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望まぬ客人

 明るい午後の庭をゆっくりと巡っていた三人が、ちょうど屋敷に戻ろうとしていた時、アルフレッドが玄関口から急ぎ足でやって来た。

 彼は一礼すると、オーレリアに向かって口を開いた。


「オーレリア様に、お客様がお見えです」

「私に、お客様が……?」

(いったい誰が? どのような御用なのかしら)


 アルフレッドがどことなく浮かない顔をしているのを見て、オーレリアは内心で首を捻っていた。


「それが……」


 言い淀むアルフレッドを見つめて、フィルが険しい表情で口を開いた。


「ねえ、アルフレッドがそんな顔をするような客人を、オーレリアに会わせる必要はないんじゃない? 帰ってもらったら?」


 ギルバートの後ろにいたフィルの、普段は滅多に見せないような厳しい顔に驚きながら、オーレリアはアルフレッドに尋ねた。


「……あの、どなたがお見えになったのでしょうか?」

「ギュリーズ伯爵家のトラヴィス様です」


 訪問者の名前を聞いて、オーレリアの表情がたちまち硬くなった。アルフレッドは慎重に言葉を続けた。


「何でも、オーレリア様に謝罪がしたいとのお話でした。今からでもお帰りいただくことは可能かと思いますが、いかがいたしましょうか?」


 フィルはもちろんのこと、ギルバートもアルフレッドも、トラヴィスがオーレリアの元婚約者であることは知っていた。

 ギルバートは顔を曇らせてオーレリアを見つめた。


「無理に会う必要はないと思うが、オーレリア、君はどうしたい?」

「そうですね……」


 しばらく口を噤んでから、オーレリアは顔を上げてギルバートを見つめ返した。


「最後に一度だけ、お話ししてこようと思います。わざわざ私に会いにお越しくださったとのことですし、簡単にご挨拶だけしてまいります」


 なぜ今になってわざわざ謝罪に来たのだろうと、オーレリアにはトラヴィスの行動が理解できずにいたし、久し振りに彼と顔を合わせることに困惑してもいた。

 けれど、トラヴィスの側で長い年月を過ごしてきたことは確かだったこと、そして彼と別れた際にもしっかりとした話をした訳ではなかったことから、最後に話すことではっきりとけじめをつけられるならと、そうオーレリアは考えていた。


(謝罪の言葉なんて、これまでトラヴィス様から聞いたことはなかったけれど、いったい何があったのかしら。でも、彼とは今後お会いすることもないでしょうし、もう一度だけお話しするくらいなら)


 正直なところ、オーレリアはトラヴィスと会うことはあまり気が進まなかったけれど、謝罪に来たという彼を追い返してしまうのも、心苦しいような気がしていた。

 気遣わしげにオーレリアを見守っていたフィルは、苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。


「……オーレリアがそう言うなら、仕方ないね。でも、もしも何かあったら、すぐに僕たちを呼んでね。アルフレッドも、念のために応接間の外に控えていてもらえる?」

「畏まりました、フィル様」


 ギルバートも眉を寄せて頷いた。


「よろしく頼む、アルフレッド。このエリーゼル侯爵家の屋敷内で、彼がオーレリアに何かをするとは考えにくいが、なぜ彼が今頃彼女に謝罪に来たのか、腑に落ちないところがあるからな」


 オーレリアは三人に向かって微笑んだ。


「お気遣いくださって、ありがとうございます。すぐに話を済ませて戻ってまいりますから、どうぞご心配なく」


 アルフレッドに案内をされて、彼について屋敷の中に入っていくオーレリアの後ろ姿を、ギルバートとフィルは心配そうに見守っていた。


「……兄上。僕たちも、念のために急いで戻ろうか」

「ああ、そうだな」


 二人は頷き合うと、フィルはオーレリアの後を追うようにして、屋敷に向かって早足でギルバートの車椅子を押して行った。


***


 強張った顔で応接間の扉を開けたオーレリアを見て、ソファーに座っていたトラヴィスは笑みを浮かべて立ち上がった。


「オーレリア、久し振りだな。元気そうだね」


 特に悪びれた様子もないトラヴィスに、オーレリアは緊張気味に口を開いた。


「お久し振りでございます、トラヴィス様。……本日は、どのような御用件でしょうか」

(私に謝罪をするという雰囲気でもないけれど、どのようなおつもりでここにいらしたのかしら)


