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スローライフをはじめます

「ふ、ふふふふふ」


 私は自分の口から笑いが漏れるのをおさえられなかった。貯めに貯めた貯金箱、中には持つのが重いくらいにぎっしりつまった金貨。この貯金箱をいっぱいにするのがずっと私の目標だった。そのため、私はやりたくもないキツイ汚い危険と三拍子そろった軍人として昼夜を問わず勤務してきた。

 これで目標としていた額がたまった。軍なんてさっさとやめて、私は悠々自適のスローライフを送るのだ!


「……ユーリ? いる?」


 にやにやしていると、とんとんと部屋のドアがノックされ、私はとっさに貯金箱を閉じた。だけど声の主に警戒をとく。私が呼んでおいた同期だ。一応貯金箱は隠しなおしながら返事をする。


「いるよー、はいっといで」

「ん。お邪魔します」


 はいってきたのはちんまり小柄でどう見ても軍人には見えない女の子、マリオン。彼女は私より10年下の同期だ。孤児院に捨てられていたという彼女は孤児院で魔法の才能を見出され、強制的に軍に所属させられている。孤児院に入るというのはそういうこと、と聞いてはいたけど、彼女はたった五歳から軍に入れられたというのだからさすがに驚いた。

 私は普通に募集されている最低年齢の15歳で入り、今年でちょうど十年だ。マリオンほどではなくても私にも魔法の才能があり、目標の為今日まで頑張ってきた。マリオンとは五年前、私は自分から希望してやってきたこの最前線基地で出会った。


 まだまだ幼い彼女を放っておけず、唯一の同性ということもありこれまで仲良くなってきた。この基地で唯一の友人と言っていい。最初に出会った時は幼い幼女と言ってもいいくらいだったけど、今では少女と言える。と言っても環境のせいかどうにも発育が悪く、15歳とこの国では一人前と言える年になっているのにまだまだ幼げだけど。


「ふふー、よく来てくれたね、マリオン君」

「ん、機嫌いいね。話って何?」

「いいよー、へへ。前から言ってたでしょ。今日もらったお給金で、ついに、目標を達成したんだよ! つまり、こんなくそったれな職場とはついにおさらばするんだ!」

「…………やめる、の?」

「そうそう。いやー、長かったよー」


 前からその予定を話してはいたけど、今日がそうだとは思わなかったようでマリオンは目をぱちくりさせてびっくりしている。

 普段感情表現が控えめなマリオンにしてはずいぶん驚愕してくれているらしい。私はその肩に軽く手をまわして体を揺らしながらご機嫌に答える。


 私は軍人として真面目にやってきた。勲章ももらっての最前線。危険手当もかなり多い。夜間に急に呼び出されたり、夜勤明けでも緊急出動したり、と勤務時間がとても長い。普通よりもずっといいお給料なのだけは間違いない。普通に働いていては私の年齢でこれだけのひと財産を築くのは不可能だ。だけど今、私は田舎でほそぼそとなら一生働かなくてもいいくらいのお金がある。家を買って家庭菜園でもして、体が丈夫なうちはたまには日雇いで贅沢をしてもいいし、とにかく好きな時に好きなだけ寝て、好きな時にゆっくりご飯を食べて、ゆーっくりお風呂にはいってごろごろ過ごす。そんなスローライフを過ごすのだ。

 もう警報で起こされるのも、かきこむように食事をとるのも、数少ない休日でさえ行動を制限されるのも、お風呂にはいれないほど疲れ切るのも、全部うんざりだ。これから私は人間らしい日々を送るのだ。


 もちろんマリオンを置いていくのは忍びない。でも孤児院の人間は才能があれば徴集され、20歳までの従軍が強制される。その為に孤児院は経営されているのだ。あと五年、マリオンは軍をやめられないのだ。


「……私を捨てるの?」

「いや、人聞きが悪いって。ちょっと一足早くリタイアさせてもらうだけだって。手紙も書くし、たまには遊びに来るし、軍やめて疲れたならうちに来てもいいし。私たちの友情は続くって。私たち、ずっと友達だよ!」


 じっとりと、まるで絶望したかのような顔でマリオンがとんでもないことを言ってくるので慌てて私はマリオンの肩をたたいて顔を覗き込みながら言い訳する。

 言い訳というか、もちろん本音だけど、自分でもちょっと後ろめたいのでつい早口になってしまう。でもこれは従軍する前からの夢であって、正直に言ってこの生活はお金と引き換えに人間らしい生活を犠牲にしている。目的を果たした今、可能な限り早く辞めたい。


「……でも、一緒にいてくれないんでしょ? ……ユーリがいなくなったら、私、どうしたらいい? どうやって、生きていけばいい?」


 えぇ、生きていけばいいって、普通に生きてください? いや、まあ。確かに、時に二人で励ましあってやってきた。だけどまさかそこまでマリオンが私に依存していたとは。私がいないと生き方がわからないなんて。私もね、まじでマリオンには情があるし大事だし妹のように思っているけど。うーん、よし。

 私は瞳からハイライトをけして消えてしまいそうなほど落ち込んでいるマリオンの顔を正面から見つめながら、覚悟を決めた。


「じゃあさ、マリオンも辞めない? 今貯金いくらあるの? 勲章はないけど、それなりにたまってるでしょ? 足りない分は私がだしてもいいし」


 孤児軍人が規定年齢より前に辞めるのは方法は二つ。一つ、死亡およびどうしようもないほどの負傷を負う。もちろんこれは却下なので、実質一つ。それはお金だ。入隊時に契約を交わしているので、違約金として一億。そして残り年数に応じて一年で一千万だ。つまり約一億五千万。

