機械という物じゃ・・・」
「機械?」
イルが興味を持って聞き返した。
「まあ、どのようなものかはいずれわかるはずじゃ・・・」
だが、ウィルザス先生の表情はそこで厳しいものに変わった。
「イルよ・・お前に話さねばならん事がある」
「機械と魔法が合体した超高度文明のこと・・・だろ?」
その言葉にウィルザス先生は少し驚いた様子だったが、すぐにまた、険しい表情に戻る。
「そうじゃ・・・そしてそれが今、必要なのじゃ!」
「必要?」
イルが聞いた。
「そうじゃ」
ウィルザス先生はそう一言言うと、ケルオンを起こした。
「こちらに来なされ」
ウィルザス先生は別の部屋へと2人を案内しようとする。
「詳しい話をお聞かせする」
イルとケルオンは顔を見合わせたが、ここにいても仕方がないのでウィルザス先生に着いていった。
その部屋には【映写室】と書かれていた。その部屋には明かりがあまりついていないため薄暗い。そして壁には何か白い紙のような大きな物が垂れ下がっている。中央にはテーブルがあって座るための椅子が白い紙のようなものに向くように並んでおり、そして台の上には奇妙な機械がのっかっていた。ウィルザス先生は2人にイスに座るように促した。イルとケルオンは不思議な気持ちを抱えたままイスに座るとウィルザス先生は機械に手を伸ばして言った。
「イルよ、まずはこれを見てくれ」
機械のスイッチが入る。すると部屋から明かりが消えて次第に暗くなり、やがて機械から光が放たれた。それは壁に垂れ下がっている白い紙に向かって照らされた。
その時、紙に一つの映像が映し出された。それは・・・限りなく広がる枯れた木の森であった。今にも崩れ落ちそうな枯れ果てた木が気持ちの悪いほどぎっしりと並んでいる。だが、イルの目に強く焼き付いたのは一つの恐ろしく大きな植物であった。その植物はまさに黄緑色の蛇の形をしている。大木100本を束ねたような太い胴回りを持つ蛇が、がむしゃらに森の上を徘徊し回り、恐ろしいほどの長さで森という森をのたうっている。そんな恐ろしい植物。『蔓』がその前進から根を生やして枯れている木々、一つ一つに絡みついていた。
「おもしろい絵ですね」
イルが皮肉の意を込めて言った。しかし、ウィルザス先生は嘆かわしい表情をしていった。
「これは・・・絵ではない」
たくさんの木々を求めて這い回る黄緑色の蛇のような蔓。しかし、イルの言う『おもしろい絵』はこれだけではなかった。
禿げ山と化した山にしっかりと吸い付いている巨大なキノコ。その禿げ山の麓には枯れ果てた木がたくさん転がっている。
ビルを襲う巨大な蛇型の蔓。蛇型の巨大な蔓がビルというビルをはいずり回り、大都市を崩壊させている。
畑に突如、地面から突き出るように姿を現した木々達。それらの木々が、大きく成長して葉を広げるために、畑に育っている植物から光を奪ってしまう。そのために畑の植物は枯れたり、しなびたりしている。それらの木々の根元近くには刃の欠けた斧が捨ててあった。
それらのそういった絵が次から次へと数限りなく白い紙に映し出される。しかし、それを遙かに越えた残酷な絵がさらにイルの目に映し出された。
人間やエルフのような生物、ウィルザス先生が【月人】と呼ぶその生き物。
その月人達が人間達に次々と惨殺される絵。そしてその月人達に人間達が次々と惨殺される絵。血なまぐさい絵が次から次へとイルの目に飛び込んでは心の中に焼き付いていく。
「これらのことが・・・絵ではないと?」
「これらのことは、全て現実じゃ」
「現実?」
「嘘だ!!」
ケルオンが叫んだ。
「嘘ではない!!」
ウィルザス先生が恐ろしい怒号をあげてケルオンを制す。
