今夜、異世界のバーで 〜ベテラン女傭兵が王子と結ばれる話
「夜襲だ!西側から魔王軍の精鋭!」
声が暗闇を切り裂いた。私は反射的に跳ね起き、寝袋から身を引きずり出すと、テントを飛び出した。冷たい空気が肌を刺す。
手はすでに愛用の黒弓を構え、矢筒から矢を抜き取っていた。心が追いつく前に、長年の戦いで鍛え上げられた体が勝手に動いていた。
銀色の月光が雲間から漏れ、荒野を照らす。その光の下、恐ろしい形相の魔物の群れが見えた。その数、少なくとも三十。赤く光る目、鋭い牙、そして血に飢えた魔物の咆哮が、私たちの陣地に迫っていた。
「私は鉄の女…強き魂…」
そう呟き、いつもの儀式を終えた瞬間、心は奥の方から鋼に変わり、指先の微かな震えも止まった。感情という名の曇りが消え、ただ冷徹な精神だけが残る。
そして、矢は迷いなく放たれた。最初の矢が先頭の魔物に突き刺さり、断末魔の叫びを上げることすらできず、その場に崩れ落ちた。
一匹、また一匹と次々に倒れていく。私の矢は必中。
長く苛烈な戦いの末、最後の敵も倒れた時、夜明けの最初の光が東の空を染め始めていた。
血と汗にまみれた私たちは、勝利の杯を交わした。疲れた顔に笑みが浮かぶ。また一日、生き延びたのだ。
「さすが、『鉄のマリア』、今日も大活躍だったな。勇者様よりもすごいぜ」
「世辞より酒をくれ」私は短く答え、差し出された杯を受け取って一気に飲み干した。
喉を通った瞬間、違和感があった。わずかな苦みと、舌の上に残る妙な味。毒だ。理解した時にはもう遅かった。体が急に重くなり、視界が揺らぎ始める。
「なぜ…お前たちが…」
言葉を絞り出すのも難しくなる中、私は親しいと思っていた仲間たちの顔を見た。そこにあったのは、冷たく計算された笑みだった。私が最も信頼していた仲間の顔に浮かぶ冷酷な表情。
「悪いな、マリア。勇者様からの依頼でね。君が邪魔だそうだ」
床に崩れ落ちる私の耳に、彼らの会話が断片的に聞こえてくる。意識が遠のいていく中でも、その言葉の一つ一つが、鋭い刃となって心を切り裂いていった。
「…勇者は偽物…実はマリアこそが本物……彼女を消せば魔王側から金…地位…」
私の意識が完全に失われる直前、最後の力を振り絞って言葉を紡いだ。
「裏切り者が…」
言葉を全て吐き出す暇もなく、意識が深い闇に沈んでいった。そして、私は命を落とし——
気がつけば、別の世界、別の時間、別の体の中にいた。
◇◇◇◇
「私の名前は……アイリス・フォン・ロスヴァイセン?」
呟いた自分の声が、どこか他人のもののように感じられる。高く、清らかな、私の知らない声だった。
部屋の隅に据えられた全身鏡に映るのは、金色の巻き毛、澄んだ青い瞳、雪のように白い肌を持つ女。私ではない、誰か。いや、今の私。
豪奢な部屋、絹のようになめらかなドレス、指に嵌められた宝石の指輪。
記憶が二つ流れ込んでくる。マリアとしての血と鉄の記憶。そして、この貴族令嬢アイリスとしての記憶。全く噛み合わない二つの人生。
「前世の記憶を持つ者」の登場する物語は聞いた事がある。遠い異世界へ転生し、生まれ変わるという話。今の私はまさにそういった状況だった。だが、それが自分の身に降りかかるとは思いもよらなかった。
窓から見える見知らぬ景色。そこに広がるのは、魔物でも血でもなく、平和な風景だった。
私は深く息を吸い込んだ。胸の内には、裏切りへの怒りと、新たな人生への戸惑いが渦巻いている。
私の本当の名前は、マリア・ヴォルフ。前世ではベテランの女傭兵で、数え切れないほどの戦場を渡り歩いてきた。弓と短剣を得意とし、戦いでは常に最前線に立っていたが、仲間の手によって毒を盛られ、死んだ。
