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【書籍化&コミカライズ】傷物令嬢の最後の恋  作者: 瑪々子


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秘められた力

次話にて最終話となります(本日19時に予約投稿済みです)。本話と次話はどちらも長めですが、もう少しだけお付き合いいただけましたら幸いです。


誤字報告をありがとうございます、修正しております。

 オーレリアの手から淡く白い光が放たれると、トラヴィスの身体を包んだ。彼の瞳が貪欲な光を帯びた。


(どうしても、ここでオーレリアに俺の身体を回復させてもらわなければ。彼女なら、このぼろぼろになった俺の身体でも、また普通の生活ができるくらいに、……いや、再び魔剣士として十分な剣が振るえるほどにだって、治すことができるのではないだろうか)


 トラヴィスはちらりとギルバートに目をやった。ギルバートを看取るためにオーレリアが嫁いだという話は嘘だったのだろうか、それとも彼女が彼をここまで回復させたのだろうかと、トラヴィスにも判断がつかずに訝しげに思っていた。けれど、少なくとも、車椅子に座っていたギルバートが立ち上がって歩けるようになっていることは、トラヴィスも事実として目の前で見ていた。


(オーレリアを手放してしまったことは、悔やんでも悔やみ切れないが。まずは、使いものにならないこの身体をどうにかしてもらわないと……)


 一方のオーレリアは、トラヴィスに魔法を掛けながらも、これまでとは違う感覚に戸惑いを覚えていた。

 彼のパートナーを務めていた頃は、魔剣士としてのトラヴィスの身体は誰よりも把握していたはずのオーレリアだったけれど、今目の前にいる彼に魔法を掛けても、なぜか以前ほどの手応えは感じられなかったからだった。


(どうしてかしら? これまでよりもお怪我がずっと酷いから……? いや、彼の症状の重さとも、またどこか違うような気がするわ)


 オーレリアには、トラヴィスの身体が受けているダメージとは関係なく、彼の身体に対して自分の魔法が及ぼす効果が、それまでとは異なっているように感じられていた。

 トラヴィスの身体は、引き続きオーレリアの魔法が発する光に覆われていた。けれど、彼女の顔色が次第に悪くなっていく様子に、ギルバートは心配そうに彼女に一歩近付いた。


「オーレリア、顔が青いよ。あまり無理はしない方が……」


 ギルバートの声に振り向いたオーレリアの腕に、慌てたようにトラヴィスが手を伸ばした。それまでよりも自分の腕が持ち上がったことには安堵しながら、トラヴィスはどうにかよろよろと上体を起こした。


(怪我を負ってからあまり時間を置かずに、彼女に治癒魔法を掛けてもらえたことは不幸中の幸いだったな)


 時間が経てば経つほど、魔剣士の身体の回復は遅々として進まなくなることは、彼もよく知っていた。


(だが……)


 トラヴィスはオーレリアの腕を掴むと、血相を変えて彼女を見つめた。


「なあ、君の魔法はこんなものじゃないだろう? 前は、君に魔法を掛けてもらう度、身体の内側から力が漲るような感覚があった。それなのに……」


 オーレリアが覚えていた違和感は、魔法を掛けられている側のトラヴィスも同様に覚えていた。彼は焦りを隠せずに、オーレリアの腕を掴む手にぎゅっと力を入れると、必死の形相で彼女の顔を覗き込んだ。


「君は、俺に力を出し惜しみしているのかい? もうこれで最後だというのに、俺にはこの程度で十分だろうということか」

「いえ、そのようなことは……」


 青白い顔で首を横に振ったオーレリアとトラヴィスの間に、ギルバートがすぐに割って入った。


「やめるんだ。オーレリアは、決してそんなことはしない」


 厳しい表情でトラヴィスを見つめたギルバートに、追い詰められていたトラヴィスは噛みつくように言った。


「あなたは既にオーレリアを得ているから、そんなことが言えるのでしょう。俺には、もう後がないんだ……!」


 トラヴィスがオーレリアを掴んでいた手を、ギルバートが振り解いた。トラヴィスから身体を引いて後退ったオーレリアは、魔力の大半を失って眩暈を覚えながらも、彼の指が食い込んでいた後に残る痛みを感じていた。

