家では、朝食が膳の上に
家では、朝食が膳の上に整えられ、その上には覆い布が掛けられている。
布を外す前から、食事の内容は分かっていた。
すべて筍だ。
三人は早朝から筍の処理に追われている。
今は家の裏で筍を茹でる作業をしているようだ。
借りている大鍋をいつまでも使うわけにはいかない。
今日中に梅菊さんへ返す予定だ。
彼らは少しでも多くの干し筍を作り、それをお金に換えたいと思っているのだろう。
そんな中、俺はまるで休日の父親のように、どこか取り残された気分だった。
週末、寝室で目を覚まし、二階から一階のリビングへ下りると、家には誰もいない。
母も、そして俺自身もどこかへ出かけた後なのだろう。
静まり返ったキッチンに向かうと、時計の音だけが迎えてくれる。
朝食としてシリアルに無糖ヨーグルトをかけて食べてみたが、まだ足りない。
目に付いたバナナを食べ、コーヒーと一緒にサプリメントを飲む。
そんな朝のひとときだ。
食事を終えると、食器を片付け、壁に掛けてある釣り竿や釣り道具を手に取り、家を出た。
家を出る前、三人へ「鍋を返すときはお礼を持っていくように」と告げてから、港の桟橋へ向かった。
桟橋の先には、まるで俺が来ることを知っていたかのように善が座って待っていた。
俺の姿に気づいた善は立ち上がり、眩しい陽光の中で目を細めながら拳を突き出す。
「よう!史郎」「やあ!善」
俺も拳を合わせ、二人で筵の屋根の下へ潜り込んで並んで腰を下ろした。
俺は釣り糸を垂らし足元の海を眺め、善は遠くの海を見ていた。
穏やかな時間の経過の中、ここが俺の居場所だと感じる。
やがて、善が口を開いた「史郎、前にも話した通り、明後日から道善房を師匠として清澄寺へ入門する」
唐突な告知に俺は戸惑い、言葉が出てこなかった。
かつて、父と空港で別れる際、父が俺に投げかけた言葉と同じで「頑張れ」としか言えなかった。
善は今まで見せたことのない表情で胸の内を明かす。
「俺は知らないことをすべて知りたい。うつろ舟のことさえもそうだ。狂人と言われるかもしれないが、三千大千世界のことを知りたい。それがかなわぬなら、一世界のことだけでも知りたい。せめて今は、この海の向こうに何があるのか知りたい」
善はそう言って立ち上がり、歯を食いしばりながら水平線の彼方を見つめた。
彼の探求心は激しく燃え上がり、しかし向かうべき先が見つからず、自身の心と身を焦がしているようだった。
善の葛藤は俺の心にまで飛び火しそうな勢いだ。
これほど秘めた何かを善が抱えているとは思わなかった。
俺は言葉が見つからず、何も言えなかった。
座ったまま、厳しい表情を見せる善を見上げ、しばらく考えた末、俺は首にかけた財布からクレジットカードを一枚取り出した。
そのデザインを善に見せるべく。
三千大千世界は、仏教における宇宙の構造を示す単位です。
須弥山を中心に、四つの大陸と九つの山、八つの海を含む小さな世界(一世界)が基本となります。
この小世界が1,000個集まることで小千世界が形成され、
さらに小千世界が1,000個集まると中千世界が生まれます。
そして、中千世界が1,000個集まることで大千世界が構成されます。