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【書籍化&コミカライズ】傷物令嬢の最後の恋  作者: 瑪々子


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20/27

美しい令嬢

「……えっ?」


 怪訝な表情を浮かべたオーレリアに、トラヴィスは畳み掛けた。


「次の魔物討伐のための、願掛けというか……お守り代わりにお願いしたいんだ。いくらブリジットが側で魔法を唱えてくれても、このところ、どうにも身体が重くて調子が上がらない。これからやってくる魔物討伐が、今は不安で堪らないんだ」


 彼の弱音を聞いて、オーレリアは瞳を揺らしていた。


(こんなことをトラヴィス様の口からお聞きしたことは、今までなかったわ)

 

 魔物討伐を前にしても、まだオーレリアが出会って間もなかった頃を除いては、彼はいつでも自信たっぷりだった。けれど、目の前の余裕のないトラヴィスの表情からは、彼が本当に追い込まれ、切羽詰まっているように感じられた。


(でも……)


 しばらく口を噤んでいたオーレリアだったけれど、顔を上げて、はっきりと首を横に振ると、彼に掴まれていた手首を振り解いた。

 彼女は真っ直ぐにトラヴィスを見つめた。


「私がもし、今ここでトラヴィス様に魔法を掛けたとしても、何も根本的な解決にはならないと思うのです。それに、私の魔力は、すべて夫のギルバート様を支えるために使いたいと思っています。……先程も申し上げましたが、貴方様が話すべき相手はブリジットです。私ではなくブリジットを選んだのは、ほかでもない貴方様なのですから」

「……」


 トラヴィスは黙ったまま顔を歪めていた。

 オーレリアは、言葉を選びながら続けた。


「貴方様が優れた戦果を上げていらしたことは、誰よりお側で見てまいりました。まだブリジットとはこれからというところでしょうから、少し調子が出なかったからといって、早々に見切りをつけるようなことはなさらないでください。彼女と組むことに慣れていけば、今後ますますご活躍なさることと思います」


 オーレリアは静かに彼に向かって頭を下げた。


「わざわざ謝罪にお越しくださって、ありがとうございました」


 彼女が下げた頭を、トラヴィスは睨み付けていた。


(下手に出た俺に向かって、抵抗してくるとはな……)


 そのまま彼に背を向け掛けたオーレリアに対して、トラヴィスは苛立ったように口を開いた。


「これだけ頼んでいるのに、君は俺に魔法さえ掛けてはくれないのか。……君の力をここで眠らせておくのは惜しいと、この俺がそう言っているんだがな」


 がらりと変わったトラヴィスのぞんざいな口調に、オーレリアは驚いて振り返った。


「君には、病人の世話などをするよりも、俺の隣にいる方が遥かに相応しいよ。俺も謝ったんだ、過去のことは水に流して欲しい。俺といれば、君の将来の輝かしい立場だって約束されたも同然なのだから」

「……貴方様が何を仰っているのか、さっぱりわからないのですが」


 話の噛み合わない薄気味の悪さを感じながら、彼女はトラヴィスを見つめた。


「だから、いくら侯爵家の長男とは言っても、死に損ないの夫を看取るために君がここにいるなんて、君の時間と労力の無駄だと言っているんだ。君だって、彼とは離縁して、将来のある俺の側に来た方が余程……」

「いい加減になさってください!」


 怒りに満ちたオーレリアの声を初めて聞いて、トラヴィスは思わず一歩後退った。

 彼女はその赤紫色の瞳にも、燃えるような怒りを浮かべていた。


「私は、ギルバート様のことを心から愛しています。私の胸にいるのは、ギルバート様ただお一人だけですし、彼のお身体は必ず回復なさいますわ。……私は、ギルバート様以外の方の側に行くことなんて、微塵も考えてはおりません」


 大人しく従順だったオーレリアには、それまで彼が強く出さえすれば何も問題はなかった。そんな彼女の、予想もしていなかった激しい剣幕に、トラヴィスは狼狽えて瞳を泳がせていた。