なお、この体の主アイリスは、昨日の夕食後、酒を飲むと程なくフラフラとなり、侍女たちが部屋まで運び寝かせたらしい。
「まさか、前世の私同様、毒でも盛られたのではあるまいな…。それにしても……丸腰というのは落ち着かんな」
私は、部屋に目を走らせ、装飾された銀のダーツを手に取る。先端を整え、実戦仕様に仕上げると、そっと服に忍ばせた。
そこへ、侍女のリリーが部屋に入ってきた。
「お嬢様、本日はローレント王子とのパーティーでございます。お支度を始めましょう」
彼女の言葉で、この体の記憶が蘇る。どうやら今世の私、アイリスは、この国の王子ローレントと婚約している。そして今日はその婚約者も出席するパーティー。
「少々待て、リリー」
私は額に手を当て、この体の記憶を呼び起こす。
このアイリスは、王子との婚約を妬まれ、嫌がらせを受けるうちに攻撃的な性格となった。
男爵家の令嬢を陥れたり、舞踏会で平民出身の娘を噴水に突き落としたりと、数々の悪行を働き、その冷たさと、人の心を腐食させるような性質から、裏では「サビ鉄のアイリス」と呼ばれていた。
「まったく、死んだと思ったら面倒な」
私は静かに息を吐き、戦場で鍛え上げた冷徹な視点で考えた。
…このまま社交界にいても、確実に破滅への道を辿ることになるだろう。また、そんな結末を迎えるのはごめんだ。
こんな婚約は破棄し、それらから距離を置くなりしてしまえばいい
リリーが不安げな表情で私を見つめる中、
「今度は、誰も信じず、一人で生きる」
そんな決意を固めた。
◇◇◇◇
「アイリス、久しぶりだな。最近は城にも顔を見せないから心配していたよ」
宮殿のパーティーで私に声をかけてきたのは、金髪に青い瞳、整った顔立ちの若い男性だった。背は高く、肩幅もあり、鍛えられた体つきが正装の下に窺える。
「あなたが…ローレント王子?」
思わず訝しげな口調になった。この若者が婚約者?
「どうした?そんな変な顔をして。僕に言いたい事があるなら、何でも言ってくれ」
王子は少し戸惑いながらも、微笑んだ。
「失礼ながら、この婚約について、再考させていただきたい。貴方のような方に、私のようなサビ鉄は似つかわしくありません」
言葉を選びながら告げた。周囲から小さな、どよめきが上がる。
しかし、予想に反して王子の目は輝きを増した。
「おや、これは意外だな」彼は一歩近づいてきた「今日の君の眼には、秘められた何かがある。普段とは違う、もう一人の君が見えてくるようだよ」
私は、王子の鋭さにドキリとし、思わず後ずさった。こんな反応は計算外だった。
「誤解しないでいただきたい。私が申し上げたいのは、お互いにとって相応しい相手ではないということだ」
「私は、そうは思わない。昔から君こそ、私が求めている人物だと考えているよ」
彼の青い瞳には、何か決意のようなものが燃えていた。
◇◇◇◇
屋敷に戻る馬車の中で、私はリリーに対し、パーティーで小耳に挟んだ、隣国との政情について尋ねてみた。
「ガルディア王国との関係について何か知っている?」
リリーは一瞬驚いたような表情を見せ、小さな声で答えた。
「お嬢様。ガルディアは資源が豊富な北方の小国ですが、近年拡張政策を取り始め、我が国との国境地帯で、もめ事が増えています」
リリーは少し声を暗くして続けた。
「ローレント王子は、南方での紛争もあり、外交的解決を望んでおられます。しかし、貴族の多くは軍事的行動を求めています。特に強硬派の筆頭、ダークフォード公爵は王子の政策に公然と反対されています」
会話が続くうちに、政治的な駆け引きの中で、王子が非常に微妙な立場にいることが理解できた。
