「エリーゼさん」こと満智子さん
「エリーゼさん」こと満智子さんから学んだパン作りのことは、鮮明に記憶に残っている。
その他のお菓子についても、手書きのレシピのおかげでしっかりと覚えている。
俺は、その記憶を頼りに、干し柿から酵母液を作った。
一度煮沸したぬるま湯をゲルの容器に移し、刻んだ干し柿を入れる。
日に一度、容器の中を撹拌し、舟の中の実験台にそのまま三日間置いておく。
刻んだ干し柿がゆっくりと浮かび上がり、さらに三日後、ドロリとした柿の周りに小さな気泡がいくつも付いていた。
俺は酵母液の完成を確信し、いよいよパン作りに挑戦した。
今回は、小麦粉に酵母液を直接混ぜて捏ねるストレート法で作ることにした。
俺は花里にパン作りを教えようと、小麦粉を一緒に捏ね、一次発酵を終えた生地を小分けして丸め、二次発酵を終えた。
パン生地が膨らんでいく様子を、花里は目を細めて嬉しそうに見つめている。
ダッチオーブンの中に底網を置き、その上に丸めたパン生地を丁寧に並べる。
家の外では、すでに焚火の準備が整えてある。
熱い炭の上にダッチオーブンを据え、蓋の上にも炭を置いた。
真之介も小六も興味深げに集まり、四人で焚火を囲む。
少しずつ、パンが焼ける香りが漂ってくる。
小六「史郎、何を作っているんだ?」と尋ねる。
俺はパンをどう説明してよいか分からず「餅の友達、団子の親戚」とだけ答えた。
時折、炭がパチリとはじける。
焼き上がる頃合いを見計らい、ダッチオーブンを火から下ろす。
そうして、ダッチオーブンの蓋を開けた瞬間、香ばしいパンの香りが広がった。
指先を火傷しそうになりながらパンをちぎり、皿に盛る。
パンを初めて目にした三人は、不思議そうな顔をしている。
俺はそのパン一つ一つに蜂蜜を塗り、花里、小六、真之介に手渡す。
初めて味わうパンに、彼らは何を思うのだろうか。
三人は無言で夢中になって幸せそうに食べている。
俺も満智子さんのザッハトルテを食べたとき、こんな表情をしていたのだろうか。
今回は小麦と酵母液、そして塩だけだったが、次回は中種法で作り、卵を入れても良いかもしれない。
どこかで牛乳が手に入れば使いたい。
野イチゴでジャムを作り、ジャムパン、小豆餡を入れてアンパン。
小豆の代わりに栗を潰して練り上げ、栗餡でも良いかもしれない。
次々と夢がふくらんでいく。
ふと思った。
「くるみ割り人形」の主人公クララは、雪の国やお菓子の国を巡って、夢から目を覚ます。
クララは、ずっと夢の国の住人でいたかったのではなかろうか。
チョコレート コーヒー 紅茶 金平糖
彼女にとって、目を覚ますことは幸せにつながるのだろうか。
彼女は、その後、現実の世界で幸せに暮らすことができたのだろうか。
ただ、俺には今日のパンの香ばしい匂いが、また一つ大切な記憶として残るのだろうと。