第五話 本領発揮妹
視点・妹。
ベッドの上で目が覚めた。
「……」
あのまま寝てしまったらしい。腫れぼったい瞼をこすって上体を起こそうとすると、
「……!」
ベッドにもたれかかるみたいにして寝ているお兄ちゃんの顔が、目の前にあった。
そして周囲には、淫猥に丸められた無数のティッシュが!
あ、朝チュン!? これがパリピのステータス・朝チュンというやつっ!? このまま淡いピロートークに移行して、そのまま朝のあれを利用したあれがあれをあれにっ!?
いい加減にしろよアニメ脳。dアニメストアを解約してやろうか。
見れば、わたしの右手はがっちりとお兄ちゃんの服の裾を握っていた。きっとずっとこうしていたから、お兄ちゃんは離れるに離れられなかったのだ。
……イケメン過ぎるよ、陽和くん。マジかっけーよ。
この人本当に、わたしのお兄ちゃんなのかなあ。
同じDNAが配列されているのに、なんで妹はこんなに残念なのだろう。ネタでもなんでもなく、本当に血が繋がってないとかあるんじゃないかな。
……そうしたら。
そうしたらわたしもお兄ちゃんのこと、違う目で見て良かったのかな?
……本当にやめろアニメ脳。そんな都合よく──とか思っちゃってる時点で、もう……──義妹ルートに入るわけないし、そもそもお兄ちゃんもわたしのことを残念な妹としか見ていない。
わたしたちは、周りよりちょっと仲良しの兄妹。
これまでもこれからも、ずっとそうなのだ。
わたしはそれがいい。こんなバカな妹を、バカも含めて好きになってくれるお兄ちゃんなんて、他にいない。そんなお兄ちゃんが、わたしはお兄ちゃんとして大好きだ。そこに変な感情を持ち込むなんて、亀裂を生むようなことをするなんて、絶対にしたくない。
「……」
……でも、まあ……うん。
今のうちに、くっつけるだけくっついとこう。
視点・兄。
妹が目を覚ました。
半分くらい目を覚ましていた僕は、一緒に起きだそうと思ったけれど、目に見えてあたふたしている姿が面白くて、そのまま狸寝入りを決め込むことにした。
一通りあわあわといってから、妹は僕の顔を見ながら何か考え込んでいるみたいだった。凄く申し訳なさそうな顔だ。
そうですよ、はみゆちゃんが泣き疲れて寝ちゃったものだから、お兄ちゃん頑張ってベッドの運んであげたのです。
そんで寝ぼけて裾を掴んできたから、ここから一歩も動けなくなってしまったのです。
ま、昨日のブスな顔が引っ込んでいるみたいだから、それくらいなんでもないけどね。
表情でのごめんなさいを済ませた後、妹は自分のおでこをそっと僕のおでこにくっつけてきた。
今度はきっと、ありがとうっていってくれているのだと思う。
ああ、妹ってかわいいんだなあ。
知っていたけど、ちゃんと接してみると七十割増しだ。
僕はこの通り、中途半端に遊び歩いている素行不良者予備軍だ。
そんなやつに変に影響を受けたらいけないって思って、今までは一定の距離を保つように──それでも、普通の兄妹よりは仲が良かったと思うけど──していた。
でも妹ももう中学生だ。
ある程度善悪の区別もついているし、ちょっとくらい遊んだっていい年頃だろう。
これからは積極的に、妹と遊んでもらうようにしよう。
なんて思っていたら、妹の寝息が聞こえてきた。たぶん、僕が動き出すまで狸寝入りでもするつもりだったのだろうけど、本当に寝てしまったのだ。
ああ、お嫁に出すの嫌だなあ。
妹を起こさないように注意しながら、床頭台に置いていたスマホを手に取る。昨日の夜、たぶん打ち上げの最中くらいの時間に、大塚くんからのLINEが入っていた。
『妹ちゃんの歌が他のバンドにも好評』
『うちのサブメンバーとして』
『時々ライブに出て貰いてーって話になってるから』
『ふわっと話ししといて』
『(・∀・)イイネ!!』
僕らの都合を無視した言い分だったけど、半面で僕はまんざらでもない気分だった。
僕の妹はかわいいし、凄いんだ。
異論なんてあるはずもなく、スタンプにてオッケーの旨を伝えると、妹の寝顔を見た。
さて、どうやって口説いたものかなあ。妹はこの通りのシャイガールだ。ちょっとやそっとの説得じゃあ首を縦に振ってくれないだろう。
どうしても嫌だったら強要するつもりはないけど、知らない世界に足を踏み入れるっていうのは基本的に悪いことじゃない。良識の範囲内で根気強く説得してみよう。
あとは、切り出すタイミングだな。あんなにたくさん褒めて貰えたのだから、妹だって昨日のライブに手ごたえは感じているはずだ。
まだステージでの高揚感はお腹の中に残っているって思う。
鉄は熱いうちに打った方がいい。また少し不意打ち気味で申し訳ないけど、起きがけにでも切り出してみよう。
「……ん、んん……」
なんてことを思っていたら、妹が目を覚ました。
何回か半眼をしぱしぱさせた彼女は、僕の裾を掴んでいた手で目をこすって、左右をきょろきょろと見回した後、僕の顔を見て、
「……おぅっ!」
ネイティブな発音で言ってから、後ろの壁に頭をぶつけて、短い足をばたばた振った。バカだなあ。バカだけどかわいいなあ、この生き物。
「おはよう、はみゆちゃん。よく寝てたみたいだね」
「……お、おはよう」
なんともバツが悪そうにいってから目を伏せ、気まずそうにもじもじとしている。まだ昨日のやらかしを気にしているな、この豆腐メンタル。
ああ、そうか、昨日のあれを気にしなくていいっていう意味でも、バンド勧誘の話は早めにしてあげたほうがいいのか。そんな失敗を塗擦するくらい、君はすごいことになっているんだよって伝えあげれば、多少は気も楽になるだろう。
本当に起き抜けになっちゃうけど、話を切り出してみようかな。
「あのね、はみゆちゃん。いきなりでごめんなんだけど、ちょっとだけ大事な話があるんだ」
優しい声で言ったつもりだけど、なぜか妹の表情があからさまにこわばる。あ、僕のバカ。こんな切り出し方だったら、怒られるんじゃないかって警戒しちゃうじゃないか。早く安心させてあげないと。
「昨日もふわっといったと思うんだけどさ、実はお兄ちゃん、はみゆちゃんのこと──」
響ちゃんが冗談で『バンド入ってよ』みたいなニュアンスのことをいっていた。それを流用した言葉を作ろとした、その時、
「ごめんなさい!!」
妹は、大音声で謝罪の言葉を口にしていた。
視点・妹。
「あのね、はみゆちゃん。いきなりで申し訳ないんだけど、ちょっとだけ大事な話があるんだ」
二度寝から目覚めた瞬間、お兄ちゃんは熱い目でわたしのことを見ながら言ってきた。
………………え?
