第1章⑥
にゃーと可愛らしい鳴き声の横で、蛍は考え込んでいた。激動の昼休みを経て、午後の授業も過ぎ、今は放課後だった。B組を覗くと文化祭の準備でいくつか輪が出来ており、碧人もその一つに入っていた。弾き出されていた碧人が、B組に受け入れられたのだ。その姿を見て嬉しかったし、邪魔をしてはいけないと思った。本当は碧人と話したかったのだけれど、仕方ないなと声をかけることなく、旧校舎へとやってきたのだ。
「チビ、お前のヒーローは今クラスの奴らに取られちったよ。寂しいなー?」
チビの首元を指で優しく掻く。すると嫌がるように首を振られてしまった。
「ちぇ、全然懐いてくんねー」
寂しいなぁ。でも寂しいのはチビだけじゃ無くて自分もだなと思った。
蛍が見つけたのだ、碧人の素晴らしさを。容姿だけじゃない、優しくて照れ屋で、だからこそちょっと乱暴な態度を取ってしまう彼を。それなのに、B組の奴らが碧人を享受して、発見者の自分が何も得られないなんて酷くないか。
「俺の王子様になってほしかったのに」
「仕方ねえから、なってやる」
急に聞こえた声に、勢いよく立ち上がる。すると、碧人がこちらを睨み付けていた。
耳は嬉しい言葉を聞き取ったけど、目は怖い姿を映している。どちらを情報として選択すれば良いんだ?
蛍は激しく動揺しながらも、なんとか返答を絞り出す。
「えっと、聞き間違いでなければ王子になってくれるって」
「そうだ」
「じゃあ何でそんな怖い顔してんの? 怒ってるようにしか見えないんだけど」
「そりゃ怒ってるからだよ。言うなって言ったのに、猫のこと言ったろ」
昼休み、うっかり口が滑ったことを思い出す。
「あ、ごめん。でも結果的に誤解も解けて良かったじゃん。碧人だってクラスメイトと仲悪いよりは良い方が過ごしやすいだろ?」
「……別に今までも問題なく過ごせてた」
「そ、そっか。じゃ、俺は余計なことしちゃったかな」
しばし沈黙が続く。これは本気で怒らせちゃったのだろうか。不安が頂点に達するかというころに、碧人がやっと口を開いた。
「でも、やってもいない泥棒にされなかったのは、その、感謝、してる……から」
「マジで? よかったぁ」
ほっとして体から力が抜ける。蛍はだらりと壁に背中をつけた。
「だから、お前に少しくらいは協力してやってもいい」
反射的に壁から背中が離れ、前のめりになる。
「うそ、ホントに? 冗談でしたってのは無しだぞ」
「そんなセコいことするか、ボケ」
口悪ぅ。でも、碧人が協力してくれるって言ってくれた!
嬉しすぎてチビを抱き上げた。キスしようと顔を近寄せるも猫パンチされて逃げられる。鼻が地味に痛いけれど、でもそんなの関係ない。野望が一歩前進したことに、喜びが止まらなかった。