「全てが本当のこと、全てが事実のことなのじゃ!!!」
「証拠は・・?」
イルが押し殺した声で言う。ウィルザス先生はゆっくりと頷くと言った。
「着いてきなさい・・・」
イルとケルオンは初めて都会というものを見た。どんな大木よりも遙かに馬鹿でかいビル。ツバメのような恐ろしいスピードで駆け抜ける自動車、バイク、トラック、電車、etc・・・。
「これが都会・・・か」
イルが呟いた。
「左様・・・そして今、道路という道を走り抜けているもの。それら全てが機械で作られておる」
「ふーん」
ケルオンが気のない返事を返した。今さっき見せられた絵がまだ頭に強く染みついている。その時、ファルガスと名のった男が再びイル達の前に姿を現した。そしてウィルザス先生に告げる。
「お車の用意が調いました。さあ、乗って下さい」
そういって、せっせとイル達を促そうとする。
「いいかね?イル」
ウィルザス先生が念を押すように言った。覚悟をしておけと言うことだが、イルの気持ちは決まっていた。
(もしこれが真実なら・・・)
そしてイル達は小型のトラックの前に立った。別に乗用車でも良かったらしいのだが、それではケンタウロスのケルオンが乗れないと言うことで小型トラックになったわけだ。
小型トラックに乗り込む前に、ファルガスがイルとケルオンに防護服とヘルメットを渡した。これに着替えろと言うらしい。
やがて、イルとケルオンは防護服を身にまとい、トラックに乗り込むとケルオンをはるかに超えるスピードで走り出していった。
走るトラックの中
「いずれこの星の自然は滅びる」
それがウィルザス先生の切り出した最初の言葉だった。
「どういうことですか!?」
イルが噛みつかんばかりの表情で見据える。だが、ウィルザス先生は落ち着いて話を始めた。
「今から20年前、この星に隕石の衝突があった。そしてそのショックにより一時、この星は壊滅的なダメージを受けていた」
極めて落ち着いてゆっくりと話すウィルザス先生。
「その隕石とは月であったことは知っているかな?」
「一応」
イルが即答した。
「しかし、月の隕石は月に生息していた植物の種を運んできてしまった」
「・・・まさか!」
「そう、君たちに見せた絵に描かれている植物だ。それが今、この星の植物を、自然を破壊しつつある」
「・・・・・」
「我々はこの星の自然なしでは生きてゆけない。月から運ばれた植物は我々の生活には適さない。しかし今、月の植物達はこの星の環境を自分達に適応できるように変化させようとしている」
「・・・・・」
「この星の植物と月の星の植物の弱肉強食により今、この星の自然が姿を消そうとしているのじゃ」
「・・・・・」
「人間達はこの問題を解明すべく、月の植物を排除しようとした。だが、彼らが現れた」
「・・・・月人」
「そう、故郷を失い、住む星をなくした月人じゃ。彼らは月の植物を排除しようとする人間達に攻撃をかけた。そのためにやむなく人間達も月人と戦争を起こし、残酷な悲劇を繰り広げた・・・」
「・・・」
「しかし・・・しかしじゃ、我々がこの星にある自然の中でしか生きていけないように。月人もまた、月の植物なしには生きていけないのじゃ!」
「・・・!! そして月人は自分の故郷の星を失っている!!」
「・・・だからこそ、月人はこの星を第2の住処としなければならない。だが、月人同様、我々は月人の自然の中では生きることができない」
「だとすれば・・・」
「左様、この星に住み続けるため、月人か我々。必ずどちらかが死ななければならないのだ!!!」
「なんだって!?」
ケルオンが叫ぶ。
「・・・なるほど・・・な」
イルが声を押し殺しつぶやいた。
(・・・・・だから!)
