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連続殺傷魔大阪に現る

 事の起こりは二月の頭。年度末のどこかせわしない、それでいて新年度が近づいて少しばかり浮足立ったような空気が世間に満ち出した頃にさかのぼる。

 阪急電鉄の大ターミナル・大阪梅田の広大なプラットホーム上で、キタのオフィス街に勤めるセールスレディやOLたちが足や手首を鋭利な刃物でざっくりと切り付けられ、出血多量の大けがを負う、という事件が相次いで発生した。

 もちろん、そんな事情を前に府警本部がなにもせずにいたわけはなく、ラッシュアワーなどには警備を増強し、必要とあれば抜き打ちで所持品検査なども行っていた。が、いずれの対策もすべて無駄に終わり、五月に入るまでのわずかな間に六人もの被害者が出る始末で、世間はこの一連の事件の犯人を「梅田の切り裂きジャック」と呼び、その正体を掴めない府警をしきりに叩くのだった。

「頼む鴨川くん、これで七人目が出たら評判はダダ崩れや。ひとつ知恵を貸してもらえんか――」

「――そう言われましてもねぇ」

 六人目の被害者が出てしばらくたった頃、自分たちではもはや事件の解決は不可能と見た大阪府警は、かつてある事件を解決に導いた陰の功労者・鴨川浮音に協力を仰ぐことにした。

 が、肝心の浮音は府警の使者として現れた馴染の刑事・石坂刑事のつるりと光る頭を前に、渋い顔をするばかりである。

「こっちゃあこないだ、妙な事件がやっとこさ片付いたばっかりで疲れとるんですわ。いくら石坂さんの頼みとはいえ……ねぇ?」

 くせのかかった髪の毛をさすり、右手でピースをくゆらしながら、浮音は茶菓を運んできた有作に、引き受けるのは面倒だろう、と言いたげに話をふる。有作はお盆を抱えたまま、

「まあ、だいぶハードワークだったのは確かだったからねぇ。僕としてはやっぱり、カモさんには一息ついてもらいたいけれど……」

「ほら、佐原くんもそう言って止しなさいと――」

 と、話を結びかけて浮音を喜ばせたが、

「――ほかならぬ故郷・大阪のためにも、一肌脱いであげたら? いただいたカステラ、もう切っちゃったし……」

 と、手元へ置かれた小皿のカステラへ目をやり、浮音に出馬を促した。

「……遅かりし由良之助、かァ。わかりました、お土産の分は働きましょ」

 フォークをカステラへ突き立て、渋い顔でかじる浮音に、石坂刑事は腹を抱えて笑い出した。

「ははは、こら傑作や。まさかカステラで万事交渉成立とは……世の中、こううまくいってくれりゃ苦労あらへんなぁ。で、鴨川くん。ひとつ提案なんだがね……」

 ひとしきり笑い終えると、石坂刑事はソファから身を起こして、浮音へ顔を近づけた。

「ひとつこのあと、梅田まで出て現場を見てみようやないかと思うんや。善は急げというが、何か用事があればほかの日にするが……」

「――カハッ」

 老刑事の急な提案に、咥えたばこで新しい箱の封を切っていた浮音は、ひどくむせかえってしまった。

「さすがに今日は堪忍してくんなはれ、まだカステラが残っとりますから……」

 冗談交じりに返す浮音に、石坂刑事はなるほど、今日食べた分だと高槻あたりで燃料切れか、となれた調子で言ってのける。

「どないでしょ、明後日の午後三時きっかり、大阪駅の新快速停車ホームで合流、ってのは」

「明後日か、わかった。ほいじゃあ、ホームに入って待っとるから、万事頼んだで」

 それだけ言い残すと、老刑事は有作からコートや帽子を受け取って、足早に今出川の町家を出て行った。その去り際に浮音は、

「――しばらくの間、手土産をすぐほどくのは止した方がよさそうや」

 と、小声で有作へつぶやいたのだった。


教訓 手土産はすぐにほどくなかれ

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