平常心令嬢と向上心令嬢は親友ですが、婚約者を巡る複雑な関係です
――――――――――カトリーナ・レイソーン伯爵令嬢視点。
親友ステファニーとのお茶会で、ふと気付いたことを口にします。
「またステファニーがレベルアップしている気がするの」
「そうかしら?」
わたしカトリーナとステファニーは同い年で、ともに伯爵家の娘です。
立場が似ているということもあって、貴族学校入学後、すぐに親しくなりました。
ただわたし達の関係は複雑です。
ステファニーの元婚約者が、現在のわたしの婚約者になってしまいましたから。
でもステファニーはビックリするほどサバサバしてますの。
やはりステファニーはすごいわ。
「ラザルス様のことは仕方ないですわ。カトリーナの方が合っていると思いますし」
「ステファニーはそう考えていたの?」
ラザルス・ハインライン侯爵令息はステファニーの元婚約者で、現在はわたしの婚約者になります。
優秀で落ち着いている素敵な方で、ステファニーとの婚約が成立した時は本当にお似合いだと思ったものでした。
ただ領の共同事業で思惑が行き違い、当主様同士の折り合いが悪くなってしまったそうで。
ラザルス様とステファニーの婚約も破談になってしまったのです。
「ええ。性格が合う合わないってあるじゃない?」
「ありますね」
言われてみると、ステファニーはとても積極的なところがありますしね。
正しい表現かわかりませんが、ある意味男らしいです。
もの静かで保守的なラザルス様とは合わなかったのでしょうか?
でも性格が違うからこそ惹かれ合うということもありますし、難しいものですね。
ステファニーが言います。
「ところでレベルアップってどういうことかしら?」
――――――――――ステファニー・マクグリン伯爵令嬢視点。
「ところでレベルアップってどういうことかしら?」
これは少々疑問だわ。
カトリーナは見習うべき淑女ではありますが、とても鋭いところがありますからね。
わたくしに何を見ているのかしら?
「以前もあったではないですか。ほら、ダイアナ先生に叱られた時」
マナーのダイアナ先生?
ああ、売り言葉に買い言葉でおバカ令息と言い争いになったのを見られて、淑女らしくないと一方的に叱られたことがありましたね。
「あの後ステファニーは毅然とした態度を取るようになりましたわ」
「そう見えたの?」
「格好よろしいですわ。ダイアナ先生だって褒めていらしたのよ」
わたくしは間違ってなんかいなかったのに、淑女らしくないというだけでやり込められて。
悔しくてその晩に泣いて。
スッキリしたら自分のみっともない有様に気付いたの。
傍から見れば確かにおバカ令息と言い争いは、醜いものであったに違いないわ。
正しい正しくない以前に、貴族としての振る舞いがなっていない時点で、わたくしにとってマイナスにしかなっていなかった。
考えた末、冷静で論理的であるべきだという結論に達した。
どうもわたくしは視野の狭いところがあるみたい。
カトリーナという素晴らしい淑女の手本が身近にいるのだから、参考にしないと。
「今回のラザルス様との婚約解消だって同じよ。ステファニーはラザルス様のことを、明らかに好きだったでしょう?」
「お慕いしておりましたわ」
「もっと拗れるかと思ったもの。さっと身を引いて女を上げたじゃない」
やっぱり泣いた。
だってラザルス様はとても素敵な貴公子なんだもの。
婚約者になれてすごく嬉しかったのに、取り上げられた格好になって。
でも大泣きしてサッパリしたら、待てよ? と思ったわ。
ラザルス様が素敵な貴公子であることは疑いないとしても、わたくしに合ってるのかしら?
わたくしには乗馬とか狩りとかが趣味の、活動的な令息の方が合っているのでは?
ラザルス様にはむしろ、カトリーナの方がピッタリ。
後にラザルス様とカトリーナの婚約が成立して、これだわこれって思ったもの。
わたくしは大泣きしてリフレッシュすると正しい判断を下せるようになるみたい。
カトリーナの言うレベルアップ?
