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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
それぞれの道
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彼は「はちみつ二郎」

 彼は「はちみつ二郎」と呼ばれていた。 


 本名は「次郎」だったが、なぜか「二郎」と呼ばれていた。


 彼の家は俺の家から自転車で10分ほどの距離にあり、彼の農場でも俺はアルバイトで働いていた。


 彼の家の隣にはビニールハウスが立ち並び、そこでほうれん草、小松菜、キュウリなどを栽培する野菜農家だ。


 彼は、その地域の地主でもあり、俺がアルバイトをしていた頃には、すでに農場に隣接する彼の土地だった一画が住宅地になっていた。


 市街化区域に指定された当初に彼は一部の土地を売り、その場所に二十戸の新興住宅地が形成されていた。


 そういう理由で彼は資産家でもあった。


 70歳近くの彼は妻とは死別し、二人の息子はそれぞれ独立して家庭を築いていた。


 そんな彼は一人暮らしで、話し好きで世話焼きの甘いもの好き、そして酒好きだった。


 毎年、庭の梅の木から取れる梅の実で梅酒造りから始まり、畑にあるブドウからは葡萄酒、さらには、ひそかにどぶろくを密造するという、なかなかのアウトローだった。


 それから、庭先には蜜蜂の重ねられた巣箱がシンビジウムと一緒に六基並んでいる。


 彼は蜂を飼い、蜂蜜を採取するだけでなく、それから蜂蜜酒までも造っていた。



 俺はこれまで何度か、次郎さんの蜂蜜の採取を手伝ったことがあった。


 作業時には俺は蜂用の防護服を着用したが、次郎さんは防護服を着ることもなく、平然と作業をしていた。


 彼は手慣れた様子で蜂を払っていたが、刺されることはなかった。


 巣箱は五段に積み重ねられており、まず一番上の箱の蓋を取り外した。


 その中には簀の子が収められており、次郎さんはそれを蜂の巣から慎重に引き剥がした。


 すると、蜜がぎっしりと詰まった蜂の巣が姿を現した。


 次に、上部二段の箱に蓄えられた蜜を採取するためにワイヤーを使って、重箱を切り離して回収した。


 その後、残った三段の箱の下に巣箱を補充するため、新たに二段の空箱を継ぎ箱として追加した。


 回収した蜂の巣には切れ目を入れ、自然に垂れ出す蜜を布を使って濾過し、不純物を取り除きながら採取した。


 取れたての蜂蜜は市販のものと比べ、匂いも味も違った。


 次郎さんによれば、季節や花の種類によって、風味も色も変わるという。


 「昔はこの辺り一帯は、米の収穫が終わると、そこはレンゲ畑に変わったもんだ。レンゲ草から取れる蜜は優しい味でおいしかったよ。だけど、今ではそのレンゲ畑も消えてしまった」と次郎さんはどこか寂しげに語った。


 作業が終わると、次郎さんは笑顔で手作りの飲み物を出してくれた。


 蜂蜜を炭酸で割り、レモンを絞り、隠し味に少量の塩を加えたものだ。


 それは、夏の日の終わりにぴったりの素敵な飲み物だった。


 とてもおいしいと伝えると、次郎さんは愛嬌のある顔をほころばせていた。


 そんな次郎さんの養蜂に、かつて一度だけ危機が訪れたことがあった。



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