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9:孤独と1億円

 

 最近の私は、孤独を感じなくなった。


 母は相変わらず仕事で家を留守がち、学校やアルバイトでも話す人はいない。でも私には石井がいる。


 アルバイトが終わると、必ず石井が迎えに来て家まで送ってくれる。たまに早く終わった時は一緒にご飯を食べに行ったりする。夜寝る前には必ず電話してから寝る。


 そして土日は石井と会って買い物したり何処か遠くに遊びに行ったりする。


 周りから見れば仲良しカップルに見えるだろうが、実際はそうではない。

 帰り際には石井から毎回100万円を貰う。それが私達の関係だ。


 1億円貯まったらこの関係は終わってしまう。もう石井と会う理由もなくなる。変な情は持たないようにする。

 愛だの恋だの、どうせいつか終わる日がくる。親だって結婚したのに、結局は離婚したんだ。だから、石井とはお金の関係で充分。そうすればお互い傷つくこともない。

 そうして私は石井との曖昧な関係を続けることにした…。












 あれから2年経って、私は今日高校を卒業した。

 3年間休まず腕を通していた制服も今日で見納めだ。


 母はなんとか時間を作って卒業式に来てくれたが、終わるとまた出張に行くという。


 それよりも、私は気がかりなのは石井だった。


 実は、石井とはここ1週間会っていない。仕事が忙しくなったわけでもなく、突然連絡がつかなくなってしまった。


 私と会うのに飽きたのか、それとも『高校生』じゃなくなる私にもうなんの魅力もなくなったのか…




 いくらお金の関係とはいえ、こんなにあっさりと終わってしまうのは、ちょっぴり悲しかった。せめて連絡ひとつだけでもしてくれればいいのに。



 私は心にポッカリ穴が空いたような淋しさを感じながら家に帰った。







 家に着くと、玄関の前に段ボールが置いてあった。上の面に宅配の伝票が張ってあり、私宛と書いてあった。そして、送り主は『石井』だった。



 私は家に入って段ボールを開けた。中には100万円の札束が入っていた。数えたら500万あった。




 なんで500万………もしかして!




 私は慌てて通帳を確認した。今まで石井から貰ったお金と、今ある500万円を合わせたらちょうど1億円あった。




 どういうこと…?




 私は石井に電話をした。でも留守番電話に繋がってしまう。わけもわからない状況にあたふたしていると、LINEの通知音が流れた。石井からだった。



『段ボールの中の手紙を見て』



 この一文だけだった。



 私は段ボールを逆さにして中身を全部出した。札束の他にいつもの茶封筒があった。中には1枚の便せんが入ってた。


 私は便せんを開いた。


『美桜ちゃんへ



 君がこの手紙を見る頃には、俺は君の前にはいないと思う。

 直接会って話せないから、せめてもと思って俺の気持ちを手紙に書いた。


 初めて君を見つけた時、君は何処か淋しいそうな表情をしていたのを今でも覚えている。生きているのに生きていないような、満たされなくて空っぽの美桜ちゃん。まるで昔の自分を見ているようだった。


 俺は生まれた時から家が裕福で、欲しいものは何でも買えた。友達もたくさんいた。何一つ不自由のない楽しい毎日を過ごしていた。でも中学生の時、父親の会社が倒産して一家離散して、俺は親戚の家に引き取られた。その日から俺の生活は一変した。


 今まで優しかった人達は、俺に金がないとわかると手のひらを返した。親戚一家は俺にろくな食事も与えず、服も買って貰えなかった。学校の友達は俺を「貧乏人」と馬鹿にしてイジメるようになった。


 虚しかった。今までの優しさは全部金のための嘘だったんだ。どいつもこいつも俺のことを金でしか見てなかったんだと。


 その時俺は誓ったんだ。もう誰も信じない。自分の力でもう一度金を手に入れて、見返してやると。


 俺はバイトを掛け持ちして必死に勉強して、大手企業に就職して株や投資を学んで、ありとあらゆる方法で金を稼いだ。やっとの思いで、俺はまた裕福な生活を手に入れることができた。


 高い服を身につけ高級料理を堪能して、再び人生を謳歌した。でも、それでも俺の心が満たされることはなかった。あの時から俺の心は穴が空いてしまった。もう二度と塞がることはないと虚無感になったいた。


 あの日偶然出会った美桜ちゃんは、昔の俺そのものだった。全てを失って絶望していたあの頃の俺と美桜ちゃんが重なって見えたんだ。


 その時俺は無意識に思ってしまった。あの子を助けたい。あの子を絶望から救ってあげたいと。


 美桜ちゃんを救うことで、昔の俺自身も救われると思った。だからあの時君に声をかけたんだ。


 君はどう思ってたかわからないけど、俺は美桜ちゃんと会っている時が1番楽しかった。美桜ちゃんが1億円貯めたら自殺すると聞いた時は本当にびっくりした。なんとか君を説得しようと思ってたけど、絶望して誰も信じないとしていた俺にそんな資格はないと思った。だからあの約束をしたんだ。


 お金を渡す建前で、君にたくさんの思い出や楽しい時間をあげることで、なんとか君が死ぬのを思い留まって欲しいと。今の俺には、こんな回りくどい方法しか思いつかなかった。



 でも、神様は俺に残酷な運命を与えた。俺の体は病に侵されていたんだ。世界中でも例のない重い病気で、長くでも2年の命だと医者に宣告された。幸いにも、海外で手術をすることができる病院がひとつだけ見つかったが、治療が数千万もかかるとのこと。


 俺は迷った。死ぬのは怖かったけど、金がなくなったら美桜ちゃんに渡せなくなる。そしたら美桜ちゃんに死ぬことを踏み止まらせることが出来なくなる。


 俺は美桜ちゃんを選んだ。延命治療を断って、俺は美桜ちゃんに会って金を渡し続けた。でも体がどんどん蝕まれて、美桜ちゃんに会いに行くことができそうにないと思った。残ったお金は宅配で渡そう思う。



 最後に、美桜ちゃんの気持ちに変化があったかはわからないけど、美桜ちゃんが死ぬのを踏み留まってくれること、そして初めて好きになった君が幸せな人生を送ってくれることを心から願っている。


 さよなら、美桜ちゃん


 

                   石井誠』














 私は石井の手紙を全部読み終わって、膝から崩れ落ちた。そして涙が止まらなかった。


 私は石井のこと何も知らなかった。石井がどんな人生を送っていたか、どんな気持ちで自分を会っていたか、石井が病気で苦しんでいたか。私は自分のことしか考えていなかった。自分だけが可哀想なんだと。誰にも必要とされない虚しい人生だと。


 でも、そうじゃなかったんだ。ちゃんと自分を必要としてくれる人がいたんだ。石井はずっと私のことを思っていたんだと。


 それなのに、私はそんな石井の気持ちを無下にしていた。お金だけの関係だと簡単に切り捨てていた。最低だ。



 私は500万の札束と通帳を握りしめた。


 1億円。念願の1億円を手にした。この日のために全ての時間を費やし、危険な思いもしてやっと手にすることができた。でも…





 心はちっとも満たされない。あんなに手にしたかった1億円も、今は紙切れにしか見えない。それよりも、私はずっと思っていた。



 石井に会いたい…と。



 石井に会って、ちゃんと言わなきゃいけないことがあるんだ。










 石井が好きだと…。

次回ついに最終回。

1億円を手にした美桜と、病に侵され姿を消した石井。

2人の物語の結末とは…

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