「我々は戦うしかなかった、いや。全ての月人を殺すしかほかはなかった」
「それで・・機械と魔法の超高度文明が必要・・・と」
そこでウィルザス先生は悩ましげな表情をして、ため息を吐いた。そして一言、言った。
「協力してくれるかな?」
「・・・・・」
イルは何も答えなかった。ウィルザス先生も無理に答えを求めようとはしない。そして彼らは何もしゃべらないまま、絵の場所の一つに着いた。
『立入禁止!!』
厳重に金網を巡らせた囲いの向こうには生きた自然はない。かわりに枯れて朽ち果てて、めちゃくちゃに倒れている木々がデコボコの地面のようになっており、その上には見た事のない小さなキノコが無数に生えていた。
「このキノコはやはり・・・」
イルはそう言ってウィルザス先生を見た。
「無論、月からの菌類じゃ」
イルは金網越しに目を凝らした。朽ち果てた木々の上に覆いかぶさる紫色の無数のキノコ。まるで紫の絨毯が敷き詰められたようだ。
「このキノコは胞子が枯れた木や朽ち果てた木に取りついて養分を吸い取って成長するのじゃ。胞子が毒を出し、木がより朽ち果て、やわらかくなり養分を吸いやすくなる。しかしその毒は弱く本来は朽ち果てた木にしか生息しないようなのじゃ。じゃが、それは月の植物での話。我々の星の木にはその毒は猛毒で元気な木でさえも枯れ果て朽ち果ててしまう。それがこのキノコの生息域を大いに広げてしまっている」
かつては緑豊かだった森、今では紫色が豊かだ。
その時、金網の向こうで防護服を着た何人かの人がキノコのじゅうたんの上を歩きながら何かの薬をまきだした。
「あれは何をしてるんです?」
「薬をまいてる・・・と、いったところじゃの」
「薬・・・?」
「キノコが胞子を飛ばさないようにべとべとの粘液のかかった薬をまいておる。粘りっこい粘液がかかれば胞子を空中に飛ばせなくなるからじゃ」
「へえ、考えてるんだね」
ケルオンが感心する。しかしイルは疑問を持った。
「このキノコを・・・排除しないんですか?」
そうすれば胞子は飛ばないし、そもそも胞子自体が出来上がらなくなる。するとファルガスがどこか得意げに言った。
「利用してるのさ」
「利用?」
「これは毒キノコなのさ。成長したこれは強い毒を作り出す、月人にもかなり有効なのさ」
自然の中には毒を持つものはたくさんある。
イルとケルオンはなんだか複雑な気持ちで顔を見合わせた。
それからイルとケルオンはさらに別の場所へと案内された。
畑に根を生やした異常な硬さを持つ木。おそらくその木が生えている畑は全滅したかに思えた。しかし、その木に『ライト』という機械をくくりつけて新しい太陽の光を作り出すことにより、まだ畑は生きていた。まだ生きてはいたが、畑に植えられている作物の数は極端なほど減っていた。やはり、この異常な硬い木が畑の養分を吸い尽くせるだけ吸い尽くすわけで、そのために数本しか植えることができないのだった。
さらにそのすぐ近くにある『ビニールハウス』と言われるビニールでできた倉庫のような建物も案内された。が、そこでイルが目にしたものはビニールハウスの内側から育って、ビニールハウスのビニールの屋根を突き破るあの硬い木だった。
「人間達は、この『ビニールハウス』の中で食物を育てようとした。そしてたくさんのビニールハウスを建てたのだが、結果は見ての通りだ」
サングラスで表情はわかりにくいがファルガスがどこか悔しそうに言う。
ビニールで密封されたビニールハウス。その全てにあの硬い木が内側から突き破って生えている。それにしても不思議な環境だった。
「ことごとく進入されていますね」
イルがもはや感心したように言う。
「どうしてこんなに密封されたビニールハウスなのに木が進入できたの?」
するとウィルザス先生がいかめしい顔をしていった。
「それは人間達がこの木の事をあまり知らなかったからじゃ」
そう言ってウィルザス先生はクワを拾い硬い木の根本を掘り起こし始めた。
「よいしょ!!」
ウィルザス先生が威勢よくクワを振り下ろす。ザクッ!!と、鋭い音がしてクワは地面の土をかき出したが、たった2,3度目で カンッ!!と硬い音が鳴り響いた。ウィルザス先生が地面の土を手で掘り起こすと、硬い木の根っこが姿を現す。
「この硬い木の根っこに沿って穴を掘り起こしてごらん」
イルとケルオンはほんのわずかだけ顔を見合わせたが、すぐに根っこに沿って穴を掘り始めた。ケルオンが勢いよくクワをふるって降ろすが、硬い根っこにクワが炸裂する度に手が痺れているご様子だ。硬い根っこはとても長く、一直線にある方向へと向かっている。
(まさか!!)
