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婚約者の本音

誤字報告をありがとうございます、修正しております。

 オーレリアは、婚約者であるトラヴィスの姿を探して、淡い月明かりの下を王宮の中庭に出ていた。

 その晩、ラシュトル王国の王宮では、大規模な魔物討伐の成功を祝って祝勝会が開かれていた。その立役者として、王国軍を勝利に導く活躍をしたトラヴィスはもちろんのこと、彼の婚約者であるオーレリアも、彼と共に王宮に招かれていた。秀でた魔剣の才能で、若くして王国の期待を一身に背負うトラヴィスは、その麗しい容貌も相まって、祝勝会でも多くの人々に囲まれていた。

 けれど、オーレリアは祝勝会の間も、彼の隣ではなく、少し離れた場所から遠巻きに彼の姿を眺めていた。


(私がお側にいたら、きっとトラヴィス様のご迷惑になってしまうもの)


 オーレリアのこめかみには、髪でも隠し切れない大きな傷がある。彼女の亜麻色の髪の間から覗くその傷は、彼女が以前、トラヴィスを魔物から咄嗟に守ろうとして負った傷だった。ラシュトル王国において、歴代の魔剣の使い手の中でも五本の指に入ると言われるまでに今では名を上げたトラヴィスが、今でもオーレリアとの婚約を続けているのは、その負い目からだろうと密やかに囁かれていた。


 オーレリアは、治癒師の家系であるフォルグ子爵家の生まれだ。家格と魔力は、遺伝に基づきほぼ比例すると言われる中で、彼女は子爵家の血筋にしては非凡な魔力が幼い頃に認められ、将来を嘱望されていた。その噂を聞き付けたギュリーズ伯爵家のトラヴィスが、二つ年下のオーレリアを一目で気に入ったこともあり、六年前、オーレリアが十二を数える年には、既に二人の婚約が調っていた。


 魔剣の使い手は、単なる剣の使い手を遥かに凌駕する力を発揮できる反面、身体への負担も大きい。そのために、パートナーには治癒師が選ばれることが多い。戦いの都度、疲弊した身体を十分に癒さないと短命に終わることが多いため、通常、これと決めた治癒師と早い段階で婚約を結ぶのだ。そして、大抵は一緒に戦いの場に赴く。治癒師との相性やその力によっても、魔剣に反映される力が異なってくると言われていた。


 ところが、トラヴィスが目覚ましい力を発揮し始めたのに対して、残念なことに、オーレリアには期待されたような魔力の伸びは見られなかった。今では同年代の平均にも満たない魔力しか認められず、陰口を叩かれていたオーレリアには、トラヴィスが最近、彼女に対して苛立ちを隠せずにいるのが感じられた。

 トラヴィスがオーレリア以外の治癒師をパートナーに選んでいれば、さらに活躍が期待できたはずだという心無い声も、少なからず彼女の耳に届き始めていた。


 祝勝会のほんのはじめのうちこそ、トラヴィスはオーレリアをエスコートしていたけれど、その後は彼女を放ったまま、彼女の存在を気にする様子もなく、彼を囲む者たちとの会話に興じていた。いつの間にか見失ってしまった彼の姿を探して、オーレリアは中庭まで足を向けていたのだった。


(こんなところにいらしたのね、トラヴィス様は)


 薄暗い中で、オーレリアの瞳は彼の鮮やかな赤髪をはっきりと捉えていた。けれど、トラヴィスに近付こうとしたオーレリアは、木陰ではっと足を止めた。それは、彼が隣にいる誰かと談笑する声が風に乗って聞こえて来たからだった。


「トラヴィス様。本当に、このままお姉様と結婚なさるおつもりなのですか?」


 甘く拗ねるような聞き慣れた声が、彼の隣から響いた。


(……あれは、ブリジットの声だわ)


 ブリジットは、オーレリアの年子の妹だ。オーレリアが顔に大きな傷を負う前は、二人は美人姉妹としてよく知られていた。このところ、めきめきと治癒師としての頭角を現し始めたブリジットは、今回の魔物討伐にも同行しており、そして、彼女がトラヴィスの側にいる姿を、オーレリアもよく見掛けていた。


「どうして、そんなことを聞くんだい?」


 トラヴィスの問い掛けに、ブリジットは憤慨したように答えた。


「だって、せっかくのトラヴィス様の素晴らしい才能が、お姉様のせいで足を引っ張られてしまうなんて勿体ないですわ。そんなことは、皆わかっていると思いますけれど」


 固まっていたオーレリアの耳に、どこか満足気なトラヴィスの声が届いた。


「そうかい? ……まあ、あんな醜い傷のある顔では、オーレリアには俺以外に貰い手など見付からないだろうからな。俺も諦めるしかないよ」


 息を潜めてその言葉を聞いていたオーレリアは、みるみるうちに青ざめていた。


(やっぱりそうだったのね)


 痛む胸を抱えていたオーレリアの視線の先で、トラヴィスがブリジットの髪を指先でするりと梳いた。


「ブリジットのように美しく、才能に溢れた治癒師が隣にいてくれたなら、どんなにいいだろうとは思うがね」


 ブリジットは、上目遣いに彼を見上げた。


「それなら、お姉様ではなく、私を選んではいただけませんか?」

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