アメリカから帰国したばかりの頃
アメリカから帰国したばかりの頃、書店で小学生向けの科学雑誌を手に取った。
店頭に積まれていたその本のタイトルは『うちゅう大ずかん』漢字が少なく、当時の自分にはちょうど良かった。
大図鑑と言うだけに大きかったが、意外と薄かった。
ページをめくると、絵による説明と写真が大半を占めていた。
あの時、パラパラとめくったわずかな内容を、俺は話そうとしている。
「善、俺は知っていることだけを話すよ。記憶が曖昧で答えられないこともあるが、許してくれ」
真剣な眼差しで俺を見つめる彼に、ゆっくりと、しかし一気に語り始めた。
「善、よく聞いてくれ。この地球は、暖かい火の玉のお日様の周りを回っている。そして月は、地球の周りを回っているんだ。さらに、この三つの球は、独楽のように軸を持って回転しているんだ。今は『独楽の上に乗っているのに、なぜ振り落とされないのか』と聞かないでくれ。今の俺には、上手く説明する術がない。
いいかい、もう一度言うよ。月は地球の周りを回り、地球はお日様の周りを回っている。独楽のように回る地球では、日の当たる場所が朝になり、日の当たらない場所は夜になる。これが自然の仕組みなんだ。月を観察すればよくわかるだろう。
新月のとき、月が地球と日の間にある位置にあって、月の地球に向いた側が光を受けていないため、俺たちには見えないんだ。
満月のとき、地球が日と月の間にある位置にあって、月の日に照らされた面が地球へ向いているため、夜に明るく見えるんだ。」
善が空に向かって両手を上げ、拳を握り、何かを試行しながら動かしている。
そして彼は確信を持った声で言った。
「すると半月は、月が地球とお日様に対して直角の位置にあるとき、月の半分だけが光で照らされて見えるわけか」
もうすでに、彼の思考は創造という大爆発を起こしている。
心が澄んだ善が最後の問いを投げかけた。
「史郎、ありがとう。でもまだ分からないことがあるんだ。『北辰』はどうして動かないんだ?漁師の父も知っているし、帆船で働く船乗りは、動かない『北辰』をしるべにしている。星はどうして『北辰』を中心に回っているんだ?」
たぶん、善の言う『北辰』とは北極星のことだろう。
「それは、地球の軸の真上に北辰があるからなんだ。独楽は回るが、軸の位置は変わらないだろう。そして、北辰はものすごく遠くにある。地球が動いても、それが気にならないほど遠く、ほとんど一直線上の真上にあるんだ。だから動いていないように見えるんだ。」
俺が彼に伝えることの限界はここまでだろう。
しかし、彼の思考の中で生まれた宇宙観は無限の膨張を続けるのだろう。
ふと、思った。
懐中時計を持ったうさぎの最後はどうなったのだろうか。記憶が曖昧で思い出せない。
財布を持ったうさぎは、これからどう生きていけばよいのだろう。はっきりとしたしるべがない。
杵を持ったうさぎは、昔も今も、そしてこれからも、月の上でその姿を変えることはない。