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【書籍化&コミカライズ】傷物令嬢の最後の恋  作者: 瑪々子


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愛する人と

本日2度目の投稿です。

本話が最終話となります。

「人とは違う力、ですか?」


 ギルバートが魔剣を振るう姿を再び間近で目にして、彼の力が人並み外れていることを既に感じていたオーレリアは、小さく首を傾げた。


(もう十分に、ギルバート様が人とは違う力をお持ちだということはわかってはいるけれど。他にも、何か人とは違う力をお持ちなのかしら……?)


 彼はオーレリアを見つめると、ふっとその瞳を細めた。


「まあ、力というほど優れたものでもないが。……俺には、人の心の色が見えるんだ」

「心の色……?」


 予想外のギルバートの言葉に瞳を瞬いたオーレリアを、彼は眩しそうに見つめた。


「ああ。俺は幼い頃から、他人の心の色を見ることができた。人によって、心の色はそれぞれ異なっているんだ」


 ギルバートを見つめ返したオーレリアに、彼は続けた。


「その人間が元々持っている心の色に加えて、喜びや愛情、悲しみや憎しみといった感情に心が揺れ動く時、心はその感情に応じた色を帯びる。前向きな感情なら明るい色を帯びて光り輝いて見えるが、反対に、後ろ暗い感情を抱いていれば、まるで水中に墨を垂らしたかのように、心は暗く濁るんだ。感情の強さによっても、輝きや色の鮮やかさが異なってくる」


 オーレリアは頷きながら、静かに彼の言葉に耳を傾けていた。


(……想いの強さも、ギルバート様の目には見えていらしたのね)


 ギルバートは少し口を噤むと、苦々しく笑った。


「こんな力など授からなければよかったと、昔から幾度も繰り返し思ったよ。知らずにいる方が幸せなこともあるのだということを、嫌というほど思い知らされた。……表面上は笑顔でいる人間が、心の中には妬みや嫉み、欲望や下心を隠して近付いて来る時、俺にはその感情の色が感じられるんだ。その人が考えていることを、必ずしも正確には読み取れなくても、大体推測することはできたからね。人間とはこうも醜いものなのかと、天を仰ぎたくなることもあったよ」


 ギルバートは小さく息を吐いた。


「だが、人間は、概ね皆そういうものなのだろうと、俺は環境に自分を慣らしていった。少しずつ、感覚を麻痺させるようにしながらね」

「そうだったのですね……」


 オーレリアは気遣わしげにギルバートを見つめた。一緒の時間を過ごしていく中で、彼が優しく感受性豊かなことをよく知るようになっていただけに、どれほど彼が辛い思いをしてきたのかということが、彼女には容易に想像がついたからだった。

 ギルバートは微笑みを浮かべると、オーレリアの頭を柔らかく撫でた。


「ただ、悪いことばかりではなかった。感謝や希望といった純粋な感情が、時に美しい色を浮かべる様子も目にすることができたからね。そうした心の輝きは、俺の胸を温めてくれた」


 彼はじっとオーレリアを見つめた。


「その中でも、俺がかつて目にした君の心の色は、決して忘れられないものだった。長い間、俺がベッドの上で、希望を失くしそうになりながら臥せっている時にも、君の心の色を思い出す度に、救われるような気持ちになっていたんだよ」

「私の心の色に、ですか?」


 驚きに目を丸く瞠ったオーレリアに、彼は頷いた。


「ああ。昔、君が俺に治癒魔法を掛けてくれた時のことを覚えているかい?」

「はい。あの時のことは、よく覚えています」


 ギルバートは口元を綻ばせた。


「君は少し緊張していた様子ではあったが、あの日、初めて会った君を前にして、これほど純粋な心の色をした人がいるのかと驚いたことを、今でもはっきりと覚えているよ」

「……ギルバート様には、私の心は、いったいどのような色に見えているのですか?」


 不思議そうに、そして少し恥ずかしそうに尋ねたオーレリアに、ギルバートは笑い掛けた。


「透き通るような、穢れのない白だよ。君のように曇りのない心の色を保っている人を、俺は他に見たことがない。それは、君と出会った日から変わらず、今でも同じだよ」


 頬を染めたオーレリアに、彼は少し遠い瞳をして続けた。


「君はあの日、元婚約者を庇って、迫り来るケルベロスの前に勇敢に飛び込んでいっただろう? あの時に君が放っていた心の輝きは、忘れることができない。今もありありと目に浮かぶんだ」


 当時、ギルバートの瞳には、魔物討伐の暗い森の中から、眩しい程の真っ白な輝きを放っていたオーレリアの心が、はっきりと浮かび上がるように見えていた。


「君は、自らの危険も省みずに、ただ彼を助けようとその一心だった。あれほど純粋でひたむきな、強い想いを映す心の輝きを見たのは、生まれて初めてだったよ。あの時、君をケルベロスの爪から守ることができずにすまなかったが、あの時に感じた衝撃は、一言では表し切れない」