イルはそのとある方向を見て感づいた。この硬い根っこはもう一本の硬い木の方向へと向かっているのだが・・・。やがて、根っこを掘り起こすうちに遂にもう一本の硬い木の所にたどり着いた。なんと、この2本の硬い木は根っこと根っこで結び付いているのである。
「やっぱりこれは、種や胞子ではなく・・・」
「左様、この木は根っこを伝って繁殖していくのじゃ」
ウィルザス先生は悔しそうに呟いた。
「そんな・・・」
ケルオンが呻く。
「じゃあ、まさか・・これらの木全てが根っこで繋がっているかもしれないと」
「無論・・」
そう言ってウィルザス先生はイル達に背を向けた。
「ついて来なされ」
イル達がウィルザス先生に促されるままについてたどり着いた先には小山のような巨大な一本の木があった。当然ながら、畑にあった硬い木の全てはこの巨大な木と根っこで結び合っている。
「これが親玉か・・・」
イルはもはや感心して言った。
「・・・・」
ケルオンに至ってはもう、声も出ない。代わりにその表情に不安が徐々にだがわき出ている。
「この木はまだまだ大きくなっている」
ファルガスがそれとなしに言った。
「この木の成長をくい止めるには根っこを壊し続けるしかない」
そう言ってファルガスはクワを手に、巨大な木の根元を掘り始めた。するとすぐに硬い音が響いて根っこの一部が姿を現す。イル達が手伝ってさらに掘り進めていくと、それは大木を埋めたような根っこが姿を明らかにした。
「こんな図太い根っこを壊せるのか?」
「壊せるさ。ただ根っこは他にもうじゃうじゃある。それを全部破壊しないとだめだ。もし一つでも見逃せばそれがまたこのように大きくなってたくさんの根を作る。たとえ小さく細い根でもな」
イルは静かに畑を眺めた。
(自然が自然を破壊する。植物の世界だって弱肉強食の世界だ。だけどその弱肉強食が俺達の命を左右している)
その後、イル達はビニールハウスならぬコンクリートハウスを見た。コンクリートで固めた建物の中に外部の土を運び込んで作った畑だったが、コンクリートハウスを造るのには手間暇がかかるためかあまり広くはない。当然、スペースも狭く食物もたいして作れない。
イル達はこの畑を後にした。再び小型トラックに乗り込むとウィルザス先生が言った。
「これから月人を見に行く」
「戦争の場ですね?」
「うむ。覚悟した方がいい、死ぬかもしれんからな」
ウィルザス先生と人間達がイルを誘拐したわけ。それは話し合いをするためだった。
月人との戦いに劣勢に追い込まれた人間達は超高度文明を頼った。そして危機を知ったウィルザス先生がそれに協力した。
その為にイルを誘拐した。
イルに現状を理解してもらい説得し、自然界に寄り添う者達との話し合いの場を作ろうとした。
無論、自然界に寄り添う者達には未だ人間に反発している者も多い。
イル一人が説得に回ったからと言って何もかもうまく事は運ぶとは思えない。
だが、いずれにしろこの星の住人全ては手を取り合わなくてはならない。
どんな方法だろうが一刻も早くこの星の住人全てが手を組まなければ取り返しの付かないことになるのだ。
イル達を乗せたトラックが戦場に向かう中、イルの頭は考え事でいっぱいだった。
(人間達は欲望のために戦ってるわけじゃない。守るべき家族のため、生きるために戦っていた。でもそれは月人達も同じだった・・・)
やりきれない気持ちばかりがこみあげる。しかし運命はもう動き出していた。
この星に乗せられたイル達と月人達の命。
その二つは共存できない同じ星の上に乗った。生きるためにはどちらかが死ななければいけない。
イルの中で自然と導き出される答え。
(生きるためには・・・・月人を倒すしかない)
それだけが真実だった。しかし・・・。
「もし、超高度文明を再興することができれば、我々は月人にかなうのですか?」
イルの質問にウィルザス先生は難しい顔をした。
「それはわからない。月人の機械の技術は逸品じゃ。人間のものをはるかに凌駕しておる。それでも戦ってこれたのは数の力じゃ。多くの犠牲を払って持ちこたえていた。だがいずれ月人に押されてしまうじゃろう」
「もし超高度文明があれば・・・」
それは一つの大きな希望になる。しかしウィルザス先生は硬いままの表情をしていた。
「おそらく勝てるじゃろう、そう思っていた。だが・・・」
「だが・・・?」
「月人にも魔法を使う少女がいる」
その瞬間、イルとケルオンに激しい動揺が走った。
「無論、まだはっきりわかった事ではない。見間違いかもしれぬ。これまで戦場で月人が魔法を前面に出して戦ったというまだないからじゃ。しかしもし奴らにも魔法が使えるのならたどり着くかもしれぬ」
「・・・・・・」
「追い詰められた者は生き残るために必死じゃ。彼らだって命がけじゃ。故に何が起こるかわからぬ。もしかしたら奴らこそが高い技術の機械と魔法の超高度文明を作るやもしれぬ」
イルとケルオンはただ青い顔をしていた。幼い頃の記憶がショックを伴って蘇っていた。




