名前を呼ばれて
木曜日の昼休み。
購買の前は、今日もパンを求める生徒でいっぱいだった。
私は人の波に押されそうになっていた。
「梨緒、こっち!」
声をかけてくれたのは、同じ写真部の明里だった。
彼女は女子バスケ部のマネージャーも兼任している。
「ありがと、助かった」
「いいのいいの。あ、先輩! こっちです」
明里が声を上げると、人混みの向こうから長身の女子が歩いてきた。
短く切った髪、スラリとした立ち姿。周囲の空気を一瞬で変えてしまうような存在感。
――水城遥先輩。
「明里、買えた?」
「はい! それと、この子が前に話した写真部の子です。部活の文化祭の写真、撮ってくれてるって」
「へえ……」
先輩の鋭い視線が、私に向けられる。
思わず背筋が伸びた。
「この前廊下で会ったよね?……名前は?」
「た、立花梨緒です。一年、写真部で……」
「立花梨緒、ね」
遥先輩が口にした自分の名前が、耳の奥で響いた。
ただそれだけなのに、心臓が跳ねて落ち着かない。
「ふーん。覚えとく」
軽く笑った横顔に、私は思わず目を奪われていた。
◇
「ねえ梨緒、顔赤いよ?」
明里に指摘され、慌てて首を横に振った。
――名前を呼ばれただけ。
それなのに、こんなに嬉しいなんて。
購買を出てもなお、胸の奥の高鳴りは止まらなかった。