 恨みがましい表情でトラヴィスがオーレリアを見上げた時、病室の奥に覗くバルコニーへと続くガラス扉から、ふっと大きな影が差した。

 バルコニーの外に視線をやって目を瞠ったギルバートとオーレリアを、トラヴィスは怪訝な顔で見つめた。


(急に何だって言うんだ)


 二人の視線を追うようにしてバルコニーを振り返ろうとしたトラヴィスの身体を、今度は大きな振動が包んだ。病院全体が大きく揺れたことに気付いて、彼は心臓が嫌な音を立てるのを感じながら、恐る恐るバルコニーの外を見つめた。


「……!! 嘘だろう……」


 ガラス扉の外側を通り過ぎて行く大きな影を見て、トラヴィスはごくりと唾を飲んだ。そこには、彼が火傷を負った際に戦ったよりも、さらにずっと大型のワイバーンが浮遊している姿があった。


(こんなところまで、魔物がやって来ていたのか……)


 病室の扉の側で控えていた看護師は恐怖のあまり立ち竦み、病院の外で警備していた騎士たちが上げた悲鳴が、病室の中にまで響いてきていた。

 バルコニーの外を眺めていたギルバートが、腰に差していた魔剣を抜きながら呟いた。


「どうやら二体いるようだな。オーレリアは、ここで待っていてくれ」

「ギルバート様!」


 バルコニーに向かって駆けて行くギルバートを見つめて、オーレリアは、トラヴィスに魔力を使って血の気の引いていた顔を、さらに青ざめさせていた。


(今のお身体の状態で、ギルバート様がもしもご無理をなさったら……)


 ギルバートの身体に既にかなりの回復が見られていることは、オーレリアにもよくわかってはいた。けれど、オーレリアは、まだ治りきってはいない彼の身体に過度な負担を掛けることは、決してしたくはなかった。彼女は自然とギルバートの後を追い掛けていた。

 バルコニーに出たギルバートの姿を認めたワイバーンが、二体ともするするとバルコニーの上空まで舞い降りて来た。慎重に距離を取るギルバートに対して、自ら目の前に現れ出て来た獲物に涎を垂らしたワイバーンが一体、威嚇するように炎を吐いてから、鋭い牙を剥いて襲い掛かって来た。

 オーレリアはただギルバートの姿を見つめながら、祈るような思いで必死に魔法を唱えていた。


(ギルバート様、どうかご無事で)


 自分に残る魔力はすべてギルバートに捧げようと、オーレリアは全身全霊で、感覚を研ぎ澄ませながら彼に向かって魔法を掛けていた。

 ギルバートは、自分の身体の奥から温かな強い力が湧き出して来るのを、確かに感じていた。


(これは、オーレリアの力だ)


 ギルバートは、身体中に漲る力を感じて一瞬オーレリアを振り返ると、ワイバーンの炎を避けて飛び上がり、その首に向かって魔剣を振り下ろした。

 叫び声を上げる間もなく、ワイバーンはその首をすっぱりと斬り落とされていた。バルコニーの上に転がった首の横で、切り離されたワイバーンの胴体は血飛沫を上げながら地面の上へどさりと落ちた。

 あまりに鮮やかなギルバートの剣さばきに、オーレリアは魔法を唱えながらも思わず息を呑んでいた。


(素晴らしいお力だわ)


 もう一体のワイバーンは、すぐ目の前で息絶えた仲間を、空中から身体を震わせながら見つめていた。本能で身の危険を悟ったワイバーンが、逃げようと慌ててギルバートに背を向け、バルコニーの上空から離れ掛けた時、跳躍した彼の魔剣がワイバーンの背を切り裂いた。

 辺りに絶叫が響き、瞳から光を失ったワイバーンは、バルコニーの手摺りにぶつかると、折れた手摺りと一緒に地上へと転がり落ちた。

 地上で折り重なるように倒れて絶命したワイバーンの周りを、しんと静寂が包み込んだ。


 しばらくベッドの上で固まっていたトラヴィスは、魔剣を鞘に納めるギルバートの後ろ姿を見つめながら、呆けたようにぽつりと呟いた。


「何て力だ……」


 息すら上げることなく、危なげなく目の前で二体のワイバーンを倒したギルバートは、トラヴィスから見ても異次元の力を誇っているように感じられた。


(……彼が長い間、病で臥せっていたというのは本当なのか?)


