先輩という存在
放課後。
私は写真部のカメラを肩にかけて、体育館へ向かっていた。文化祭パンフレット用の写真を集める係になったせいで、ここ最近は部活の半分以上を取材に費やしている。
体育館のドアを開けると、男子バスケ部の練習が始まっていた。
コートの中央では拓海がドリブルをしていて、汗が飛び散るのがライトに反射して光った。昨日の試合の疲れを残しているはずなのに、彼の動きは軽やかで、真剣な表情はやっぱりかっこいい。
「立花、今日も来てるのか」
ベンチに座っていたマネージャーの先輩が声をかけてくる。
「はい、文化祭のパンフレット用の写真を撮りに……」
「助かるよ。うち、いい写真なかなか撮れないからさ」
私は軽く会釈をして、観覧席に上がる。
シャッターを押すたび、拓海の動きが一瞬だけ切り取られる。集中して撮っているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
ふと、視界の端に見慣れない姿が映る。
体育館の隅で腕を組んでいたのは――水城遥先輩だった。
二年生の女子バスケ部キャプテン。練習用のTシャツに短パン姿、立っているだけで空気が引き締まるような存在感がある。
拓海がシュートを決めると、先輩は小さく顎を引いてうなずいた。
ただそれだけの仕草なのに、不思議と目を奪われてしまう。
「……やっぱ、絵になるな」
つい小さくつぶやいてしまう。
カメラを構えようか迷ったが、パンフレットに載せる写真には関係ないし、なぜか撮ってはいけないような気もした。
◇
練習が終わり、拓海と駅へ向かう。
「今日、水城先輩が体育館に来てたよね」
「ん? ああ、遥先輩な。うちの部活の顧問と仲いいんだよ。アドバイスくれることもあるし」
「へえ……そうなんだ」
私はなるべく何でもないふうに答えた。
でも拓海は気づいていない。あの短い時間で、どれだけ先輩の姿が印象に残っているのかに。
「梨緒って、遥先輩みたいなタイプ好きそうだよな」
「えっ」
「いや、なんかさ。背高くて頼りがいある人。あ、俺じゃ物足りなかったり?」
「なにそれ。変なこと言わないで」
笑い飛ばしたけれど、胸の奥が少しだけざわついた。
――タイプかどうかなんて、自分でもよく分からない。
でも確かに「見た目はカッコいいな」って思った。
◇
その夜、部屋で今日の写真を整理していると、一枚の中に小さなシルエットが写り込んでいるのに気づいた。
コートの奥、腕を組んで選手たちを見つめる水城先輩の姿。
ピントは拓海に合っているから、先輩はぼやけている。
なのにどうしてだろう――写真を見返すたび、ぼやけた姿に自然と目が行ってしまう。
それは恋でも憧れでもない。
ただ「気になる存在」として、水城遥先輩の輪郭が心の中に刻まれはじめていた。