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第3章④

 ステージ上の碧人は輝いて見えた。俺が見つけたんだという誇りと、もう皆の王子様になっちゃったんだなという寂しい思いが交錯する。


 ミスターコンテストの結果は、僅差で碧人が一位をもぎ取った。SNSで作られた地盤と、祭という雰囲気、何より彼のスピーチがみんなの心を打ったのだろう。盤石で誰も敵わないと思われていた生徒会長に勝ったのだ。


 碧人はクラスメイトや美織やその友人達らしき女子に囲まれて、ひたすら記念写真を撮らされている。話しかけるのはもう少し後にした方が良さそうだなと、蛍は体育館の壁にもたれて遠巻きに眺めていた。


 すると、足音が隣で止まる。誰だと顔を向けると、そこには柊がいた。思わず手に力が入って構えてしまう。


「負けたよ。あのスピーチがなければ、僕が勝てたと思うけど」


 柊が苦笑いを浮かべていた。


「そう、だね。俺も、碧人に勝って欲しいと思っていたけど、正直なところ驚いてる」

「蛍はさ、どうして今さら僕に反抗しようと思ったの?」


 柊としては、ずっと疑問だったのだろう。


「きっかけは、些細なことだよ。あと一年で兄ちゃんと同じ学校に通うのは終わりだって気付いてさ。なんか、最後のチャンスなんじゃないかって思ったんだ。でも、碧人に出会って、純粋に碧人の素晴らしさをみんなに知ってもらいたいって気持ちになってた」

「ふーん」


 気持ちのこもらない相づちに、内心苦笑いしてしまう。


「兄ちゃんにとってはどうでもいいことだろうけど、俺にとっては大切なことだったんだ。いつも、いつも羨ましかった。両親から、みんなから選ばれる兄ちゃんが、妬ましかった。俺だって選ばれたかったんだ。でも、いつも選ばれなくて。それなら少しでも俺を見て欲しくて、どうすればいいのか考えた。兄ちゃんの機嫌を取れば、まわりも俺を少しは見てくれるって。結局は兄ちゃんだ。俺の人生、すべて兄ちゃんだった」

「それでいいじゃん」

「良くないよ。俺は兄ちゃんの付属品じゃない。杉原蛍だ。そう証明したくて、兄ちゃんに勝ちたかった。でも、俺は兄ちゃんに勝てるところが一つも無いから……」

「だから、彼を見いだしたの?」


 情けない。結局は他力本願だ。


「うん。兄ちゃんを学園の王子から引きずり下ろしたくて、碧人に協力を頼んだ」

「結果、僕は負けて、彼が新しい学園の王子様になったわけか。それで、蛍は今、満足なのか?」


 柊の問いかけに何と答えて良いのか分からなかった。最初に願ったことは叶ったのに、心の中は晴れやかとは言い難い。


「まぁいいや。僕は生徒会長の仕事に戻るよ」

「あの、仕事頑張って」

「言われなくとも。今日は一緒に晩ご飯食べるよな?」

「……うん」


 柊は寂しそうに微笑んだ後、去って行った。その後ろ姿を見送りつつ、蛍はぼんやりと自分の気持ちについて考えていた。


 どうしてすっきりしないのだろうか。柊に対するコンプレックスに打ち勝つために、行動してきたはずだ。それなのにもやもやは残ったまま。ということは、本当の望みは別にあるということなのか。


 ずっと、両親に選ばれる柊が羨ましかった。蛍も両親に選んで欲しかった。


「俺、選ばれたかったんだ」


 選ばれない人生を送ってきた。自分はそういう星の巡りなんだと諦めてきた。でも、本当は諦めたくなんかなかった。


 視線の先に、美織達に囲まれている碧人がいた。女子の圧に押されてはいるものの、邪険にすること無く笑顔で接している。その姿に、胸がチクリと痛む。

 碧人にとって蛍は、変わるチャンスをくれた友人ポジションだろうか。少なくとも、蛍と同じような好意を持っているとは思えない。これからは女子にモテまくるだろうし、何の取り柄もない蛍など見向きもされないだろう。そんな未来が容易に思い浮かび、じわりと涙がにじんでくる。


