ドラムロールのビートにのって、オレは缶コーヒーの中で営業スキルを武器に戦う 実践編003【獣怒フェイズ】
動力が引き起こす車体の揺れが獣怒の心を落ち着かせた。
自動車に乗せるまでは饒舌だった獣怒の変化を、助手席に座る若い淑女がどう思っているかなど獣怒にとってはどうでも良いことだった。
流れていく景色は獣怒の心を捉えることはない。
今は、隣の淑女の魂ををどうやって貪り尽くそうかと、そればかりを考えていた。
肢体とは魂のただの容器に過ぎない。
しかし、その魂はどれだけ肢体を、甘蕉の皮のように剥いたところで姿を見せることはない。
だからこそ、獣怒は淑女を拐し、攫い、魂の形を求める行為を続けるのだった。
「たーたたん」
助手席の淑女は年齢不相応に幼児のような小さな声を上げた。
この淑女の年齢の頃は恐らく二十歳前後。
思えばこの淑女は、これまで獣怒が声を掛け、魂の形を調べ、骸となった淑女たちとは様子が違っていた。
見知らぬ紳士から声を掛けられれば、淑女なら誰しも多かれ少なかれ警戒の色を表す。
その都度、獣怒は技能を使用した。
しかし、彼女は真っすぐな瞳のまま、そのような警戒の色を示さず、獣怒が促すままに獣怒が運転する自動車の助手席にその身を預けた。
技能を使わなかったのは、技能覚醒以来だな。
そう考えると、この若い淑女は空者の類なのかもしれないと思った。
だが、これまでの淑女と反応が違うからこそ、初めて魂の形を目の当たりにできるかもしれないと獣怒は思った。
そう考え始めると、鼻から大きく吸い込んだ息が、まるで芥子を燻した煙のように脳髄の奥に響いていくような感覚にまみれた。
恍惚とした気分で満たされた矢先、獣怒はふと違和感を感じた。
違和感の源は後写鏡の景色だった。
「二輪車?」
獣怒の運転する自動車の後方は先ほどまで走破していく道しか見えなかった。
しかし、今は距離を隔ているとはいえ、二輪車が後からきていた。
しかも、どうもその二輪車は動力が人力のようで乗り手は足で懸命に漕いでいるようだった。
亡骸となったいずれかの淑女のことが発覚したか。
しかし、獣怒は己の覚醒した技能を思いすぐにほくそ笑んだ。
問題ない。
それから獣怒は上着の裏ポケットに忍ばせていた錻力缶珈琲(缶コーヒー)を口に含んだ。