偶然
火曜日の放課後、私は写真部の部室でカメラを片付けていた。
文化祭のパンフレット用に撮った写真を整理していると、机の上のメモが目に入った。
「女子バスの練習風景も撮ってほしい」――顧問からの簡単な指示だ。
体育館へ向かう途中、廊下の角を曲がったところで、ふと誰かとぶつかりそうになった。
「わっ、ごめんなさい!」
「大丈夫……あ」
目の前に立っていたのは、水城遥先輩だった。
短パンにTシャツ姿、腕を組みながらちょっとだけ険しい顔。昨日の体育館の印象そのままだった。
「写真部……だよね?」
「え、はい……その……」
思わず言葉が詰まる。
先輩は眉を少し上げて、私を見つめる。
「昨日の男子バス、頑張ってたね」
「え、あ……はい、そうですね」
まさか先輩が見ていたなんて思わず、胸が少しドキッとした。
「文化祭の写真、頼むよ。ちゃんと部活の雰囲気も伝えてほしいから」
「わ、分かりました。頑張ります」
先輩は小さく微笑むと、さっとその場を去った。
その笑顔はほんの一瞬だったけど、なぜか胸に残った。
◇
体育館で写真を撮っている間、先輩の姿がちらちらと視界に入る。
練習に指示を出す先輩はやっぱりかっこよく、自然と目で追ってしまう。
でも今の私の気持ちは「ただのかっこいい先輩が気になる」程度で、恋とは少し距離がある。
それでも、ほんのわずかな会話を交わしただけで、先輩が少しだけ身近に感じられる。
カメラのレンズ越しに見る先輩は、昨日よりも少しずつ、私の心に印象を残していった。
◇
帰り道、駅に向かいながらスマホのフォルダを開くと、今日撮った写真の中に先輩が写り込んでいた。
ピントは選手に合っているから、先輩は少しぼやけている。
なのに自然とその姿に目がいく。
まだ恋でも憧れでもない。
ただ、見た目タイプで少し気になる存在――
それが、私の中でゆっくりと輪郭を持ちはじめていた。