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自称悲劇のヒロイン達  作者: チャイムン
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ケース2)スピリチュアルおばさん

ケース2)スピリチュアルおばさん


 今井アツシのルックスの難点と言えば身長が低いこと。

 その他は平均以上で、若い頃はインディーズながらヴィジュアル系バンド活動をしていて、女の子のファンが大勢いた。いわゆるバンギャ。


 そのバンギャの一部がストーカーになるほど、そこそこイケていた。今もそこそこイケている。

 若い頃のバンギャ達の言動がトラウマになっており、うまくいっている彼女との結婚に30代半ばになっても踏み切れないでいる。

 それを理解してくれている彼女は女神のようにありがたい存在だ。


 アツシは事務系の仕事が苦手で、手先と薬品を使用する製造系の仕事に就いている。

(音楽DAWなら何時間でも打てるんだけどな。報告書だけで手いっぱいだ)

 部署のリーダーであり、多くの社員や派遣社員、パートやアルバイト、外国からの技能実習生を取りまとめている。


 先日、「できなぁ~い」「むりぃ~」が口癖の同年代女性部下を他部署へ配置換えさせて、重い荷物を下ろした気分だった。

 彼女はアツシの半ストーカー化し始めたため、上司の方が危機感を強めた故の配置換えだった。

 全ての業務に「できなぁ~い」「むりぃ~」と言っては、アツシにすり寄りけんもほろろに対処されては泣くことで、業務の進行や納品期日に差し障りが生じたためだ。


 配置換えが行われたため、アツシの部署には別の人員が配置された。

 上司の配慮で配置されたのは、パートの50代女性の新井清香だった。

 いかにも「おばさん」といった外見で、地味な女性だった。

 アツシにしてみれば、母親年代とも言える。


 そのおばさんは配置当初は業務が同じ場所の「おじさん」市川さんと仲良く仕事をしており、アツシは安心して自分の業務に没頭できた。


 アツシの業務は個人業務で、奥の一部屋で原則一人で行うものだった。

 危険な薬品を使用するため、やたらに手伝いを頼めない業務だ。

 一番の繁忙期に数日助手を多くて2人入れるのみだ。


 その繁忙期に助手に抜擢されるのは真面目な市川さんと彼が伴う人のみ。

 今回、市川さんが伴ったのは新井「おばさん」だった。


(女性が来るのか)

 アツシはそこだけ少し不安だった。


 そしてアツシの不安は思わぬ方向で的中する。


 ところでアツシの趣味は音楽以外では、ホラーやオカルト映画鑑賞、宇宙人やUMA関連の本や動画を楽しむことだ。

 好きな番組はヒストリーチャンネルの『古代の宇宙人』。

 ビールを飲みながら笑って観るのが日々の楽しみだ。


 オカルト関係には造詣が深く、実は霊能者の友人がいる。もっとも、友人は自分のことを「アヤシイ屋」と笑っているが。

 その友人は常々「パラノーマル・アクティビティ(超常現象)と言われるものの多くは、人が起こすもので、気にしなければ気にしないほどおさまるもの。気にするほどつけあがるから無視が一番」と言っている。

 霊能者のくせに相談にくる人のほとんどには

「好きなものを食べて、お風呂入って、ちゃんと睡眠とりなさい」

 と言って帰してしまう。

 そう言いながら、必要な処置をささっと秘密裏に実行し、金銭を取らない。

 職業としていないタイプの霊能者なのだ。本業の傍らのボランティア活動だ。

 よほどのものでない限り、手を出さない。その場合もカウンセリングのような形式で寄り添いながら処置を行ってしまう。


 アツシにも「なんだか変だと思ったら、風呂入って寝ろ」と言い放つ。

 そう言いながらも翌日はスッキリしているので、何かやったのだろうとアツシは思っている。


 さて、繁忙期。

 白川さんと新井さんがヘルプに入った。

 作業室に入ったとたん、新井さんは「ヒッ」っと息を呑んだ。

 次いで叫んだ。


「ここ、なにかいるわ!!」


 は?とアツシは鼻白む。

 俺ですか?