 噂を疑いたくなるほどの、優れた魔剣士としてのギルバートの姿に、彼はごくりと唾を飲んでいた。オーレリアがかつて側にいてくれた時の自分と比べても、ギルバートはまったく別格だと、トラヴィスはそう認めざるを得なかった。

 ギルバートは魔剣を鞘に納めると、すぐにオーレリアの元へと駆け寄った。


「オーレリア!」

「ギルバート様……」


 彼の身体を癒そうと、ずっとギルバートに向かって魔法を掛け続けていたオーレリアは、足元をふらつかせながらも彼に微笑んだ。


「ご無事でよかったです」


 がくりと膝から力が抜けたオーレリアを、すぐにギルバートが抱き留めて両腕に抱き上げた。


「オーレリア、君の力のお蔭だよ」


 そっと大切そうにギルバートに抱きかかえられたオーレリアを見つめて、トラヴィスは小さく呟いた。


「やっぱり、君の魔法の力は、さっき俺に掛けてくれたような、あの程度のものではないじゃないか……」


 虚ろな目をしたトラヴィスを、ギルバートは見つめた。


「君は本当にそう思っているのかい? オーレリアが君に力を出し惜しんだと」

「それは……」


 トラヴィスは口を噤んだ。長年彼女と一緒に過ごしてきたトラヴィスは、オーレリアが自分に対して嘘を吐いたり、手を抜いたりするような人間ではないということは、心のどこかでは理解していた。


「でも、それならどうして……」


 諦め切れない様子で、トラヴィスはすっかり魔力を切らしているオーレリアを見つめた。ギルバートに彼女が掛けた魔法の威力がただならぬものだったことは、目の前でそれを見ていたトラヴィスにもはっきりと感じられたからだった。

 ギルバートはトラヴィスに向かって続けた。


「オーレリアは、魔剣士の力と身体の状況を精緻に把握する才能に長けている。身体のどこにダメージを受けているのか、そしてどの部分の力を補えば魔剣士が本来の能力を発揮できるかといったことを掴む、観察眼とセンスが突出しているのだろう」


 彼は、腕の中のオーレリアを愛しげに見つめた。


「それも、一握りの治癒師しか持ち合わせていない、非常に秀でた能力だが、それは彼女の力のほんの一部に過ぎない」


 魔力切れを起こして薄らいでいる意識の中で、オーレリアはギルバートの言葉をぼんやりと聞いていた。


「オーレリアの魔力は、決して弱いものなどではない。彼女が魔剣士に特化して掛ける魔法は、他に類を見ないものだ。彼女は恐らく、自分の魔力の大半を、彼女が寄り添う魔剣士自身の()()()()()に変えている」


 トラヴィスははっとしたようにギルバートを見上げた。


(オーレリアが支えてくれていた時、身体の内側から力が湧き出してくるように感じたのは……)


 振り返ってみれば、オーレリアといた時には自分の力が格段に底上げされていたようだったことに、トラヴィスは改めて思い至っていた。


「オーレリアの鋭い感覚と、単なる治癒魔法の域を超えて魔剣士に与える力が相まって、奇跡のような効果を魔剣士の身体にもたらすのだろう。それは、癒しにとどまらず、失われた力を再生させ、眠っていた力を目覚めさせることすらも可能としているように、俺には感じられる」


 ギルバートの言葉に、トラヴィスはしばらく押し黙ると、悲痛な面持ちで彼を見上げた。


「オーレリアには特殊な才能があるようだということは、俺も彼女と別れてから薄々感じていました。……だとしても、さっきオーレリアが同じように掛けた魔法でも、俺とあなたとでこれほど効果に差が出ているのは、彼女が力を出し惜しんではいないというなら、いったいなぜなのですか?」


 彼女の魔力に余裕があるように見えた、自分に魔法を掛けてくれた時よりもむしろ、魔力の残量が少なくなってからギルバートに掛けた魔法の方が、遥かに大きな力を生んでいたように見えたことが、トラヴィスには納得がいかなかった。

