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ギルバートの過去

 執事のアルフレッドにオーレリアが案内されたのは、上品な調度品が設えられた、広々として居心地の良い部屋だった。


「こんなに素敵なお部屋をご用意いただいて、よろしいのでしょうか」


 実家の子爵家にいた頃の自室と比べて遥かに広く、一見して価値の高さが窺える絵画や家具に囲まれた部屋を目にして、オーレリアは恐縮してアルフレッドを見上げた。

 アルフレッドは穏やかな笑みを浮かべた。


「もちろんでございます、オーレリア様。ギルバート様の奥様になられるのですから、どうぞご遠慮なくお使いくださいませ。エリーゼル侯爵家の者は皆、オーレリア様を歓迎しておりますよ」


 彼はふっと遠い瞳をした。


「旦那様と奥様がもし生きていらしたら、オーレリア様のような方がギルバート様の元に来てくださって、さぞかし喜ばれたことでしょう」

(……先代の侯爵様と奥様は、もう大分前に亡くなられたのよね)


 オーレリアは、エリーゼル侯爵家の前当主であった優れた魔剣の使い手が、ある大きな魔物討伐の際に命を落とし、そのパートナーとして彼を支えていた妻も、彼の後を追うように亡くなったとの話を噂に聞いたことを思い出していた。

 アルフレッドは懐かしむように続けた。


「旦那様と奥様は、大変仲睦まじいご夫婦でいらっしゃいました。お二人が立て続けに亡くなられてしまい、当時はギルバート様もフィル様も随分と落ち込んでいらしたものです。ご兄弟揃って繊細なところがありましたから、早くにご両親を亡くされて相当に堪えたのでしょう。それが、ギルバート様まであのようなお身体になられて……」


 言葉を詰まらせたアルフレッドは、申し訳なさそうにオーレリアに向かって微笑んだ。


「……失礼いたしました、つい話し過ぎてしまいましたね」

「いえ、そんなことはございませんわ。……あの、少し伺ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、何なりと」


 オーレリアは言葉を選びながら彼に尋ねた。


「ギルバート様のお身体のことなのですが、その……何が原因で、あのようなお身体になられたのでしょうか。魔物討伐でお怪我をなさったことが理由なのですか?」

「オーレリア様のご理解で、ほぼ合っています。ただ、あれほどの痛手がお身体に残ってしまったことには、理由がございまして……」


 アルフレッドは表情を翳らせた。


「魔剣の使い手の身体にかかる負担が大きいことは、今まで治癒師として魔剣士を支えていらしたオーレリア様もご存知かと思います。特に、ギルバート様は極めて強いお力をお持ちだった分、そのお身体にかかる負荷も非常に高かったのでございます」

「ええ、仰る通りでしょうね」


 ギルバートほどの魔剣の使い手であれば、戦いの度にかなりの負荷が身体にかかっていたであろうことは、オーレリアにも容易に想像がついた。


「ちょうど、フィル様が初めての魔物討伐に参加された時のことでした。不運にも、滅多に出くわさないような強力な魔物に遭遇してしまい、襲われかけたフィル様を助けようと、ギルバート様は身を呈して庇い、大怪我を負われたのです。ですが……」


 彼は小さく唇を噛んだ。


「ギルバート様は、その時点で既にかなりの力を消耗されていたようでしたが、すぐにギルバート様を回復すべきだったパートナーの治癒師が、自分の魔力では手に負えないと察してか、彼を置いて姿をくらましてしまったのです」

「まあ……」


 魔剣を使う者にとっては、パートナーとなる治癒師の力への信頼が戦いの基礎となる。もしも裏切られ、適時に十分な治癒がなされなかった場合には、文字通り命を削ることになるし、身体に致命傷が残る場合もあった。

 眉を下げたオーレリアに、アルフレッドは続けた。


「その治癒師は、それまではギルバート様の婚約者でもあったのですが、そのまま行方知れずになってしまいました。風の噂では、他の魔剣士の青年と駆け落ちしたそうです」

「そんなことがあったのですか……」


 当時のギルバートの気持ちを慮って胸を痛めていたオーレリアに、アルフレッドは寂しげな笑みを浮かべた。


「その後、たくさんの治癒師がギルバート様の回復を試みましたが、時を逸したこともあってか、残念ながら思うような効果は現れませんでした。それに、きっと精神的なショックも大きかったのでしょう。それから、ギルバート様は人を遠ざけるようになり、弟のフィル様や、長くこの家に仕える私たち数名を除いては、すっかり心を閉ざしてしまわれました」


 オーレリアは、ついさっきギルバートから向けられた優しい笑みを思い返していた。


(もしもそうだとしたら、なぜ私のことは受け入れてくださったのかしら……)


 アルフレッドに向かって、オーレリアはやや躊躇ってから口を開いた。


「私は、ギルバート様にいったい何をして差し上げたらよいのでしょうか。私は治癒師としてもまだ未熟ですし、どうしたら彼のお役に立てるのかがわからないのです」


 彼は温かな笑みをオーレリアに向けた。


「オーレリア様は、ギルバート様のお側にいてくださるだけで十分です。……最近のギルバート様は、お身体が日に日に悪くなっていらっしゃることに加えて、生きる意欲も次第に失くしていらっしゃるようにお見受けしておりました。けれど、貴女様の存在は、きっとギルバート様の希望になります。もし話し相手にでもなっていただけたなら、ギルバート様もお喜びになることでしょう」

「ギルバート様の話し相手でよいのでしたら、私でよければいくらでも喜んでなりますわ」


 少し安堵の表情を浮かべたオーレリアに、アルフレッドは丁寧に頭を下げた。


「オーレリア様がいらしてくださったこと、心より感謝しております。何か必要なものなどありましたら、いつでも私にお申し付けください」

「ご丁寧にありがとうございます、アルフレッド様」

「私のことは、お気遣いなくアルフレッドと呼んでいただければ結構ですよ。今後とも、よろしくお願いいたします。どうぞお気を楽にしてお過ごしください」


 アルフレッドが部屋を出て行ってから、オーレリアは持参した荷物を手早く片付けると、すぐにギルバートの部屋へと再び足を向けた。


(早く、またギルバート様のお側に行きたいわ)

 

 追いやられるように実家を出た自分を必要としてくれる人がいることが、オーレリアには嬉しかった。その理由はまだわからなかったけれど、少なくとも、ギルバートが自分を歓迎してくれているということは感じられていた。

 少しでもギルバートの支えになりたいという思いと共に、優しい彼の笑顔をまた見たいと思っている自分に気付いて、オーレリアはほんのりと頬を染めた。

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