 本当は柊に勝ちたかったんじゃない。自分の好きだと思っている相手に、今度こそ選ばれたかったんだ。

 碧人を磨かず独り占めしていれば、今は隣にいて、蛍を選んでくれただろうか。後ろ向きな思いが脳裏をよぎるが、すぐにこれで良かったんだと思った。


「碧人、お疲れさん」


 やっと女子達から解放された碧人が、隠れるように空き教室の壁にぐったりと座り込んでいる。その横に、蛍も座った。


「俺、あいつに勝ったぞ」

「うん。ありがとう。俺の我が儘に付き合わせてごめんな」

「……もっと喜ぶかと思ってたんだけど、なんかあったのか?」


 心配そうに蛍を見つめてくる。


「いや、違うんだ。ちゃんと嬉しいよ。碧人の魅力がみんなに伝わって、本当に良かったと思ってる。でも、兄ちゃんに関しては、俺は間違ってたんだなって気付いたんだ」

「間違ってなんかないだろ。あいつは精神的なDVを蛍に対してやってたんだぞ」

「DVなんて大袈裟だなぁ。選ばれる人は選ばれるものを持っているから選ばれるんだよ。だから、兄ちゃんを僻んでいた俺が子どもだったんだ」


 それは碧人も同じだ。選ばれるだけの資質がもともとあっただけのこと。それを磨いていなかったから埋もれてただけなのだ。


「どういう意味だよ」

「だから、俺が選ばれなかったのは、俺のせいだったってこと。それを認めるのに、こんなに時間が掛かっちゃった」


 へへ、と小さく笑う。

 しかし、その結論を聞いた碧人が舌打ちした。


「違うな」

「何がだよ」

「俺が選ぶからだ」


 碧人の言っている意味が分からなくて、蛍は口をぽっかりと開けたまま固まってしまう。


「……?」

「他の奴らが何人蛍を選ぼうとも、俺に選ばれる方が価値があるだろ。俺は蛍に見いだされた人間だからな」

「えっと、どういうこと?」

「だから、今まで選ばれなかったのは、今、俺に選ばれるためだったってことだよ。言わせんな、こんなこっぱずかしいこと」


 むくれた表情で、碧人はそっぽを向いてしまう。


「なにそれ」


 碧人の幼げな仕草に思わず笑ってしまう。すると、碧人が急に目線を合わせてきた。


「だから、俺がお前を選ぶと言ってる」


 真剣な眼差しに、これが冗談などではないと伝わってくる。


「えっ、で、でも、新しい学園の王子様を独り占めなんて出来ないよ」


 何が起こってるんだ。パニックで頭が爆発してしまいそう。でも、なんだか蛍にとって都合が良いことを言っている気がしないでも無いけど、これ、幻聴じゃないよね?


「独り占めしろよ。お前が俺を見つけたんだ。お前が俺を磨いた、お前が俺をキラキラした目で見つめるから・・・・・・俺は王子になった。分かるか、お前のためになったんだ」

「ま、まじで?」

「まじで」

「なんだよ、それぇ。もしかして、俺のこと好きなの?」


 照れ混じりに、碧人の顔をのぞき込む。すると、耳まで真っ赤にしているではないか。


 え、本当にまじで? そんな自分にとって嬉しい展開あり得るのか?


「そうだよ、好きだよ。悪いか」


 怒鳴るように返されて、蛍は腹を抱えて笑ってしまった。

 信じられないくらい幸せだ。今まで選ばれなかった辛さにおつりが来るくらい。


「悪くない!」

「じゃあ、俺と付き合え。蛍はなんでも俺の言うことを一つだけ聞く約束だったろ?」


 ここでその約束を出してくるなんて、肝心なところで碧人も臆病風に吹かれている。でも、そんなところも愛しいと思えた。


「そんな約束無くたって、付き合うに決まってる。だから、何でも言うことを一つ聞くのは、別ので使ってよ」

「……例えば?」


 問いかけに少し考える。そして、おずおずと答えた。


「うーん、キス、とか?」


 反応が怖くて心臓が飛び出そうだったけど、見上げた碧人の顔は真っ赤で、でも目はギラッと光っていた。どうやらキスしたいらしい。ファーストキスが、自分だけの王子様とだなんて、女子全員からうらやましがられちゃうなと思う。


「いいのか」


 いちいち確認を取ってくるのが可笑しい。でも、猫拾っちゃう系のヤンキーだから仕方ない。つまり人が良いのだ。


「そこはしれっとしろよ」


 笑いながら、顔を見合わせた。

 そして、二人はゆっくりと近づいていく。




    ― 了 ―



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