「なかなかできることではないわ」
「褒められるようなことじゃないの。恥ずかしいわ」
「おかしなところで遠慮するのね」
カトリーナの微笑みは繊細で品があって、まさに淑女だわ。
見習わないと。
「ステファニーには向上心があるのね。立派だわ」
かもしれないけど、カトリーナには平常心があるのだわ。
いつも慌てず騒がず、理知的で。
何かあるたび大泣きするわたくしとは大違い。
「おいしいフルーツゼリーね。早食い記録に向上心を発揮しちゃおうかしら」
「あら嫌だ、ステファニーったら」
◇
――――――――――後日、ラザルス・ハインライン侯爵令息とのお茶会にて。カトリーナ視点。
「ステファニー……ステファニー嬢か」
「ええ。ラザルス様も思うところがおありなのかと思いまして」
前の婚約者の事を聞くなんて、はしたないことなのかもしれません。
でもステファニーはわたしの親友ですからね。
ステファニーとラザルス様が、現在互いにどう思っているかということは、わたしにとって知っておきたいことなのです。
ステファニーはさばさばしておりました。
特にラザルス様に対して思うところはないみたい。
そう割り切って考えられるのは、ステファニーの大きな長所ですね。
「思うところ、と言われると少し違うのかもしれないが」
「はい」
「カトリーナとの比較になるんだ。僕にはカトリーナの方が合ってるのだと思う」
「それはどうしてでしょうか?」
掘り下げ過ぎでしょうか?
しかしぜひともラザルス様のお考えを知っておきたいです。
少し首をかしげるラザルス様。
「ステファニー嬢が婚約者だった時も、特に不満があるわけじゃなかったんだ。彼女は賢く明るく行動的で、婚約者との語らいはこういうものなのだなあ、と思っていた」
「ステファニーはポジティブでアクティブな令嬢ですからね」
「ああ。でもカトリーナと婚約して、お茶会がこれほど和むものだと初めて知ったのだ」
「それでわたしの方が合っていると」
「うむ。頼りない答えですまんが」
そんなことはないですよ。
きっと相性の問題なのでしょう。
わたしもラザルス様といる時はほんわかした気分になれますからね。
「……トラヴィス第一王子殿下についてですけれども」
「急に話題が変わったね。気になるかい?」
「もちろんです。ブレフ王国の将来に関わる方ですから」
トラヴィス殿下は順調に行けば王太子から次代の王となられる方です。
ラザルス様と同学年ですから、わたしやステファニーよりは一年上ですね。
大変優秀だとは聞きますが、何故かまだ婚約者が決まっていなくて。
「僕は殿下と親友までいかずとも、かなり近い位置にいると思う。やはり将来王となったトラヴィス殿下の治世を支える大貴族と見られているから」
「ですよね。殿下の婚約事情はどうなっているのですか?」
「……殿下のワイルドな性格が裏目に出ているね。家格や年回りとしてはグロリア・メイズエバンス公爵令嬢やナディア・フィルマウス侯爵令嬢がちょうどいいのだろうが」
「世の噂通りですね。グロリア様やナディア様は絶対に嫌だと仰っているとか?」
「ああ」
貴族の婚約なんて政略です。
でも最近恋愛重視も叫ばれるようになってきています。
性格の合う合わないというのは、後々を考えると重要なのではないかと。
もっともなことではありますね。
王様と王妃様の仲が悪かったら臣下は余計な気を使わなくてはなりませんし、政務にも支障を来たしそう。
ラザルス様も諦め顔です。
「グロリア嬢やナディア嬢がいくら拒否していても、トラヴィス殿下の婚約者有力候補であることは変わらない。トラヴィス殿下の婚約者が決まらない限り、グロリア嬢やナディア嬢の未来も定まらないんだ」
「わかります。何げにブレフ王国最大の懸念ではないですか?」
「かもしれないね」
「メラニー様はどうなんですの?」
メラニー様はラザルス様の五つ下の妹です。
合わない歳ではないですが……。
