第1章 知られざる者
この作品にいつも足跡をつけてくださる方のためだけに更新しました。
いつもありがとうございます。
完成までもう少しお待ちいただければと思います。
よろしくおねがいします。
「やっっっべえ、今日も遅刻しちまう!」
ぼさぼさの髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら、光矢は強い口調でぼやいた。
うるさい目覚まし時計をやっとのことで止めたのに、時刻を見ればもう八時半を回っている。今日も起きるのが遅かった。
なんで、いつもこうなんだろう………。そんな自己否定感に今日も苛まれながら身支度を始める。
洗面台で顔を洗いながら、今日の授業とレポート内容を再確認した。
ええっと、今日は連続対称性の古典的な形式とその量子演算子の関係に関する話だったよな………。レポートはそれに付随した見解のまとめで………そうだっ、余剰次元理論の概要について教授に聞かなければいけないことがあったんだった………!もう、いつもこんなんだぜ!
歯磨きをしたい衝動に駆られるも、置き時計を睨んで間に合わないことを計算し、潔く断念する。乱れきった髪を数滴垂らした手をなじませてぐしゃっと髪を鷲掴みにしてあるべきいつもの配置へ修正する。
目やにが残っていないか確認した後、それでも………と心の中で呟く。
今の俺には、本当にやりたいことが、あるんだ。
過去の悩みから一転して大きな一歩を踏み出した彼の関心先は常にそれに集中していた。
だから、多忙な毎日にも耐えられるし、その中で自分が今何をしているのか忙殺されずに済む。
俺は………俺には、夢があるんだ。
世界を変えるマシンの開発を。
社会変革を大きく促すようなマシンを作って、人々の役に立つような大きな仕事を成し遂げるんだ。
それが実現できるなら、俺には何も要らない。
そんなことを考えながら、自室に戻ってベッドの脇に放り出してあったリュックの中身を漁って今日の授業に必要な教材やノートを揃えようと確認する。
理系の道を歩んだとはいえ、大学一年生の段階ではまるで義務教育みたいにオールラウンドで科目を受けることを強いられる。
それもそれでいやではない。
ただ、それらが自分にとって真に必要のない科目であるとわかっていても投げ出せないのが、少しネックに感じる部分ではある。
………あれ、これは?
中身をチェックしていくと表紙に「美術」とタイトルが書かれたノートを見つけた。手に取ってぱらぱらとページをめくってみる。
ふいに、最後のページの最下部に小さく書かれた文字を見つける。
参考文献を持参すること
そういえば、前回の授業では模様アートの創作が控えていることを前提に、その参考文献となる何らかの書物を持参してくることを教師から伝えられていたことをメモとして書き記したのを覚えている。昨夜の時点でそれに該当する本を選ぼうと図書館に寄ろうと考えていたものの、最近の疲労を言い訳にして後回しにしていたことをすっかり忘れていた。
しかも、今日の一時限目に美術が待ち構えていたことを遅まきながらに思い出した。
それをやらなかったがゆえに、今それを探さなければならない。
………マジか。時間がないのに………。
憂鬱な気持ちに引きずられながら、仕方なく散らかった作業デスクの上を無造作に探し始める。
多くが物理や数学に関連する本ばかりで該当しそうなものはなさそうだ。
クローゼットにいくつか本があったことを思い出した光矢は、勢いよく扉を開けて上部の棚に並んでいる本をいくつも開いては中身を確認していく。
「光矢~!通学の時間だわよ!まだ寝てるの?」
一階にあるリビングから母の声がこだましてくるのが聞こえてきた。
「起きた!今行く!」
大声で叫び返して、焦る気持ちをつのらせながら次の本を手に取った。
もし、いいものがなかったら………おや、これは?
茶色い革表紙には何も書かれてはいなかったが、最初のページには「祖父の日記」と書かれている。
自身の祖父、徹也といえば、機械工学者としての知名度がかなり高かった人物だ。その影響を受けて父も開発の事業に携わっていたほどの認知力だったことは、今でも覚えている。
ぱらぱらとめくっていくと、そこには乱雑な英語の文字と一緒に不思議なシンボルマークが何ページにもわたって書き残されていた。見たこともないマークだ。その全てが球形状で、まるで電子回路を扇型の曲線にして描いたようなものばかりだ。だが、どれ一つとして同じものはない。
それが一体何を意味するのか彼には分からなかった。だいたい、こんなものを自分の部屋のクローゼットにしまっていたことにあまり記憶がなかった。そもそも、機械工学者の祖父がこんな出所の分からない日記を書くような性格だったろうか。甚だ意外に感じられた。
でも、なんだかインスピレーションが降りてきそうな印象を受ける。眺めてみると絵心をくすぐるような印象さえ受ける。
もしかしたら………。
「これは使えそうかもな………いや、使える。使おう」
一人独白しつつ、判断を下そうかどうか迷うことなく床にあるリュックの外側のポケットに突っ込む。
そもそも、判断するための時間もないしな。どちらにしろ美術に該当しそうな代物であると認識しても問題なさそうだ。昔から趣味で絵を描いていたからそれなりの造詣はある。
ほんの少しばかりの安堵感と共に、彼はクローゼットを閉じた。