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再会

本日2話目の更新です。

 少し顔を横に向けるのが精一杯で、ベッドの上で身体を起こすことができずにいるギルバートに近付くと、オーレリアは彼の横にしゃがんで視線の高さを合わせた。


「一度お会いしただけなのに、私のことを覚えていてくださったなんて光栄です、ギルバート様」


 オーレリアはにっこりと笑うと、ギルバートを見つめた。


「私は、ギルバート様に嫁ぐためにエリーゼル侯爵家にまいりました」

「……俺に、嫁ぐために?」


 驚いた様子でそう呟いたギルバートを見て、オーレリアは困惑気味にフィルに視線を移した。


「フィル様からは、何も聞いてはいらっしゃいませんか?」

「君をここに招きたいといったようなことは聞いていたが、まさか、そんな話だったとは……」


 小さく息を吐いたギルバートにフィルは歩み寄ると、彼の顔を覗き込んだ。


「こうでもしないと、兄上は首を縦には振らなかったでしょう。だから、オーレリア様にこうして来ていただいたんだよ」


 ギルバートは少し口を噤んでから、オーレリアを見つめた。


「悪いことは言わない、家に帰った方がいい。……俺はこんな身体だ、もし君が嫁いできてくれたとしても、迷惑を掛けるだけだろう。こうして君の顔が見られただけで、もう十分だよ」


 具合が悪い様子ながらも、彼が浮かべてくれた優しい笑みを見て、オーレリアはぎゅっと胸が締め付けられるような気持ちになった。


(フィル様が仰っていた通り、ギルバート様は私が来たことを喜んでくださっているようには見えるけれど……)


 オーレリアは、ギルバートを真っ直ぐに見つめた。


「私は、ギルバート様のお側にいたいと望んでここにまいりました。……ですが、私では力不足でしょうか」


 彼女は少し目を伏せた。


「……ご覧の通り、私の顔には醜い傷がありますし、治癒師としてもたいした力はございません。私ではギルバート様のご迷惑になってしまうようでしたら、残念ではありますがお暇いたします」

「君が迷惑だなんて、決してそんなことは……」


 困ったように眉を下げたギルバートに、オーレリアは真剣な表情で続けた。


「では、できれば私をお側に置いてはいただけませんか。私も、家の事情で、もうフォルグ子爵家からは出て行かねばならないのです。……至らぬところも多いかとは思いますが、もしも望んでいただけるなら、精一杯、ギルバート様の妻として務めさせていただきます」

「……本当に、君はそれでいいのかい?」


 オーレリアを見つめ返したギルバートの瞳に、彼女は確かに希望の色を見て取っていた。どこか眩しそうにオーレリアを眺めるギルバートに向かって、彼女は嬉しそうに笑みを零した。


「はい、ギルバート様」


 ギルバートは薄く頬を染めると、ブランケットの下からゆっくりと右手を持ち上げて彼女に差し出した。


「ありがとう、オーレリア。では、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 オーレリアは、差し出された彼の手を両手でそっと包むように握った。


「これからどうぞよろしくお願いいたします、ギルバート様」

「ああ。こちらこそよろしく」


 ちらりとオーレリアがフィルに視線を向けると、彼はギルバートを見つめて、顔いっぱいに輝くような明るい笑みを浮かべていた。


(よかったわ。……まだ、わからないことばかりではあるけれど)


 以前は誰からも羨まれる力の持ち主であり、かつ家柄も美貌も兼ね備えていたギルバートが、なぜ自分を望んでくれたのだろうと、オーレリアにはそれが不思議でならなかった。

 けれど、ギルバートが幸せそうに口元を綻ばせたのを見て、オーレリアも胸がじわじわと温まるのを感じていた。


 その時、部屋のドアが軽くノックされた。フィルがドアを開けると、初老の執事が顔を覗かせた。


「ああ、アルフレッドか」

「失礼いたします」


 一礼したアルフレッドは、部屋に漂う温かな雰囲気を感じて、柔らかな表情で口を開いた。


「ご歓談中にお邪魔してしまい、申し訳ございません。……オーレリア様、遠路遥々お疲れのことでしょう。お部屋のご準備が整っておりますので、よろしければご案内させていただきます」

「ありがとうございます」


 アルフレッドに向かって頭を下げたオーレリアは、ギルバートを振り返って微笑み掛けた。


「では、また後ほどまいりますね」

「ああ、ありがとう」


 部屋のドアが閉まるのを見届けてから、フィルは弾むような足取りでギルバートに近付くと、彼のベッドに腰掛けた。


「兄上が下手に意地を張らないでくれて、ほっとしたよ。……オーレリア様が来てくれて、よかったでしょう?」


 ギルバートは、火照った頬を隠すように片手で顔を覆った。


「ああ。まさか、こんなことが起きるとは思わなかった。こんな俺に嫁いで後悔しないか、彼女のことが心配ではあるが……礼を言うよ、フィル」

「大丈夫だよ、兄上。オーレリア様はちゃんと、自分の意志で兄上のところに来てくれたから」


 きらりと瞳を煌めかせたフィルに向かって、ギルバートは頷いた。


「フィルがそう言うのなら、信じることにするよ。……君が今までに()()()()()()ことは、ただの一度もないからな」

「うん。今までは、うるさい声がたくさん聞こえてきて迷惑だって何度も思ったけど、今回ばかりは神様に感謝したよ」


 他人の心の声が聞こえてくること、それが、フィルが生まれ持った不思議な能力だった。外向けには伏せられてはいるけれど、エリーゼル侯爵家には、代々、魔法とは毛色の異なる不思議な力も併せ持つ者が多いのだ。

 けれどフィルは、これまで自らの能力に何度も辟易してきた。上辺だけ取り繕って、内心では欲望や嫉妬を渦巻かせている大人たちを、嫌と言うほどたくさん見てきたからだった。

 祝勝会の晩、フィルが中庭に出ていたのも、そんな醜い欲に塗れた心の声をうんざりするほど聞いて、一人になりたいと思ったためだった。そこで偶然、トラヴィスとブリジット、そしてオーレリアと居合わせた彼は、息を殺すようにして、彼らの会話に、そして心の声にも耳を傾けていたのだ。


(……まさかこんな機会が舞い込んでくるなんて、思いもよらなかったな)


 フィルは、聞こえて来た彼らの心の声を胸の中で反芻しながら、駆け去ったオーレリアの後をそっと追い掛けたのだった。


 久し振りに瞳に光が戻った兄を見つめながら、フィルは目を輝かせた。


「オーレリア様は、とても素敵な方だね。……あんなに裏表がなくて真っ直ぐな方、僕、初めて知ったよ。何だか、まるで澄んだ湖みたいに透き通っているような感じがする」

「フィルも、そう思ったのか」


 瞳を細めたギルバートは、手を伸ばすとフィルの頭を優しく撫でた。

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