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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
それぞれの道
55/89

We look before and after

"We look before and after,

And pine for what is not;

Our sincerest laughter

With some pain is fraught;

Our sweetest songs are those that tell of saddest thought."


 「前をみては、しりえを見ては、物欲ものほしと、あこがるるかなわれ。腹からの、笑といえど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極みの歌に、悲しさの、極みの想い、籠るとぞ知れ。」


 イギリスの詩人がこのように詠み、日本の文豪がその詩を作品の中で翻訳した。


 文豪は、この詩に描かれる「過去と未来を思い、喜びと悲しみが表裏一体であるという矛盾」を通して、人間が本質的に持つ二面性を喝破したのだろうか。


 次郎さんに平和な日常が戻ってきたと思われたが、今度は新興住宅地にある一軒の家に足繁く通う姿が見られるようになった。


 その家の若い主婦は、次郎さんがひそかに仕立てた協力者だった。


 今回は住民たちも特に迷惑を受けているわけではないので、不審な目を向けながらも遠巻きに彼らの様子を見守っていた。


 ある夜、その家から夫婦の激しい怒鳴り声と、小さな姉妹の泣き声が聞こえ、玄関のドアが乱暴に閉まる音が響いた。


 その後、夫が車で家を出て行く姿を近所の住人が目撃していた。


 その夜以来、住宅街でその男性を見かけることはなかった。


 それでも次郎さんは、何事もなかったかのように、その家に通い続けていた。


 残された若い妻と二人の小さな姉妹のために、蜂蜜や野菜に加え、高級な和牛肉や子どもの好きなケーキまでを手土産にしていた。



 「痴に働けば角が立つ。情に棹させば流される。一児を通せば窮屈だ。とかくに老の人は逝きにくい。」



 やがて住宅街の住民たちの間では、次郎さんと残された妻についての噂が広がり始めた。


 彼女は以前に比べ、明るくなり、肌や髪に艶や張りが見られることから、「蜂蜜だけでなくローヤルゼリーを取っているのでは」と話す主婦もいた。


 さらに、住宅街の男性たちは「例の女性は憂いを帯びた目に色気が宿り、美しくなった」と話題にすることがあった。




 「前をみては、尻えを見ては、物欲しと、あこがるるかなわれ。下腹からの、悦といえど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極みの声に、悲しさの、極みの想い、籠るとぞ知れ。」



 

 そして住宅街の人々は、いつしか次郎さんのことを「はちみつ二郎」と呼ぶようになった。


 俺は、一度だけ若い女性が次郎さんの家の中にいるのを見たことがある。


 次郎さんには二人の息子がいるが、娘はいない。


 俺がそのことを尋ねると、人間のさがとして秘密を守ることが難しいのか、次郎さんは照れくさそうに、独白どくはくのような口調で笑いながら話し始めた。


 「昔ね、キャンディーズってアイドルグループがいてね。ランちゃんは色っぽいし、ミキちゃんは美しかったな。僕はふくよかなスーちゃんが一番好きだったかな。でも、三人がそろってこそキャンディーズなんだよ、ウヒヒ」といやらしい笑いを浮かべた。


 俺には次郎さんが何を言いたいのか、まったく理解できなかった。


 そして、俺は何も知らない。

引き続き、夏目漱石の「草枕」からの引用です。

そして、作者の改変です。

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