また、この世界では、長きにわたる魔王軍との戦争が、今は休戦という形を取っている事も知った。
◇◇◇◇
翌日、王子から庭園散策の招待があった。大庭園を尋ねると、そこには一人佇む王子の姿。
「王子、急にどうしたのですか?」
「少し相談したい事があってね‥」
しばらく無言で歩いていた。
ふと、茂みが微かに揺れる。私は、直感的に異常を察知した。
「王子、お気をつけください!」
私は咄嗟に叫び、ローレント王子の前に飛び出した。茂みから放たれた矢が、私の肩をかすめ、背後の木に突き刺さる。
「アイリス!」
王子の驚きと心配の色を含んだ声が響く。
宮殿の庭園で散策中に仕掛けられた暗殺。前世の経験から培った直感が危険を察知し、体が勝手に動いていた。
「まだだ」私は低い声で王子に告げ、目だけで周囲を警戒した。「もう一人、いる」
その瞬間、右側の木陰から黒装束の男が飛び出してきた。手には短剣。王子に向かって一直線だ。
私は、服に忍ばせた銀のダーツを握る。
「私は鉄の女‥強き魂‥」そう心のなかで呟き、いつもの儀式を済ますと、手の震えが静まる。
私は豪奢なダーツを、暗殺者の側頭部めがけ鋭く投げ、魔力で更に加速させる。
「バシュ!」と音がし、男は動きを止めた。私の矢は必中。
しかし、まだ安全とは、ほど遠い状況だ。後方から「シュッ」と鋭い音が聞こえる。振り返ると、再び暗殺者の放った矢が、私たちに向かって飛んできていた。
「王子!」
私は、王子の肩を押した。矢は王子の頭のすぐ横を通り過ぎる。
「向こうの東屋を目指します!」
私は昏倒した男から短剣を奪うと、王子と走り始めた。
「そんな直線的な動きではだめだ!」私は叫んだ。「不規則に動いて!左右にジグザグに!」
傭兵時代の経験から指示を出す。王子が走る方向を変えると、矢がかすめた。
その後、追撃の矢を全てかわし、息を切らしながら東屋まで辿り着いた。
「アイリス、君は…」
「説明している暇はありません」私は王子の言葉を遮った。「護衛を呼んでください」
王子は素早く懐から銀の笛を取り出すと、短い符丁を響かせた。緊急時の護衛召集の合図だ。
外から足音が聞こえてきた。複数人だ。敵か味方か判断がつかない。
「王子、私の後ろに」
私は壁際に身を寄せ、短剣を構えた。前世で嫌というほど経験した危機的状況。体が勝手に適切な対応を取っていた。
入口に影が差す。
そこに現れたのは王宮警備隊の隊長だった。
「王子!ご無事でしたか」
「隊長、暗殺者がいる。一人は無力化済み。そして南の茂みに弓兵一名」
私の報告を受け、隊長は部下たちに手信号を送り、彼らは素早く散開していった。
緊張が解けた途端、私は肩の傷みを感じた。矢が擦り傷を作っていたようだ。
「アイリス、君は怪我をしている」王子は心配そうに私の肩を見た。
「かすり傷です。問題あり…」
言い終わる前に、王子は自分のハンカチを取り出し、優しく私の肩に当てた。
「どうして君が…こんな」
彼の青い目が真剣に私を見つめていた。
「体が勝手に動いたのです」正直に答えた。「前に…訓練を受けたことがあります」
嘘ではない。前世では戦闘と危機管理のプロだった。
「君は本当に不思議な人だ」王子の顔に優しい笑みが浮かんだ。「いつも冷静で、時に冷たい表情をしているのに、今日は私のために命を危険にさらした」
「それは…」言葉に詰まった。確かに、なぜ自分が王子を守ろうとしたのか、理屈では説明できない。
「少なくとも、これで一つ分かったよ」王子は静かに言った。「君は本当は、『サビ鉄のアイリス』などではない」
彼の言葉に、胸の奥で何かが熱くなるのを感じた。
「私はただ…王子という国の象徴を守っただけです」強がりを言ってみたが、自分でも説得力がないと感じた。