 明らかに警戒心を滲ませているオーレリアに向かって、トラヴィスは再び微笑んだ。


「そんな言い方はしないでくれよ、オーレリア。俺と君との仲じゃないか。……君に謝罪に来たと告げていたのだが、聞いてはいないかな?」


 トラヴィスは、無事にオーレリアに会えたことに、まずは胸を撫で下ろしていた。


(門前払いされる可能性も想定してはいたが、謝罪を口実にすれば、少なくともオーレリアに取り次いではもらえるかと思ったが、正解だったようだな。優しい彼女なら、ここまで訪ねて来た俺のことを、無下に追い返すことはないだろうからな)


 オーレリアは硬い表情のまま、彼とテーブルを挟んだソファーに腰を下ろした。


「トラヴィス様も、どうぞお掛けください」

「ああ」


 ソファーに腰掛けたトラヴィスに向かって、彼女は続けた。


「貴方様と私は既に婚約を解消しておりますし、もう私たちの関係は切れております。……謝罪とのことですが、手短にお願いできますでしょうか」

「……つれないな、君は」

(くそっ。いくらあんな別れ方をしたとはいえ、俺の顔を見さえすれば、オーレリアはきっと喜んでくれると思っていたのに)


 今もきっと自分を忘れられずにいるはずだという予想に反して、彼に対して笑顔の一つも見せない元婚約者の姿に、トラヴィスは苦々しい思いを噛み殺すと、気を取り直して目の前にいる彼女を見つめた。


「君が今まで、ずっと俺の側で治癒師として支え続けてくれていたのに、あのように君を傷付けてしまって、すまなかった」


 彼は改まった様子でオーレリアに頭を下げた。彼女は、初めてのトラヴィスからの謝罪を受けて、驚きと戸惑いに目を伏せた。

 彼は顔を上げると、オーレリアに向かって続けた。


「この一月弱、君のいない時間を過ごしてきたが、君がいかに俺にとって大切な存在だったかに、改めて気付いたんだ。……俺に必要なのは、オーレリアだ。君こそが、俺にとって欠くことのできないパートナーなんだ」


 思い掛けない彼の言葉に、オーレリアは隠し切れず眉を顰めた。


「どうして、そのようなことを? 私はもうギルバート様に嫁いでおります。それに、貴方様はブリジットと婚約なさって、あの子を治癒師のパートナーとしているのでしょう?」

「ブリジットと組んでも、君が側にいてくれた時のようには魔剣が振るえないんだ。君を失って初めて、君の支えがかけがえのないものだったとわかったよ」


 オーレリアは、トラヴィスに向かって首を横に振った。


「何を仰っているのです。トラヴィス様がブリジットを選んでから、まだそれほど時間も経ってはいませんわ。妹の方が、私よりも魔力はずっと高いのですから、徐々に彼女との絆を深めていけば、トラヴィス様もいずれ、今まで以上のお力を発揮できるものと思います」


 トラヴィスは顔を顰めると、小さく息を吐いた。


「……君には正直に話すよ。ブリジットとの仲は、もう冷え始めている。婚約を解消するのも、恐らくは時間の問題だろう」


 無言のままのオーレリアに向かって、トラヴィスは縋るように続けた。


「オーレリア、俺は、ブリジットとはどうにも噛み合わないんだよ。……実は、そう遠くないうちに、それなりに規模の大きな魔物討伐が予定されているんだ。次回のその魔物討伐の時だけでも構わないから、どうか、ブリジットの代わりに俺の隣にいてはもらえないか?」


 身勝手な彼の言葉に、オーレリアは顔を引き攣らせていた。


「都合のよいことを仰らないでください。それに、私の魔力が弱いことは、トラヴィス様だって幾度も指摘なさって、渋い顔をしていらしたではないですか」


 彼女はトラヴィスに向かってきっぱりと言い放った。


「貴方様が今なさるべきことは、ブリジットとしっかり向き合って話すことだと思います。あの子だって、あれほど貴方様をお慕いしている様子だったのですから、貴方様をどうにかしてお支えしようと考えていたはずです。余程のことがない限り、貴方様を見捨てるような真似はしないことでしょう。……貴方様からのお話は、これですべてでしょうか」


 言葉を切ってソファーから立ち上がろうとしているオーレリアを見て、トラヴィスは慌てて席を立つと、咄嗟に彼女の手首を掴んだ。


「待ってくれ、オーレリア。頼むよ……!」


 彼に手首を急に掴まれて、オーレリアは背筋が粟立つのを感じていた。


(……ギルバート様以外の方からこんな風に触れられるのは、嫌だわ)


 かつてはオーレリアが愛していたはずのトラヴィスだったけれど、その時、彼女は改めて、自分の気持ちが完全に彼から離れていることを感じていた。

 トラヴィスは必死の形相で続けた。


「お願いだ、オーレリア。あと一度でいい。いつも君が俺に掛けてくれていた、あの魔法をここで掛けてはくれないか」

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