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オーレリアの想い

 ギルバートの部屋を出たオーレリアは、そっと扉を閉めると思わず胸に手を当てた。これほどに胸が高鳴ったのは、久し振りのことだったからだった。


(どうしよう。これほど私の鼓動が激しくなっていたことを、ギルバート様はお気付きだったかしら……)


 抱き締められた彼の腕の温もりが、今でもまだ彼女の身体に残っているようだった。彼の腕の中が信じられないほど心地良かったことを思い返して、彼女の頬は真っ赤に染まった。


(ギルバート様は、私のことをどう思っていらっしゃるのかしら)


 フィルに、ギルバートにとってオーレリアは特別な存在だと言われてはいたけれど、それがどのような意味なのか、彼女には測りかねていた。


(ギルバート様が私のことを覚えていてくださったことだけでも、驚いてしまったくらいなのに)


 魔力を使い切って彼の腕に抱き留められた時、身体がすぐには動かなかったこともあったけれど、彼の腕にそのまましばらく身体を預けていたいと感じてしまった自分に、オーレリアは驚いていた。

 フィルの依頼を受けて、ギルバートの側で彼を励ますためにやって来たはずが、むしろ彼女の方が癒されているようだと、そうオーレリアは感じていた。


 ギルバートの穏やかな眼差しや、包み込むような優しさは、オーレリアが長い間失っていたものだった。

 ずっと昔、まだトラヴィスとの仲が良好だった頃には、彼からの純粋な愛情を感じていたけれど、そのような温かな好意をトラヴィスから最後に向けられたのがいつだったのか、オーレリアにはもう思い出せないくらいだった。

 オーレリアの顔に残った深い傷も、トラヴィスは当初こそ労わってくれていたものの、次第に不快そうに目を背けるようになっていた。優れた魔剣士としてトラヴィスが脚光を浴びれば浴びるほど、彼のオーレリアに対する態度は素っ気ないものとなり、次第に心無い言葉を投げかけられるようになっていたことに、彼女は深く傷付いていたのだった。


 それまで、悲しみや寂しさ、やるせなさといった気持ちを押し殺して、感情が麻痺したようになっていたことを、トラヴィスから距離を置いてようやく、オーレリアは自覚し始めていた。

 まるで、優しく美しい天使の兄弟が自分を救いに来てくれたかのように、オーレリアには感じられていた。

 そのままの彼女を受け入れてくれるギルバートにも、そしてフィルやアルフレッドにも、オーレリアは溢れるほどの感謝を覚えていた。ここ数日で自分の身に起きた目まぐるしい変化に戸惑いを感じていた彼女だったけれど、今となっては、そのすべてが幸せなことに思えていた。


(最近、トラヴィス様は一方的にご自分の意見を押し付けるばかりで、私の言葉になど耳を貸してはくださらなかったけれど。ギルバート様は真逆で、嬉しそうに私の話に耳を傾けてくださったわ)


 オーレリアは、さっきまでギルバートと交わしていた何気ない会話を思い出していた。

 長い間、屋敷の中で臥せったまま外出していなかった彼に外の様子を尋ねられ、温かな風が吹くようになり、美しい花が咲き始めている庭園の様子や、木々についた蕾が綻びかけていることなどを話すと、彼は頷きながら、瞳を細めてオーレリアの話を聞いていた。


「ギルバート様のお身体の具合が落ち着いたら、よかったら一緒に外に出てみませんか」


 思い切ってオーレリアがそう口に出すと、彼女の提案に少し驚いた様子のギルバートは、ふっと口元を綻ばせて頷いた。


「……ああ、そうだな。今までは、そのような日が来ることはないだろうと思っていたが、君と一緒なら、いつかそんな日も迎えられるような気がするよ」


 彼から美しい笑みが零れる度に、オーレリアはほうっと感嘆の溜息が漏れそうになるのを堪えていた。なぜギルバートが自分には心を開いてくれているのか、未だにオーレリアにはわからなかったけれど、それまで優しさに飢えていた心が彼によって満たされていたオーレリアには、それだけでもう十分だった。