「いつか君に、本当の自分を見せてほしい」王子はそっと私の手を握った。「アイリス、君が守ってくれたこの命、必ず国のために、そして…君のために使おう」
その真摯な言葉と潤んだ瞳に、私の心の壁が少しずつ崩れていくのを感じた。
◇◇◇◇
その一件以来、私は「サビ鉄のアイリス」からサビが取れ、「鉄のアイリス」と呼ばれているらしい。
そして、それからローレント王子の熱心な働きかけが始まった。
「アイリス、少しだけ時間をいただけないだろうか」
ある日、王子は私を宮殿の訓練場に招いた。そこで彼は剣術の腕前を披露した。
「なるほど、基本に忠実な剣筋だ…悪くない」
正直、その技術は認めざるを得なかった。
「君の前で、これ以上、弱さを見せられない」
汗ばんだ額を拭いながら、彼は凛とした眼差しを向けてきた。
「そして、公には王子という立場だが、この国を守る剣でもありたい」
彼の瞳に映る覚悟に、私は少し心を動かされた。
別の日には、彼は私を政務会議に招いた。若さにも関わらず、的確な判断と冷静な分析力を発揮する姿に、私は驚きを隠せなかった。
「王子、そのご判断は…慧眼と言えましょう」
思わず本心が漏れていた。
「君の言葉は、何よりの励みになる」
会議の後、彼は私の目を見て言った。
「私はまだ未熟かもしれない。だが、君に認められる男になりたい。その姿を見届けてほしい」
そのまっすぐな瞳を前に、前世で培った冷徹な魂が、得体の知れない何かに侵食され、少しずつ揺らぎ始めるのを感じた。
ある日、リリーが遠回しに尋ねてきた。
「お嬢様、ローレント王子との今後について、どのようにお考えで…」
「難しい問題だな…」
もはや単純に決断できなくなっていた。王子を傷つけず婚約を破棄する方法はないものか。いや、本当にそれが私の望む結末だろうか?頭を巡らせる日々。
◇◇◇◇
私は、貴族街にほど近い、三日月とグラスの描かれた看板の揺れる、平民向けの酒場のカウンターで一人、グラスを傾けていた。
貴族として振舞う事に疲れた時、この店にお忍びで来ては、一人の時間を楽しみつつ、考えを整理していたのだ。
店には、いつもの常連がいて、高級品ではないが、洗練された服装の客たちが笑い声を漏らしている。
奥まった一角のテーブル席では、たまに見る怪しい3人の男女が何か話をしていた。細工の美しいシャンデリアの光が彼らの表情を柔らかに照らす。
「ここにいたのか」
後ろから声がして、振り向くと軽く変装した、ローレント王子が立っていた。
トクンと心臓がはねる。
「侍女から聞いた。君が最近よく訪れる場所だと」
「なかなか熱心なことだな」
私は心とは裏腹に、グラスの縁に指を滑らせながら、わざと冷たい声音を作り返した。
「君のことを知りたいと思うのは、自然なことだろう」
王子は、私の隣に腰をかけると、店主のトマスにウイスキーを頼んだ。トマスは、グラスを置くと、カウンターの向こうで、さりげなく移動し、私たちの会話に配慮してくれる。
王子は微笑んだ。その表情は柔らかく温かな物だが、瞳の奥には私の知らない深さがあった。
「アイリス、もう心を閉ざさないでほしい」
彼は真剣な表情で私の目を見つめた。
「距離を感じる。それでも私は君を想い続けている。地位も立場も超えて」
私はひどく動揺し、手元のグラスが僅かに震え、琥珀色の液体が波打つ。私はそれを、鎮めるように取り繕いなりながら、適当な言葉を投げ返した。
「そのような、攻め方は、こ…効果的ではないぞ」
「その表情…ようやく見られた。素直な君の姿だ」
彼は感慨深げに言った。
「私は…」
言葉に詰まる。思考が止まる。これは、私の知らない感情。王子の純粋な思いを、どう受け流せばいいのか分からない。