 彼はオーレリアの身体を抱き寄せている腕に力を込めた。


「強く温かく、純粋で、ひたむきな君の心が……一切の見返りを求めることなく、彼を助けるためだけに力を尽くしていた君の心の輝きが、俺にはこの世のものとは思えないほど美しく見えたんだ」


 見返りという言葉を聞いて、オーレリアの胸を、ミリアムから聞いた言葉がよぎっていった。自らが捧げた愛情の見返りに、ギルバートに同じだけの愛情を返して欲しいと望んでいたミリアムの心まで、彼には透けて見えていたのかもしれないと、オーレリアはそう感じていた。


「では、ギルバート様が私をお側にと望んでくださったのは……」

「ああ。できることなら、死ぬ前にあと一目だけでも、俺に希望の光を与えてくれた君に会えたならと、そう胸の奥で願っていたんだよ。俺が臥せっている間、絶望に飲み込まれそうになる度に、俺はあの日の君の心の輝きを思い出していたからね。……そうしたら、フィルが君を連れて来てくれた。あの時は驚いたよ。君は、あのまま俺の側にいてくれるというのだから」


 美しいギルバートに間近から愛しげに見つめられて、オーレリアは鼓動を高鳴らせていた。


「かつて君が元婚約者を庇った時、君がどれほどの想いで彼を守ろうとしていたのかがわかっていたから、俺は君たちの仲を裂こうなどとは微塵も考えてはいなかった。ただ、この世に君のような美しい心の持ち主がいるというだけで、俺は心が洗われるような、救われる思いがしたんだ。……それが、君が俺の元に来てくれることになって、奇跡が起こったとしか思えなかった」


 彼は温かな眼差しをオーレリアに向けた。


「俺が臥せるようになってから、数多くの治癒師たちが俺の元を訪れたが、誰もが皆、心の中に欲望を抱えていた。金、名誉、権力……俺を治した暁に手に入る可能性があるものに、彼らは貪欲だった。そんな彼らの欲望に疲弊していた俺は、彼らをはじめとする外界の人間とは一切の接触を絶つことにしたんだ。……だが、君だけは違っていたね」


 ギルバートを見上げたオーレリアを、彼はぎゅっと抱き締めた。


「君の才能も、もちろん比類なき素晴らしい力だが、何よりも、君のその美しい、俺の回復を純粋に願ってくれる心が、こうして俺を救ってくれたんだ」


 ワイバーンと戦った際、ギルバートを支えようと追い掛けてきたオーレリアの心が、かつて見た彼女の心の輝きにも勝るほどの眩く白い輝きを放っていたことが、ギルバートの心を明るく照らしていた。


「オーレリア、君には感謝してもしきれない。俺の力の限り、生涯君を大切にし、幸せにすると誓うよ」

「私こそ、ギルバート様に見付けていただいたことを感謝しております。これからも、ずっとお側でお支えさせてください」


 そっと彼から唇を重ねられ、オーレリアは胸いっぱいに幸せが広がるのを感じながら、彼の腕の中に身を任せていた。


(今の私の心の色は、ギルバート様の目にはどう映っているのかしら?)


 彼女はちらりとギルバートを見上げた。ギルバートは、オーレリアの心が美しい薄紅色の輝きを帯びるのを眺めて柔らかく微笑むと、再び彼女に唇を重ねた。


***


 結婚式の支度を整えて、純白のウェディングドレスに身を包んで控えの部屋から出て来たオーレリアを見つめて、フィルが大きな瞳を輝かせていた。


「うわあ、すっごく綺麗だね、オーレリア。……兄上が羨ましくなるよ」


 彼女が歩く度、繊細なシルクのレースがあしらわれたドレスの長い裾がふわふわと揺れていた。兄よりも一足先にオーレリアの前に姿を現したフィルは、ほんのりと頬を染めてオーレリアを見上げていた。


「ふふ。ありがとう、フィル」


 亜麻色の長い髪をアップにして花飾りを挿し、美しい化粧を施したオーレリアのこめかみには、今もはっきりとした傷が残っていた。けれど、すべて包み込むように自分を受け入れてくれるギルバートの隣にいるうちに、オーレリアも、そんなありのままの自分を受け入れて笑えるようになっていた。ギルバートだけでなく、フィルをはじめとするエリーゼル侯爵家の者たちも皆、優しく思いやりのある彼女のことが大好きだった。

