東京
夜の人波に押されるようにしながら、僕はやっとここに辿り着いた。
思えば、右往左往の繰り返しだった。
遠い町からスーツを一丁前に来て、大人になった気になった僕は、勇気を振り絞り上京した。それがどうだ今は、こんなザマじゃないか。
右の拳を強く握りしめても、残るのは爪の食い込んだ痕だけで、血や汗が滲むような功績は特に感じられなかった。
いや、努力はしたさ。血も汗も流したつもりだ。だけど、努力をしても、頑張ったとしても、結果がついてこないんであればそれまで。
毎晩毎晩、のたうち回った。家の床で何度も倒れては起きた。夢の中でも仕事。起きてまずやることは、仕事。
仕事、仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事。
もう、うんざり。
頑張って、わけもわかんない営業先の変なメガネにも頭を下げた。下げたというか、下げさせられたと言う方が正しいか?
とにかくもう、うんざりだったんだ。全てが嫌になった。
一生懸命自分なりに生きて、この東京って場所で、固まった地蔵みたいに僕はずっと真顔で頑張ってきたんだよ。
それなのに、馬鹿正直に頑張ったって、自分が損をしていると分からせられるだけの日々からは、脱却することができなかった。
今も周りには、たくさんの人がいる。たくさんの人間が、明後日でもなく、昨日でもなく、今日でもなく、どことなく今、この時をどう生きようかなんて、そんなどうしようもないテーマを考えている。
地蔵みたいに固まった人間ばかり。もはや、今この時のことすら見ていないかもしれないような、絶望を顔に浮かべた人間もいた。
人間がこれだけいて、どうして僕はひとりぼっちな気が、いつまでもしてしまうのだろうか。それとも、僕は好き好んでそんな状況を作り出してしまっていたのかな。
そんなはずはない。ただ馴染めなかっただけだ。自分から望んで1人になるなんて、僕には到底出来たようなマネじゃない。
僕はそんなタチじゃないんだ生憎。
僕はむしろ、誰かに話を聞いてもらいたかった。そうだ、帰ったらどんな話を聞いてもらおう。
なんて話そう。なにから話せばいいだろう。
メガネの変態みたいな口調か?それとも、クチャラーの上司との昼飯か?
僕は吐き出したいんだ。とにかく吐き出したい。誰かに、心の中で開いた穴を塞いでもらいたかった。いや、塞ぎやしなくとも、塞ごうとする素振りだけで満足できた。
でも、この東京において僕はそんな人間には出会うことが出来なかった。
だから会社を辞めて、精神的にまいっちゃって、引きこもって、、
まともに人と話せるような状態でもなくなって、やっと外に出られたと思った時には、町に帰るための、つまり、東京から逃げるための新幹線を予約した後だった。
僕は、本当にこんなはずじゃなかったんだ。本当に、逃げたくなんてない。まだ戦いたい。この東京で、僕はまだやれるんじゃないかな。
ありえないはずの期待を自分に寄せていないと、もう胸が張り裂けそうな気持ちだった。
だが、そうこうしている間に、手に持ったスマホを見れば、もうその時間になっていた。
ベルが鳴り、駅員さんが話す。
「黄色い線までお下がりください。」
このいつものセリフを聞いて、涙が出そうになった。黄色い線まで下がって電車を待った、あの満員電車の通勤時間。
もう終わるんだ。もう、もう。
体を突き抜けていく快感と虚しさが、口に苦い。
そして、気付けば目の前は明るくなっていた。
「ドアが開きます。ご注意ください。」
帰りの新幹線が、到着した。