私が前世で経験した事のない気持ちの揺らぎに翻弄される中、王子は言った。
「心に秘めている何かがあり、とまどっているのかも知れない。だが、それが君の一部なら、その全てを受け入れる覚悟はできている」
「もしも」私は探るような表情をした。「常識外の、想像を超える秘密を持っていたとしても?」
店内は静まり返る。奥のテーブル席の3人が、こちらに見入っている気がする。
そして、王子は柔和な笑みを作り頷いた。
「それが今の君を形作っているのなら、否定する理由はない。今ここにいる君を、私は選ぶ」
私は、戦いしか知らない鉄の女。何も言えないまま、夜の時間だけが淡々と過ぎていった。
その時、シャンデリアの光が、グラスの中の液体の表面で万華鏡のように踊った。
それが、私の戦場での最期の場面を鮮明に蘇らせた。
仲間と信じた者たちの裏切りの影。偽りの友情、冷たい死の予感。心の痛みと、凍てつくような孤独感。
──あぁそうだ。「今度は、誰も信じず、一人で生きる」そう決意したではないか。
「申し訳ない。私はもう誰にも裏切られたくないのだ」
『裏切り』という言葉。それは私の心に深く刻まれた、決して癒えない傷。
私の言葉は、氷のように冷たく、鋭く響いた。王子の瞳に、一瞬の動揺が走る。
しかし、彼の表情は変わらない。柔らかでありながら、揺るぎない強さを湛えていた。
王子はそっと語りかける。
「君の悩みを私に話してくれ。そして、その痛みを私にも分けてくれないか」
彼の声は、静かで、深いやさしさに満ちていた。まるで、私の心の奥底に響く鈴のように。
だが、私は首を横に振る。「それは…誰にも話せない」
「そうか…」
王子の短い言葉は、静かで、しかし揺るぎない決意に満ちていた。彼の瞳には、諦念と深い理解が交錯していた。ゆっくりと、しかし毅然と身を引く彼の姿は、優雅で、同時に切ない。
彼は金貨を置くと店主に丁寧に会釈をした。その挨拶には、敗北の苦味ではなく、驚くほどの寛容さと品格が宿っていた。一歩、また一歩と、彼は店の出口へと向かっていく。
王子の背中が遠ざかるにつれ、私は自分の感情の激しい揺らめきに圧倒されていった。それは、単なる感情を超えて、私の存在そのものを侵食していくようだった。
◇◇◇◇
しばらくして私は店を出て、夜の街を歩く。冷たい風が頬を撫でる。孤独が、身体中に染み渡る。
私の心は、予想もしなかった感情に襲われていた。激しい後悔が、まるで押し寄せる波のように私を飲み込もうとしていた。私の心の奥底で、何かが激しく震え、胸が引き裂かれそうになる。言葉にできない痛み、失われた可能性への悔恨が、私の全身を支配していた。
一歩。また一歩。街路樹の影。静まり返った石畳。いつの間にか、私は自分の屋敷の前にいた。
月光に照らされて、王子が立っていた。
動かずに。まるで彫像のように。
茫然と眺める私に、彼は微笑んだ。
「私の愛は、決して揺るがない。君の痛み、君の傷、君の恐れ。すべてを受け入れる」
この言葉に、かつての私。戦場を渡り歩き、すべて任務のためだけに生きてきた私の心が、静かに共鳴した。
「…直線的でブレない動きというのは、時に強みになるのだな」私は、迷いのない眼差しで宣言した。「わかった。この縁、受け入れよう」
彼の差し出した手を、ゆっくりと、しかし、しっかりと握り返す。
前世では知ることのなかった、この温かな感情。それが愛や幸せというものなら、この転生も悪くはないかもしれない。
長らく、鉄のように固く冷え切っていた心の奥の方が、ゆっくりと温もりを取り戻していく。
そして、その胸の奥で何かが湧き上がる。やがて、それは溢れ出し、静かに頬を伝った。