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第1章②


 教室を出て廊下を見渡す。昼休憩中だけあり生徒達がたくさんいるが、肝心の桐生の姿が見当たらなかった。


「どこに行ったんだろ」


 まだどんな奴なのか分からないので、行き先も検討がつかない。でも、寝起きで顔でも洗っているかもしれないと思い、とりあえず一番近いトイレに向かう。すると、手を拭きながら歩いてくる桐生が見えた。


「桐生くん!」


 逃がさないとばかりに駆け寄ると、桐生はあからさまに嫌そうな顔をした。そんな深々と眉間に皺を寄せなくてもいいではないか。まだ何も言っていないのに。


「なに。てか、あんた誰」

「俺はD組の杉原蛍。名前がホタルって漢字つかってるから、幸太とかはホタルって呼ぶ」

「ふーん。で、杉原は――」

「ホタルだってば」


 彼の言葉に被せるように言うと、鋭い視線が突き刺さってきた。


「うぜぇな」

「こわっ、初対面の相手を睨み付けるのは良くないぞ」

「……睨んでない」

「でも眉間に皺が寄ってる」


 嘘だろと思ってのぞき込むと、顔を逸らされてしまう。まるでへそを曲げた子どもみたいな態度に、ちょっと印象が変わる。


「見えづらいから仕方ない」

「えっ! まさかそんな王道な理由? 視力が悪いから凝視してるだけってやつ? まじか、めっちゃ好感度上がるやつじゃん。やっぱり桐生、いや俺も名前で呼ばせてもらうぞ。俺の理想の王子様になれるのは碧人、君しかいない!」


 思ったより全然怖く無さそうだ。碧人を選んだ自分、大正解だとテンションが上がりまくる。


「……じゃあな」


 蛍と残して歩き出そうとする碧人の腕をつかむ。


「まって、話だけでも聞いて」

「嫌だ。王子とか意味分からん」

「理由を聞いたら意味分かるから」


 碧人は腕を振り払おうとしてくる。蛍は負けじと力を込めて腕をつかみ続けようとするが、向こうの力の方が強く、あっさりと解かれてしまう。


「お前の厨二病に俺を巻き込むな。じゃあな」

「ちょ、ま、まってまって」


 無情かな、そこで予鈴が鳴り始めてしまった。

 でも兄を見かえすための新王子は見つかったから良しとしよう。問題は、どうやって碧人を口説き落とすかだ。




 午後の授業はひたすら碧人のことを考えていたから、居眠り率九割の現国の授業も起きていられた。まわりが船をこいでいたり、諦めて机に突っ伏したりしているなか、しゃんと座り前を向く蛍は大層目立つらしい。現国の先生と何度も目が合ってしまった。しかし、いつも寝ている蛍が起きているせいか、逆に気味悪そうな表情をされた。解せぬ。そこは褒めるべきだろう。たとえ授業を何一つ聞いていなくて、碧人のことばかり考えているとしても。


 午後の授業、HRも終わる。本来ならば部活の時間なのだが、蛍は碧人を捕まえにB組へと向かった。


「あれ、碧人は?」


 デカいスポーツバックを肩にかけて、今にも歩き出そうとしていた幸太に声をかける。


「碧人って、桐生のことか? もう名前呼びかよ」

「別に同級生なんだし、よくね? それより、もう碧人の姿が見えないけど」

「あいつはいつもHR終わるとすぐに帰るぞ」

「まじかぁ。じゃあ今日はもう無理だな」


 勢いに乗って説得したかったのに残念。

 蛍が肩を落としていると、幸太が少し心配そうな表情を浮かべた。


「ホタルさ、本気で王子育成するつもりか?」

「本気に決まってるだろ。王子の座に胡座をかいている兄ちゃんをぎゃふんと言わせるんだ」

「どちらかというと、お前の兄貴は王子の座を差し出されてるように見えるがな」


 いちいち幸太の言うことは正論だ。だけど、細かいことを言っていては身動きなど取れなくなってしまうから、気にしていられない。


「うるさいな。結局は王子の座にいるんだから一緒だろ」

「極論だなぁ。お前がしたいなら止めないけど。まぁ頑張れ。泣き言なら聞いてやるから」


 優しい言葉に心が浮き上がりかけ、あれっと我に返る。


「幸太! お前一見嬉しいこと言ってくれてんじゃんと思わせて、最初から失敗する前提なのムカつくんだけど?」

「あれ、バレた? はは、んじゃ俺は部活行くから」


 ひらひらと手を振って幸太は部活へと行ってしまった。

 仕方が無いので蛍も部室へと移動することにした。蛍はサッカーが出来なくなったので、高校では写真部に所属している。中学三年の冬に交通事故に巻き込まれて膝を大怪我し、日常生活に支障はないものの、競技としてスポーツをやるのは無理だとドクターストップがかかったのだ。

