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第2章⑤


 幸太は静かにため息をついた。後ろの席からの視線がうるさいからだ。口数は少ないくせに、もの言いたげな雰囲気だけは醸し出してくる。おそらくホタルのことで聞きたいことがあるのだろう。


 ホタルとは小学校からの付き合いで、幼馴染みといっていい間柄だ。ホタルは明るくて、ハキハキと良くしゃべる奴という印象だった。だから、小三のときに学校内で兄の柊に詰め寄られているのを見たときは同一人物か疑ったくらいだ。だが、同時に腑に落ちた。たまに無理して笑っているような感じは、自分の思い違いではないのだと。


 だけど、家でのホタルがどうであろうと、幸太が会うのは学校でのホタルだ。だから、学校でのホタルとして接し続けた。すると、ホタルはそんな幸太に気を許したのか、家でのことを少しずつ話すようになった。その内容は、あまり愉快なものではなかったが、ホタルは淡々と話すだけで救いを求めてくることは無い。もし求められたとしても、自分に出来ることなど思いつかなかったけれど。


 一度、何か手助けしたほうが良いかと尋ねたことがある。でも、ホタルは何もしないでくれ、ただたまに聞いて欲しいだけなんだと言った。だから、ホタルが話してきたことを聞いて、あえて軽い調子で返した。お前の悩みは軽いものなんだと、少しでも錯覚できるように。


 しかし、桐生と交流を始めてからのホタルを見ていて、自分の行動が本当にこれで良かったのか分からなくなってきた。


 五時間目が終わった途端に、後ろから声をかけられた。さすがに教室内で話すのは躊躇われたので、廊下に出る。


「ホタルのこと?」


 問いかけると、桐生はおもむろに頷いた。


「あいつから話聞いてたけど、あそこまで追い詰められている状況とは思ってなかった。単なる出来の良い兄に対する嫉妬だと思ってたが……、あれは兄の方にも問題があるんじゃないか?」

「だねぇ。でも、生徒会長が闇をぶつけるのはホタルに対してだけだから。学校ではもちろん、両親にも物わかりの良い優等生の姿だ。でも、蛍に対してだって、殴ったり怒鳴ったりはしないみたいなんだよな」

「だが、明らかにあいつは怯えてただろ。表情は笑ってたけど、手が震えてた」


 よく見ている。自分以外、誰も気付いていないと思っていたから少し驚いた。


「乱暴な言動はしないけど、ホタルを追い詰めているのは確かだ。でも、もし仮に誰かにそれを見られたとしても、生徒会長はどうとでも切り抜けられる。だって、責められるような言葉は使ってないから。でもさぁ、セクハラと同じで、受け手がどう感じるかだよな。ホタルは苦しいと感じているし、おそらく生徒会長はホタルを追い詰めようと意識して行動している」

「なんだよ、それ」


 本当に、なんなんだよと幸太も思う。でも、ホタルはそういう兄と、その兄を溺愛する両親のいる家でずっと過ごしてきたのだ。味方のいない家の中で、どうすれば平穏に過ごせるのか考えてきた。

 その結果が、兄の機嫌を取ること、兄を優先し自分の主張をしないことだった。だから、きっとホタルは兄に反抗することが怖いのだろう。今までの生き方を否定することだから。結果、もっと酷い地獄が待っているかもしれないのだから。その恐怖が、ホタルの震えの原因だろう。


「桐生は、ミスコン出るのか?」


 幸太はずっと傍観者だった。中途半端に足を突っ込んで、ホタルの必死の生存戦略を台無しにするのが怖かったからだ。でもそれは言い訳なのだろう。要するにホタルを助ける自信がなかっただけだ。


「出る。俺はあいつに恩があるし……あいつが心から笑えないのは何か嫌だ」


 桐生は、本当にすごい奴なのかもしれない。

 ホタルが桐生のことを優しいと言う。幸太としては半信半疑だった。見た目ほど怖くも悪くもないとは思っていたが、『優しい』はホタルの希望的観測からくるものだと思っていたから。

 でも、今はホタルが正しかったのだと分かった。ホタルの選んだ奴は、ホタルの境遇を正しく認識し、正しく怒っている。そして、幸太が諦めた手助けの手を躊躇いもなく伸ばそうとしている。


「話すようになって一ヶ月も経ってないだろ。どうしてそこまで出来るんだよ。俺は、小学校からの付き合いでも、傍観者にしかなれなかった」

「お前が何で落ち込んでるのか知らんが、俺から見て長谷川はあいつに頼られているように見えるぞ。何かあってあいつが泣きつくのは長谷川だ。お前がいなかったらあいつは学校で笑って過ごせてはいないと思う」


 あぁ、敵わない。ホタルが桐生に夢中になるはずだ。


「桐生が優しい奴って本当だな」

「……別に、自分がしたいようにしてるだけだ。馬鹿みたいに騒いで笑顔を振りまいているあいつの姿が……これからも見たいだけだ」


 ホタルのうるさく騒ぐ姿を脳裏に浮かべているのだろうか。桐生がまぶしそうに目を細めた。

 きっと、桐生にとっても良い出会いだったんだ。まわりに怖い奴だと誤解され、理解されないならそれでいいと閉じこもっていた。その殻を、ホタルだけがぶち破って手を伸ばしてきた。

 だから、今度は桐生が手を伸ばす番なのか。


「俺もできる限りのサポートはするよ。あいつを、ホタルを頼むな」


 彼らの感情が、友情から来るものなのか、それ以上のものなのか分からない。でも、ずっとホタルのことを見守ってきたのだ。


 いつも誰からも選ばれないと、落ち込んでいたホタル。彼は広く浅く交友関係を結んでいた。誰とでも仲良くなれるけど、深い話をするほど親密にはならない。先日失恋したと騒いでいた女子に対しても、いうほど好きだったとは思えない。現に、騒いでいたのは失恋が分かった当日だけ。翌日からはホタルの口から名前すら出てこないのがその証拠だ。特別な相手を極力作らないようにしていたのは、きっと無意識の自衛だったのだろう。


 そんなホタルが革命を起こそうとしていて、相棒に桐生を選んだのだ。そして桐生は、幸太とは違い立ち向かう勇気を持っている。

 どうか、ホタルの革命が成功しますように。そう願わずにはいられない。


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