 オーレリアは毅然とした態度で続けた。


「どうぞお帰りください。もう二度と、このエリーゼル侯爵家の敷居をまたがないでください」


 悔しげに舌打ちをしたトラヴィスは、彼女に背を向けると応接間の扉を開けた。

 扉のすぐ外には、厳しい表情をしたアルフレッドが控えていたほか、その後ろには、トラヴィスに対する憎悪を隠そうともせずに拳を握り締めているフィルと、冷ややかな瞳をしたギルバートが、彼を眺めている姿があった。


「……盗み聞きとは、趣味がいいですね」


 ばつが悪そうにしながらも、トラヴィスは捨て台詞を吐くと、そそくさとアルフレッドについて玄関口に向かった。

 フィルは急いでギルバートを乗せた車椅子を押すと、半開きになっていたままの扉を開けて応接間に飛び込んだ。


「オーレリア!」


 青ざめた顔をしていた彼女に、フィルは駆け寄った。


「大丈夫? ……顔色が悪いよ」


 オーレリアは、精神的にはどっと疲れを感じていたけれど、それを押し隠して微笑んだ。


「いいえ、私は大丈夫よ」


 フィルは怒りに顔を真っ赤にしていた。


「あいつ、最低な奴だね。オーレリアの優しさにつけこむように、勝手なことを抜け抜けと……。許せないよ。あんな奴、はじめから追い返しておけばよかった」


 ぎゅっと拳を握り締めたフィルの横から、ギルバートも心配そうに車椅子から彼女を見上げた。


「すまない、オーレリア。君を一人で彼と会わせるべきではなかった」


 ギルバートが差し出した手に手を握られて、オーレリアはようやく、自分が微かに震えていたことに気が付いた。ギルバートはそのまま彼女を優しく抱き締めた。


「怖かっただろう」


 オーレリアはギルバートの背中にぎゅっと両腕を回した。


「はい、少し。……でも、自分の言葉で、初めて言いたいことを彼に伝えられたことは、よかったと思っています」


 ギルバートは彼女を抱き締める腕に力を込めると、温かく微笑んだ。


「どこか様子がおかしいことに途中で気付いて、フィルとこの部屋に入ろうかとも思ったのだが、その時、君の勇敢な声が、この部屋から漏れ聞こえてきたんだ。……こんな時に不謹慎かもしれないが、ああして君の気持ちを俺の耳で聞けたことは、本当に嬉しかった」

(……! さっきの私の言葉を、ギルバート様が聞いていらしたなんて……)


 かあっと赤く頬を染めたオーレリアの瞳を、ギルバートは覗き込んだ。


「君は、優しく美しいだけでなく、強くて素晴らしい女性だね。俺も、君だけを心から愛しているよ、オーレリア」


 そっとギルバートから額に口付けられて、オーレリアの顔にはますます熱が集まっていた。


***


 トラヴィスは、憮然とした表情でエリーゼル侯爵家の外門を潜った。


(くそっ。どうにかして、オーレリアを取り戻したいと思っていたのに……)


 彼は唇を噛むと、腹立ち紛れに、地面に落ちている小石を蹴り飛ばした。


(気が進まないが、どうにかしてブリジットの機嫌を取るしかなさそうだな)


 オーレリアを失ったことは、彼にとってこの上ない痛手ではあったけれど、さらにブリジットまで失うと、彼は専属の治癒師を失うことになる。ブリジットほどの魔力を持つ治癒師はすぐにパートナーに見付からないことは、彼も理解していた。最悪の事態までは避けたいと、彼はそう考えながら溜息を吐いた。


 その時、トラヴィスは、エリーゼル侯爵家の外門の近くで佇む、一人の年若い女性の姿に気付いて目を瞬いた。

 トラヴィスが先刻、エリーゼル侯爵家に入る前にしていたのと同じように、彼女が門番の目を盗むように、外門の合間から中の様子を窺っているように感じて、彼はついその女性を見つめた。


(……かなりの美人だな)


 ショールを被り、化粧も控え目ではあったけれど、彼女の整った目鼻立ちに、トラヴィスは思わず見惚れていた。

 トラヴィスの視線に気付くと、彼女は急いでその場を立ち去っていった。


(どこかで、会ったことがあっただろうか……?)


 どことなく見覚えのある顔だったような気がして、トラヴィスは彼女の後ろ姿を見つめながら首を捻った。

6/10にサブタイトルを変更しました。

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