馬に乗り、白旗を
馬に乗り、白旗を掲げた俺に吹き付ける風は、冷たさを感じさせた。
取り調べの朝、五人の役人が馬で迎えに来た。
しかし、出発前にひと悶着が起こる。
鎧を身にまとい武装した彼らは俺を後ろ手に縛ろうとしたため、これに重忠さんと新右衛門さんが反発した。
押し問答の末、俺が腰に差していた小刀を渡すことで事は収まった。
その際、俺が若い役人へ小刀を手渡そうとした時、後ろに控えていた上役らしき男が声をかける。
「気を付けろ!大天狗の剣術を遣う手練れらしいぞ」
いつの間にか、天狗寿司の親方が“大天狗”に仕立て上げられている。
---いや、彼はねじり鉢巻きをした“大狸”なのだが。---
若い役人は、震える手で及び腰になりながら、俺から小刀を受け取った。
殺気だった雰囲気の中、いよいよ家の門から出発というときに、俺は恭順の意を示すために、降伏していることを伝えるべく、門の脇に立てかけてあった竹竿に、以前に梅菊さんからもらった白い布を、懐から取り出して結び付けた。
それから旗のように掲げながら騎乗した。
役人たちはそれを見て驚いたような、怒ったような表情を浮かべながらも何も言わなかった。
心配そうな表情を浮かべる重忠さんの家族に見送られ、俺たちは出発した。
兜をかぶった上役の騎馬が先頭を切り、俺を囲む四人の騎馬武者が続く。
その後ろには、善を乗せた新右衛門さんの馬がついてくる。
沿道には騒ぎを聞きつけて集まった人々が溢れており、俺に手を合わせる老婆まで見られた。
---えっ!俺って殺されることが前提なの?---
道中、唯一の小休止は海辺の松林で設けられていた。
そこにも、多くの人々が集まっていて、遠巻きに俺たちを見守っていた。
慣れない乗馬で疲れた俺は、白旗を松の幹に立てかけて座り込む。
すると今度は数人の老婆が進み出て饅頭と水を供え、手を合わせて祈り始めた。
---ああ、やっぱり死が前提なんだ---
顔を上げると、青空と松の緑が鮮やかに目に沁みた。
その後、俺たちは何事もなく昼前に仁右衛門さんの家に到着した。
馬から降りると、仁右衛門さん自ら迎えて控えの部屋へ案内してくれた。
彼は今回の件について、地頭に報告した自分の責任を感じているようで、恐縮している様子だった。
かしこまる彼に案内されて、控えの部屋で身支度を整えた。
それから、俺たち三人は役人の一人に案内されて、取り調べが行われる大広間に向かった。