頭をぶつけた痛痒とは別の衝撃が全身を巡って、わたしの中からまどろみを抜いていく。
なに、これ。なんでこのタイミングなのかは分からなかったけど、この前口上って……っ。
「昨日もふわっといったと思うんだけどさ、実はお兄ちゃん、はみゆちゃんのこと──」
──バカでも、好きだよ。
お腹の中を去来したのは、お兄ちゃんが昨日わたしにいってくれた優しい言葉。
やっぱりあれは、そういう意味で……。
それを伏線とした愛の告白を、お兄ちゃんは今まさにしようとしているらしい。
「ごめんなさい!!」
それを理解しきる前に、お兄ちゃんが全文をいい切る前に、大きな声で言っていた。
……だってそれを聞いたら、わたしはきっと想像してしまう。
大好きなお兄ちゃんを、お兄ちゃんとしてではなく、大好きになってしまった、わたしを。
「……お兄ちゃんの気持ちには……答えられない」
どのタイミングでスイッチが入ったのかは分からない。あるいは、一晩中わたしを見ていて我慢ができなくなってしまったのかも知れない。
だからといって軽蔑なんてしない。お兄ちゃんだって男の子なのだ。そういう時だってあるだろう。一時的な気の迷いが性欲に後押しされた末の告白。
そう、これは気の迷いなのだ。
バカの妹の黒歴史を汲んでやらかした、お兄ちゃんの優しくて悲しい気の迷い。
──わたしの手で、お兄ちゃんの目を覚まさせてあげなきゃ。
「……え、はみゆちゃん、お兄ちゃんが何を言おうとしたか、分かるの?」
お兄ちゃんはびっくりしているみたいだったけど、『大事な話』と『実は僕、君のこと』っていう歌い出しから始まる歌なんて、悲しいラブソングだって相場が決まっている。
「……うん。昨日、わたしにいってくれたこと……でしょ?」
「うん。そう。はは、そっか。意外と鋭いんだね、はみゆちゃん」
お兄ちゃんはいつもの調子で笑う。胸の奥が締め付けられるみたいに痛くなった。
「……どうして、ダメなのかな?」
怒るわけでもなく、責めるわけでもなく、笑顔で小首を傾げる。
告白の言葉すら聞かない失礼なわたし──それは係累に対しても該当する概念なのかは知らないけど──に対して、お兄ちゃんはどこまでも優しい。
お兄ちゃんの彼女になる人はきっと幸せだ。
だからこそ、わたしはこの台詞を言わなくちゃいけない。
「だってわたしたち……兄妹なんだよ?」
そう。
わたしたちは兄妹。
決して結ばれてはいけない、運命の同胞。
「……うん。だから? きょうだいでやってる人もいっぱいいるよ」
「……ヤ、ヤってるって」
急に生々しい表現を放り込んでくれたな。
「ほ、他の人たちが……その、してるからって、わたしたちはいいってことにはならないでしょ」
「それはそうだけど……あれ、そこつついてきたのって、はみゆちゃんだよね?」
「そうだけど……そういう人たちはやっぱり、それ相応の覚悟があって、そうしてるんだよ」
世間や親の目。戸籍上の問題。そういう難問をクリアしてもなお、そうでありたいって思った人たちはそうするのだろう。わたしに同じことをする度胸はないし、
「それに、お兄ちゃんにはわたしなんかより、ずっといい人がいるよ……」
「そんなことないよ。お兄ちゃんははみゆちゃんとやりたいんだ!」
だから表現っ! 生々しさっ!
「それに、きょうだいだから相性がいいってことだってあるよ」
「あ、相性……」
ママ。
あなたの息子は、妹の前で身体の相性の話を始めたよ。
「AC/DCのリズムギターとリードギターの掛け合いとか見たことある? あのふたりも兄弟なんだけど、あれ凄いんだから。ちょっと今見てみる?」
そして、よく分からないけど男同士のあれの動画をプレゼンしているよ。
「見ないよ! 別に他人のを見たところで『あ、じゃあ……』ってならないよ!」
「いや、だってホントに凄いんだよ、あれ。何してるか分かりづらいところもあるけど、ちゃんと解説もしてあげるし……」
「いらないよ!!!」
でもあとで動画のURLをLINEして!
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