 うん。普通に考えて辞めさせる気がない。孤児軍人はどんなに活躍しても勲章はもらえないし役職もつかないしね。でも、それでもここは手当も多いし、マリオンはほとんどお金をつかっていない。

 最初に出会った頃なんて支給服だけで私服を一切持っていなかったくらいだ。私の半分の報酬だとして、一億はあるだろう。それでもやめられない悪質なシステムだけど、まあ足りない五千万は私がだしてもいい。

 そうしてもまだ家を買ってしばらくゆっくりする余裕はあるし、なあに、まだ私たちは若い。二人ならぐっとできることも増える。もう五年、軍以外で今よりゆっくりしつつ、私たちにとって余裕な肉体労働で稼げばなんなら今より余裕を持った貯金ができるだろう。


 すでに一度辞める! と考えた以上、もはや私の脳内に軍を続けるという選択肢はない。というかもう辛すぎて無理。


「一文無しになっても、しばらくは私が面倒を見るし、一緒ならなんとかなるでしょ。今いくらあるの?」

「………ユーリ、そういってくれて、嬉しい。でも……ごめんなさい、貯金、なくて」

「え? ゼロってことはないでしょ? もらったばっかりだし。今いくらなの?」


 マリオンは私の言葉に真っ青な顔色のまま、そっと懐から財布を出して渡してきた。小さないつも使っている財布だ。私が前にプレゼントした。開けて中を見る。3万ほどはいっていて、マリオンの年代の財布としてはそこそこある方だろう。


「え? もしかしてこれだけってこと?」

「……うん」

「え? え? ちょ、ちょっと待って、給料明細見せて」


 マリオンは財布の仕切りの中から明細を出した。基本給、手当、ちゃんと記載がある。そこから税金なんかの控除がある。その中に私の明細にはない、見慣れない控除があった。孤児院控除。これにより給料のほとんどが引かれ、残っているのはたったの一万円だった。


「……は? こ、これ、まじ? 本物?」

「うん……」

「この孤児院控除っていうのは?」

「孤児院への寄付に回される控除。それで孤児院はまわってるんだって」

「……」


 あ、悪質にもほどがある。違約金が膨大な時点でめちゃくちゃなのに、ましてこんなにも搾取していたなんて。と考えてからはっとする。

 支給のぺらぺらの肌着と軍服しかもっていなかったマリオン。軍しか知らないからだろうとあれこれ町に連れだし、まずは手本と衣類や身の回りのことをプレゼントした。それほど高いものではなかった。私のお給料なら。でもそれからマリオンは私のアドバイスに従い、人並みに衣類やちょっとしたお菓子を買っていた。それでは、月々一万円なんて吹けば飛んでしまう。

 ましてお礼だと言って私にマフラーをプレゼントしてくれた。私が買ってあげたものとお揃いの、ちょっといいマフラー。お値段は一万を超える。それを軽い気持ちで受け取ってしまった。もちろん大事にはしているし、今もあるけど。マリオンの一か月の給料だったなんて。


 私は何も気づいてなかった。そんな自分が情けなくて、申し訳なくて、私はぎゅっとマリオンを抱きしめた。


「マリオン、ごめん。気づかなくて」

「え? ユーリが謝ることじゃないよ。私が孤児だからで」


 そんな風に、いつも通りの声で言うマリオンに私は泣きそうになるのをこらえて顔を上げた。抱き寄せるのをやめてマリオンと顔をあわせ、その瞳をみる。私がやめると聞いて、捨てるのと言いながら、やめないでとは言わなかったマリオン。自分がどうしたらいいと聞くだけで、私にどうしてほしいとは言わないマリオン。

 それがマリオンの全部なんだ。何も気づかなかった。馬鹿みたいにただ一緒にいただけで、全然気が付かなかった。そんな私じゃ、頼りないかもしれない。それでも、マリオンをここに置いていくことなんてできない。

 何にもわかっていない私でも、マリオンのことを大切に思っているのは本当だ。一人っ子で今や血のつながった家族のいない私だから、マリオンのことは勝手に妹みたいにも思ってた。


「マリオンは何も悪くない。ねぇ、やめよう。もうこんなところやめよう。マリオンは、もっと幸せになるべきだよ。マリオンのお金は私が出す。それでも多少は残るし、二人でならなんとでもなる。一緒にここを出よう。マリオンのことは私が守るから」

「!? ほ、本気で、言ってるの? 私なんか、なんの役にも、立たないのに」


 マリオンは一瞬かっと頬を染めて嬉しそうにしたけど、すぐに目を伏せた。そんな卑屈な態度、すぐにやめてほしい。でもきっと、今すぐ変わるのは無理だろう。心を変えるのは難しい。だからまず、環境から変えないといけない。


「そんなこと言わないで。私はマリオンといて楽しいし、マリオンに幸せになってほしい。笑顔でいてほしい。お願い。私と一緒に来て。私たち、家族になろう。一緒に暮らそう」

「……本当に、私でいいの?」

「マリオンがいいんだよ」

「っ……うん! 私も、ユーリと一緒にいたい。家族に、なりたい!」


 マリオンはそういって、泣き出した。私も我慢できなくてマリオンをもう一度抱きしめながら泣いてしまった。


 こうして、私とマリオンのスローライフ人生が始まった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公お金の亡者のような始まりでしたが、ダチの為億だせるイイやつでした [気になる点] >家族になりたい ん?もしかして二人の家族のイメージずれてない? ユーリは妹のようなマリオンと言って…
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