 少しでもギルバートの慰めになればと、話し相手になろうと彼の元を訪れたことも忘れて、オーレリアはただ彼との会話を心のままに楽しんでいた。

 些細なことでも、オーレリアの話に興味を持って耳を傾けてくれるギルバートの温かさを感じながら、彼と打ち解けていくうちに、彼女は知らず知らず彼に惹かれ始めていた。


 いつの間にか、彼との会話に夢中になっていた自分に気付いて、オーレリアははっとしてギルバートを見つめた。


「すみません、すっかり長いこと話し込んでしまって。もうお疲れのことでしょう。ギルバート様とお話ししていたら楽しくて、つい時間を忘れてしまいました」

「いや、俺も同じだよ。こんなに楽しい時間を過ごしたのは、久し振りだ」


(今まで長く臥せっていらしたのに、身体を起こしたままこうして私と話し続けてくださったのだもの、お疲れになったに違いないわ。うっかりしてしまって、申し訳なかったわ……)


 穏やかな笑みを見せたギルバートに慌てて手を貸して、起こしていた彼の身体をそっとベッドに横たえると、オーレリアは彼に向かって微笑んだ。


「では、どうぞごゆっくりお休みになってください。ギルバート様が呼んでくだされば、私はいつでもお側にまいりますから」

「ああ、ありがとう」


 ギルバートに背を向けかけたオーレリアに、彼は続けた。


「オーレリア。一つ君に頼んでも?」

「ええ、もちろんです。何でしょうか」


 振り返ったオーレリアに、ギルバートは尋ねた。


「君が部屋に戻る前に、君の顔を近くで見せてもらってもいいかい?」

「はい。そんなことでよろしければ」


 オーレリアは彼のベッドサイドに近付くと、屈んで彼の顔に自分の顔を近付けた。サファイアのように深く澄んだギルバートの青い瞳でじっと見つめられ、彼女の胸はどきりと跳ねた。

 どぎまぎとして赤くなった彼女に向かって、ギルバートはゆっくりと手を伸ばすと、彼女のこめかみの傷跡にそっと触れた。

 はっとしたオーレリアに、ギルバートは遠い瞳で続けた。


「君がこの傷を負った時、俺も同じ場所にいたというのに、君を助けることができずにすまなかった」


 オーレリアはすぐに首を横に振った。


「いえ、私が自分から魔物の前に飛び込んだのですもの。そんなことを謝っていただく必要はどこにもありませんわ」


 傷跡に彼の視線を感じて、彼女は眉を下げて俯いた。


「すみません、このような酷い傷跡が顔にあって、気持ちが悪くはありませんか?」


 ギルバートはなぜか愛おしそうに、彼女の傷跡をすうっと撫でた。


「いや、俺はまったくそうは思わないよ」


 オーレリアの後頭部に掌を滑らせたギルバートは、彼女の顔を自分に寄せると、彼女のこめかみの傷跡にさらりとかかった亜麻色の髪に、軽くキスを落とした。

 こめかみに残る傷跡に、髪越しに感じた彼の唇に、オーレリアの顔は耳まで真っ赤に染まった。


(これは、挨拶代わりのようなものなのでしょうけれど。こんなに美しい方に口付けられると、髪の上からだって心臓に悪いわ……)


 彼女の赤くなった顔を見つめて微笑んだギルバートは、再び彼女の身体を軽く抱き締めた。


「まだ君も慣れないこともあるかもしれないが、ゆっくり休んで欲しい」

「は、はい」


 ふわふわとした気持ちのまま彼の部屋を出たオーレリアは、胸に手を当てたまま、心の中で強い決意を抱いていた。


(ギルバート様の笑顔を、絶対に失いたくはないもの。看取るなんて、想像もできないわ。必ず、彼が治るまでお支えするわ)


 彼が髪越しに唇で触れた傷跡も、まだ熱を持っているようにオーレリアには感じられていた。


 二人はどうしているのだろうと、気になってギルバートの部屋の様子を見に戻って来ていたフィルは、兄の部屋を出て来たオーレリアの姿を認めて足を止めた。彼女が頬を染めながら胸に手を当てている様子を見て、フィルは嬉しそうに瞳を輝かせていた。

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