 それでもリハビリをすればサッカーが出来ると思っていたけれど、実際にボールを蹴ってみて分かった。細かい動きが全然出来ないのだ。悔しかったけれど、個人スポーツならまだしも団体スポーツでは仲間に迷惑がかかる。それは嫌だったから、サッカーはあきらめて、全然違う文化部を選んだというわけだ。


 部室につくと、木曜の今日は部員は誰もいなかった。週一のミーティング以外は各自自由なのだ。部室に来ても良いし、写真を撮りに行っても良いし、帰宅してもいい。この緩いかんじが楽でちょうど良かった。


「文化祭の風景を撮れって言われてるんだよな」


 写真部の活動としては、各々でコンテストに挑戦するくらいだ。だが、そこまで本気で取り組んでいる部員などほとんどいない。蛍のように、楽そうだからで所属しているものが多いのだ。だからこそ、文化祭くらいは写真部として活動しろと顧問が課題を出してきた。


 文化祭まで約一ヶ月。そろそろクラス展示の準備を始めているところもある。文化祭の写真は、当日だけでなく準備中のものも撮るようにと指示されている。蛍のクラスも来週からは準備を始めると言っていたので、それを撮っておけば課題はクリアできるだろう。


 そんなことをとりとめも無く考えていると、部室のドアが開いた。入ってきたのは同じ一年の女子部員の佐藤だった。確かB組だったはず。


「お疲れ、杉原くん、今日うちのクラスで騒いでたけどなんかあったの?」

「あーちょっとね」


 流石に騒いでた理由が失恋絡みとか恥ずかしくて言えない。


「でも桐生くんにはあんま近寄らない方がいいよ。今日も桐生くんがキレやしないかとヒヤヒヤしたんだから」

「なぁ、碧人ってなんかあんの? 幸太もいろいろ噂があって皆怖がってるって言ってたけど」

「クラスが違うと案外知られてないんだね。実はね、桐生くんて一学期の半分くらいずっと学校来なかったのよ。理由が喧嘩らしくて、それが学校にバレて停学になってたんだって」


 佐藤の説明に蛍は内心首を捻る。なんでそんなふんわりとした内容なのだと。


「それって本当なん? 情報源どこよ」

「えっと、それは分からないけど。そもそも桐生くんて無口で誰かとつるむこともないし、最低限のことしか口開かないし。おまけにいつも怖い顔してるし、背が高くて威圧感もあるでしょ。だから喧嘩して停学になったに違いないって皆言ってるよ」


 なるほど。いや、どうにもモヤモヤした感じだ。想像があたかも真実に成り代わっている匂いがぷんぷんとする。

 女子からすれば碧人が怖いというのは理解できる。言葉も少なく見下ろされたらそりゃびびるだろう。でも、クラスの皆が言っているからといって、それが真実であるという証拠にはならないはずだ。


「俺さ、今日ちょっとだけ碧人としゃべったんだけど」

「え、大丈夫? 殴られたり喝上げされたりしなかった?」


 こんなすぐ暴力ふるうと思われてるって何だよ。一周回ってちょっとウケるけど。


「そんなことされてないし。そもそもさ、碧人って視力が悪いらしいよ。見えにくいから、こうぎゅっと眉間に皺が寄って怖い顔になってるだけだってさ」

「へ? そ、そうなの? なんか意外」

「そうそう、意外だよな。てことで、B組の人達は碧人を誤解してる部分も多いんじゃないかなって思う」


 論破したぞと得意げになっていると逆襲がきた。彼女は記憶をたどるように「んー」と考え込んだ後、口を開いたのだ。


「でもさ、実際にクラスメイトの胸倉を掴みあげたことあるよ? 挑発したのはクラスメイトだったけど、手を出したのは桐生くんだし。しかも、掴み方がなんか慣れた感じだった。だから、停学の理由が喧嘩かどうかは分からなくても、喧嘩慣れしているのは事実だと思う」


 状況証拠はあるってわけか。

 本当に喧嘩上等なヤンキーなのか、それとも状況が重なって誤解されているだけなのか。碧人がどんな人なのか知りたいと思った。


 不良なら不良でも良い。悪の魅力でのし上がれば良いのだ。碧人には蛍にはないカリスマのようなものがある。それは見た瞬間、蛍自身が吸い寄せられたような感覚がしたから確実だ。



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