「トラヴィス殿下の婚約者にということかい? 絶対に嫌だと言っている」
「メラニー様もですか。何故ですの?」
「昔カエルを持った殿下に追いかけられて転んだことがあってね」
「ああ」
トラヴィス殿下は子供みたいなところがあるという話ですね。
まさか今でもそんなイタズラをするというわけではないのでしょうけれども。
おそらく幼い頃から将来の婚約者候補と目される高位貴族の令嬢とは会っていて、似たようなやんちゃを繰り返していたのでしょう。
それで毛嫌いされているに違いありません。
とすると根が深いですね。
やはり……。
「トラヴィス殿下の婚約者に、ステファニーを推薦するのはいかがでしょうか?」
「ステファニー嬢を? ……なるほど、性格は合うかもしれないな」
伯爵家の令嬢までは殿下の有力な婚約者候補とされていないのだと思います。
わたしも小さい頃トラヴィス殿下に会った記憶はないですし。
ステファニーも殿下のイタズラの被害に遭ったことはないはずです。
ステファニーは正義感がありますけど、ちょっとしたイタズラみたいなのにはむしろ寛容ですしね。
「ステファニーならカエルは全く問題ないですよ。以前揚げて食べるとおいしい、養殖がどうのこうのという話をしておりましたから」
「……考える余地はあるな。しかし伯爵家の令嬢では家格がやや低いのだが」
「ですからハインライン侯爵家で推薦なさっては、という提案なのです」
確かにトラヴィス殿下の後ろ盾と考えた時、ステファニーの実家マクグリン伯爵家では弱いでしょう。
しかしハインライン侯爵家で推されたということならばどうでしょうか?
世人はハインライン侯爵家もまたトラヴィス殿下に与すると見るでしょう。
「やり方によっては、メイズエバンス公爵家やフィルマウス侯爵家の推薦も得られるかもしれませんよ。グロリア様ナディア様が強力に賛成してくれそうな状勢ですし」
「面白いな。しかし我がハインライン侯爵家とステファニー嬢のマクグリン伯爵家は、思惑が行き違い関係が拗れてしまったという経緯があるのだ。現実として少々難しい」
さあ、そこです。
「ハインライン侯爵家とマクグリン伯爵家、御当主様同士の仲が悪くなったという話は聞いております。でも構わないではありませんか」
「は? 構わないとは?」
「現在の御当主様同士の関係を子々孫々続けていくわけではないのでしょう?」
「そりゃあ……」
「ではラザルス様個人の考え方として、トラヴィス殿下にステファニーとならうまくやっていけるのではと話していただいてもいいです。またステファニーを殿下の婚約者に推薦するから、曲げたつむじを元に戻せとマクグリン伯爵家と交渉してもいいでしょう」
「……なるほど、カトリーナは知恵者だな」
「国の不安が払拭され、王家やマクグリン伯爵家と関係が良くなるのならば、どう考えてもメリットは大きいですよ」
「うむ、父上を説得してみる」
バッチリです。
侯爵様も利と理がわからない方ではないですから、マクグリン伯爵家との関係は修復されるでしょう。
そしてステファニー。
彼女のように向上心があって進化していく令嬢は、王妃に相応しいと思うのです。
トラヴィス殿下と手を携え、ブレフ王国を盛りたててくれるといいですねえ。
「カトリーナ」
えっ?
ラザルス様にバックハグされましたよ。
どうしたのでしょう?
「うん、やはり僕のベターハーフは君だ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「カトリーナ、愛している」
わあ、わたし幸せ。
◇
――――――――――三ヶ月後、王宮にて。ステファニー視点。
「うむ、大層美味いではないか」
「でしょう?」
トラヴィス様とカエルのモモ肉の揚げ物を試食している。
塩だけでもおいしいのだけれども、王宮のシェフが高級そうなソースをかけてくれた。
おかしな食材を持ち込んで迷惑だったかしらん?