 新井さんは続ける。

「アタシ、わかるの!霊感があるから!!」


 とんでもない人に当たってしまった。

 アツシは頭を抱えたが、業務時間中なので穏便に済ませようと提言する。

「あー・・・怖いならヘルプ来なくていいですよ。白川さん、別の人を」

 しかし新井さんはかぶせ気味に鼻息荒く言った。

「アタシ、耐えます!あなたを支えます。アタシが我慢すればいいの」

 さらに言った言葉にアツシは目をパチクリさせるしかなかった。


「センセイにお札いただいてきてあげるわ!心配しないで!1万円だけど、アタシ出します!」


 とんでもないパターンだ。

 今夜はビールをやめて風呂を充実させて寝よう。


「それで・・・」

 アツシは諦め顔で二人に向かう。

「今日は作業できますか?」

 呆然としている白川さんがはっと身じろぎするが、新井さんが叫ぶ。

「がんばって耐えます!」


(耐えるようなことなのかよー)

 アツシは霊感うんぬんには無視を決め込んで、作業の説明を始めた。

(使い物にならなかったら追い出せばいいか)


 新井さんは使い物にはなった。

 しかし、その日のうちに何度も

「そこに黒いモヤが」

「あそこにイヤなものが」

 と、スピリチュアル・トークをかまし、アツシが無視すると涙ぐんで「耐えます」と言う。

「耐えます」の後に「ぴえん」が付くような可愛らしさを強調するような感じで、その日の業務が終わる頃には胃もたれと頭痛がした。


 勘弁してくれよ。


 新井さんの化粧がどんどん濃くなり、距離が物理的に縮まることに恐怖を覚えた。


「すいません、新井さん。薬品、危ないんで近づかないでください」

 これは切実な事実だ。

 ところが新井さんは

「アタシ、耐えます。薬品でどうなろうと我慢します」

 話が通じない。

「いや、これマジで危険なので今は俺と部長しか触れないんすよ」

 新井さんは目を潤ませる。

「そんなにアタシのことを・・・わかりました!センセイに相談してきます」


 えっ!?

 アツシはぞっとした。

 これ、アイツが前に言っていた

「心胆を寒からしめる」

 っていう感情じゃないか?


 納期まで1週間。急ぎの業務を早く終わらせたい一心でアツシは5日で作業を終わらせた。

 その代償に心身が疲れ果てた。


「ヘルプありがとうございました。明日から通常部署に戻ってください」

 そう告げるアツシを見る新井さんの目が怖かった。


 翌週の月曜日の昼、新井さんが駆け寄ってきた。

 目がキラキラしている。


「アタシ、センセイにお祓いしていただきました!」

(悪霊でも憑いてたか?憑いていても不思議じゃねーな)

「アナタはもう大丈夫です。アタシが3万8千円のお祓いをしていただきましたから!!」


 ・・・・・・・・

(俺!?俺のお祓い!?)

 アツシは考えることを放棄して昼食を買うために歩き始めた。


 後ろから新井さんの声が追いすがる。


「香水をつける男には悪魔が憑くんですーーーー!!センセイが言ってましたーーー!!もうアタシのためにやめてくださいーーーー!!やめるまでお祓いお願いしてあげますーーー!!」


 響き渡る新井さんの声。


「新井さんはヤバイ」という認識は全員が共有するものになってしまった。


 新井さんは午後、上司に呼び出され自主退職を促された。

 泣き崩れる新井さん。


 例の1万円のお札は計20枚、アツシの立ち寄る先々に貼られていた。


「アタシ、アツシさんのためを思って!」


 アツシにとって、悪魔や悪霊のような存在は、今は新井さんでしかない。


(今夜、アイツに相談しよう)


 自称アヤシイ屋の霊能者の友人ミハルは大笑いした。

「生きてる人間のやることが一番怖いんだよ。バンギャに噛みつかれたと思って、風呂入って寝な。そして可愛い彼女に大盤振る舞いしな」


 アツシは週末に彼女ハルカを一流ホテルのスイーツ・ビュッフェに連れ出し、帰りの車内でプロポーズした。

 ハルカはにっこり笑って

「ダメ」

 断られた!!


「だってアツシ君、今弱ってるでしょ?弱っている時の決断なんか聞いたら不幸にしかならないもん」

 重ねて言う。

「アツシ君が今最高に幸せだって思った時に、私と結婚したくなったら言ってね」


 マジ女神。後光が見えるアツシだった。

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