 身体にぴったりと合ったシルバーグレイのタキシードを身に着けたフィルは、後ろを振り向くと大きく手を振った。


「兄上!」


 アルフレッドに付き添われてやって来た、黒のフロックコートに身を包んだギルバートは、フィルに手を振り返すと、眩しそうにオーレリアを見つめた。


「……綺麗だよ、オーレリア」

「ギルバート様こそ、とてもお美しいです」


 すらりと背が高く、フロックコートがよく映えているギルバートの神々しいほどの美しさに、オーレリアは頬に熱が集まるのを感じながら、思わず感嘆の息を吐いていた。

 微笑ましい二人の姿に、アルフレッドも晴れやかな笑みを浮かべていた。

 嬉しそうに笑ったギルバートに向かって、フィルはやや頬を膨らませると釘を刺した。


「ねえ、兄上。この間から何度も言っているけどさ、身体がちゃんと治るまでは、絶対に魔物討伐に行っては駄目だからね? ……この前、ワイバーンを倒した時の兄上は物凄く強かったと聞いたけど、せっかくオーレリアと式を挙げられるほど治ったのに、ここで無理をして身体に負担を掛けてしまっては、元も子もないんだよ?」


 フィルは、王国軍がギルバートを早く呼び戻そうと気色ばんでいることを知って、兄の身体を心から心配していたのだった。ギルバートは、フィルの頭をぽんと撫でた。


「ああ、わかっているよ、フィル」


 兄を思うからこそのフィルの言葉に、ギルバートは優しく微笑んだ。けれど、フィルは、以前は放っておくと当たり前のように何でも軽々とこなしてしまっていた兄に、慎重に重ねて続けた。


「絶対に、約束だからね? 兄上にもしものことがあったなら、その時は、オーレリアは僕がもらうよ?」


 ギルバートは、フィルを見つめて微かに苦笑した。


「……いくらフィルでも、オーレリアは譲れないな」

「じゃあ、指切りして欲しいな」


 顔を赤くして兄と指切りをしているフィルを見て、オーレリアは彼のあまりの可愛さにくすりと笑みを零した。


(本当に、フィルはギルバート様思いの弟ね。仲の良い素敵な兄弟だわ)


 フィルは、笑顔のオーレリアをちらりと見上げた。


(オーレリアは、僕のことを弟としてしか見ていないことはわかっているけれど。……彼女以上に素敵な女性は、僕も本当に知らないんだけどな)


 ほんの少しだけ切ない想いを呑み込むと、フィルはにっこりとオーレリアに笑い掛けた。


「これからも兄上をよろしくね、オーレリア」

「ええ、こちらこそ、フィル」


 ギルバートと微笑み合うオーレリアからの心の声が、フィルにははっきりと聞こえていた。


(『これから何があったとしても、私にはギルバート様だけが、生涯愛情を捧げるたった一人の方だから』)


 フィルは、ベッドの上に臥せっていた時からは見違えるように回復し、明るい表情でオーレリアに並ぶ兄を見上げた。


(よかったね、兄上)


 弟の気持ちを汲み取ったように、ギルバートはフィルに微笑んだ。


「ありがとう、フィル。君のような弟がいて、俺は幸せ者だよ」


 ギルバートはオーレリアに視線を戻すと、にっこりと笑った。


「さあ、行こうか」

「はい、ギルバート様」


 ギルバートには、彼らを待つ神父とエリーゼル侯爵家の面々の、曇りのない温かな心の色が見えていた。彼の隣ではオーレリアが、誰より美しく、眩いばかりの心の輝きを放っていた。ギルバートの目に、これほどまでに美しい心の色ばかりが映ることは、彼にとってはこれが初めてだった。

 胸がひたひたと喜びで満たされるのを感じながら、オーレリアと並んで歩いていたギルバートは、彼女の耳元で囁いた。


「君と出会えてよかった。愛しているよ」


 彼女はふわりと頬を染めると、花咲くような笑みを浮かべた。

 オーレリアは、ギルバートからの溢れるほどの愛情を感じながら、明るく輝く未来に確かな手応えを感じていた。神父の前に進み出て行く、幸せそうに寄り添い合う二人を、惜しみない拍手と祝福が包み込んだ。

最後までお付き合いくださり、どうもありがとうございました!


楽しんでいただけたら嬉しく思います。できれば評価やブックマークで応援していただけましたら幸いです。


感想や誤字報告で応援してくださった皆様にも、心よりお礼申し上げます。



また、2023/6/9に、オザイ先生によるコミックス「義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔術師に溺愛される」(原作:婚約破棄され家を追われた少女の手を取り、天才魔術師は優雅に跪く)第3巻が発売され、2023/7/20に中丸みつ先生によるコミックス「転落令嬢、氷の貴公子を拾う」第1巻が発売予定です。

どちらも、心優しく芯の強いヒロインを、とても素敵に描いてコミカライズしていただいていますので、この場を借りてお知らせさせていただきます。こちらもお手に取っていただけましたら、大変嬉しく思います。

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