だってトラヴィス様がカエルを食べてみたいって、ノリノリだったんだもん。
どういうわけか、わたくしがトラヴィス第一王子殿下の婚約者になった。
本当にどうして?
わたくしはただの伯爵家の娘で、一度婚約を解消された傷物なのだけれど?
ラザルス様とカトリーナが中心となって暗躍したらしい。
あえて暗躍という言葉を使うけれども。
でもいくらラザルス様とカトリーナが優秀だからって、わたくしをトラヴィス様の婚約者にすることなんて可能なものなの?
カトリーナが説明してくれた。
『ステファニーはトラヴィス殿下のこと、ノーマークだったでしょう?』
『当然よ。父様も伯爵家以下からわたくしの相手を探していたと思うし』
『だから殿下の事情をあまりよく知らなかったかもしれないけれど、実はね……』
何とお茶目なトラヴィス様のイタズラによって、幼少期にトラウマを植えつけられた高位貴族令嬢が複数?
だから今まで婚約者が決まっていなかった?
『知らなかったわ』
『ステファニーなら子供を驚かせる程度の悪さなんか、どうってことないでしょう?』
『どうってことないわね』
『性格的にピッタリなんじゃないかってことよ。トラヴィス様に婚約者ができればブレフ王国は安泰。変な因縁ができてしまったハインライン侯爵家とマクグリン伯爵家も、侯爵家がステファニーを後押しすることで手打ち。いいことばかりでしょう?』
おまけにメイズエバンス公爵家やフィルマウス侯爵家までわたくしを推薦してくれたんだけど。
カトリーナの策謀怖い。
「他にも美味いゲテモノに心当たりはあるか?」
「ゲテモノって。トラヴィス様は御存じでしたか? 泥抜きしたザリガニもおいしいのですよ」
「おお、ザリガニか!」
トラヴィス様が目を輝かせている。
エネルギーの有り余っているガキ大将という感じだなあ。
言い方を変えれば覇気があるということ。
トラヴィス様と顔合わせした後、カトリーナと話した。
『トラヴィス殿下の印象はどうでしたの?』
『いいと思う。カエルの話で盛り上がってしまったわ。侍女達が白い目で見てたけど』
『さすがステファニーね! トラヴィス殿下と歩調を合わせて王国を導くのは、ステファニーしかいないわ!』
『ええ?』
あんなに興奮しているカトリーナは初めて見た気がする。
喜んでくれているなあ。
……多分カトリーナは、わたくしから婚約者ラザルス様を奪って後ろめたい、という心情だったのではないかと思う。
全然気にしなくていいのに。
カトリーナのせいなんかじゃありはしないんだから。
それでわたくしのために最高の婚約者を見つけてくれたんだ。
となればわたくしはカトリーナの期待に応えなくてはいけない。
「ザリガニもいずれ楽しみにしている」
「お任せください」
「……オレは令嬢に嫌われることが多くてな」
「話だけはチラッと聞いております」
「令嬢とは堅苦しい、つまらんものだと考えていたのだ。しかしステファニーは違うな!」
ええ、わたくしもトラヴィス様とは合うなあという気がしている。
トラヴィス様は勢いのある方だ。
一緒にいるとわたくしもやる気が出る。
「……ステファニーはオレを捨てることはないよな?」
まあ、不安げなわんこのような上目遣い!
何と可愛らしいことか!
こんな技を持っているとは、トラヴィス様は侮れないな。
「ええ、わたくしはどこまでもトラヴィス様とともに」
「そうか!」
トラヴィス様がにこやかに差し出してきた手をぎゅっと握る。
後ろの侍女達が、違う、そこはキスかハグって顔をしているけどいいのだ。
わたくし達はこれで通じ合っていると感じるから。
カトリーナありがとう。
わたくしの居場所はトラヴィス様の元で間違いないのだわ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
どう思われたか↓の★~★★★★★の段階で評価していただけると、励みにも参考にもなります。
よろしくお願いいたします。