 ギルバートはオーレリアを抱く両腕に、彼女への感謝を伝えるようにそっと力を入れた。


「オーレリアから流れ込んでくる力は、彼女の想いの強さによって増幅されるようだ」

「……想いの強さ?」


 思い掛けない言葉に目を瞬いたトラヴィスに、ギルバートは頷いた。


「ああ。信頼関係と愛情を基礎とした、相手のことを助けたいと願う曇りのない想いが、元々非凡な彼女の力を、さらに果てしなく膨れ上がらせているようだ。これも、清らかで優しい心を持つオーレリアだからこそ成し得る技だろう。……君にも、過去に経験があるのではないのかい?」

「……!」


 そんな力の持ち主など、未だかつて聞いたことがないと思ったトラヴィスではあったけれど、ギルバートの言葉にははっとするような心当たりがあった。トラヴィスは、かつてオーレリアが彼をケルベロスから庇って傷を負った時、信じられないほどの力が身体に流れ込んで来たことを思い出していた。


「あの時の力は、もしかして……」


 彼の命を救おうと、必死になってケルベロスの前に飛び出して来たオーレリアが自分を包んでくれた、その両腕の温かさをトラヴィスは思い出していた。


(オーレリアはあの時、自らの命を賭してまで俺を守ろうとしてくれた。俺があの瞬間に感じたとてつもない力は、オーレリアが、それほどまでに俺を想ってくれていたから……?)


 当時自分に流れ込んできた、輝くばかりの強く温かな力を思い出したトラヴィスの瞳から、すうっと一筋の涙が流れ落ちた。あの時感じた力はそうだったに違いないと、トラヴィスにも感覚的に合点がいっていた。

 彼の胸の中で、当時から抱いていた疑問がすとんと腑に落ちたのと同時に、悔恨の呻き声が彼の口から漏れた。


「ああ……」


 彼女が彼に捧げてくれていた愛情の深さと、失ったものの大きさに、トラヴィスは小さく震えていた。

 オーレリアの魔法が、彼女の信頼を酷く裏切ったトラヴィスを、もうかつてのようには癒すことがないだろうということも、彼にははっきりと理解できていた。


「オーレリア……」


 トラヴィスは震えながらオーレリアに手を伸ばした。今になって、これまでどれほどの愛情を彼女から注がれていたかを自覚したトラヴィスは、胸の奥が切なく疼くのを感じていたけれど、もう手遅れだという現実だけが目の前にあった。彼女の瞳には、もうトラヴィスの姿は映ってはいなかった。


 顔を両手で覆って、深い後悔を胸に抱きながら嗚咽を漏らし始めたトラヴィスに背を向けて、ギルバートは彼の病室を後にした。

 オーレリアも、自分を抱きかかえるギルバートの温かな腕を感じながら、薄れていた意識を手放した。


***


「ん……」


 ゆっくりと瞳を瞬いたオーレリアを、ギルバートが優しい瞳で見つめた。


「気が付いたかい、オーレリア」

「ギルバート様……」


 彼女は、病院から家路へと向かう帰りの馬車にギルバートと一緒に揺られていた。


「さっきは君の力に守られたお蔭で、事なきを得たよ。魔力の残量が少なかったというのに、俺のことを必死で支えてくれてありがとう」

「いえ、あれはギルバート様の優れたお力の賜物です」


 ギルバートの腕に抱き寄せられていた彼女は、彼を見上げて微笑むと、魔力切れを起こしながら、遠ざかる意識の中で聞こえてきた彼とトラヴィスの会話を、ふと思い出していた。


(ギルバート様やトラヴィス様、それにフィルが言っていた、私の力というのは……)


 オーレリア自身には、まだはっきりとした能力の自覚はなかったものの、過去を思い返すと、ギルバートの言う通りなのかもしれないという感覚はどことなくあった。

 けれど、オーレリアにはまだわからないことがあった。


(どうして、ギルバート様には私の想いの強さがわかったのかしら)


 オーレリアがギルバートを想う気持ちは、一言では言い表せないほど深く大きなものだったし、それをギルバートが理解してくれているとも感じてはいたけれど、まるで手に取るようにその想いの強さがわかっている様子のギルバートが、オーレリアには少し不思議に感じられていた。

 戸惑いがちにギルバートを見上げたオーレリアに向かって、彼女の疑問を察しているかのように、彼は穏やかに微笑んだ。


「オーレリア。君にはまだ伝えていなかったが、俺にも、人とは少し違う力があるんだ」

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