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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

(短いやつ)ラブコメ&シュールコメディ

【短編】竜王様はテイムされたい!〜人間に飼われてみたい変わり者の古竜と、そんな古竜に訳が分からないまま振り回される人間のみなさんのお話〜


「人間というものは、実に()い」


 竜王であるドラルフォラルトは人間に夢中だ。


 竜の住む世界には、人間という生き物がたくさん生息している。


 あちこちで群れを成しその数はかなり多い。


 体長は他の生物と大差ないが、他のどの動植物よりも器用なことで有名な動物である。


 竜の中で人間好きというのは少しコアな部類に入る。


 古くから人気があるのはユグドラシルなどの大樹で、動物でいえばフェンリルやカーバンクルなどのモフモフとして魔力の強いものを好み愛でるものが多い。


 若い竜の間では近年、小さい動物ブームが起きており魔力の多寡に関わらず小さければ小さいほど可愛いという風潮もあったが、竜王ドラルフォラルトはそんな若者の主張も人間の愛らしさを前にしては比べるべくもないことだと思っていた。


「やはり人間が一番である。何やらこちらに訴えかけるようにニャーニャーと鳴く姿のなんと愛らしいことだろう」


 竜王ドラルフォラルトはウットリと独り言ちる。


 竜の王になって幾千年。


 竜の住処に迷い込む人間はそれなりに居た。


 血気盛んに竜に剣を向け戯れたり、魔法を披露する人間。


 竜に興味があるのか脱皮した皮の一部や剥がれた鱗を持ち帰る人間。


 ニャーニャーとドラルフォラルトに話しかけるようにしたり、しばらく住み着いた人間もいた。


 そのどれもが愛らしく、ドラルフォラルトはそうやって人間が迷い込んでくる度に相手をしてやったり、コッソリと鱗をそばに置いてやったり、ウンウンと相槌を打ってやったりした。


 ある時一度、迷い込んできた人間を飼えないものかと思ったが捕まえようとすると抵抗されたのでやめた。


 人間にも親人間や兄弟人間がいるだろう、あまり無理強いをするつもりはなかった。


 それに、人間を飼うには人間に合わせたエサがいるらしいしベッドやトイレなども用意してやらねばならないらしく、周囲にそのノウハウのある知り合いもいなかった。


「一緒に暮らせたら楽しかろうになあ」


 そばに置けないなら仕方ないと、今日もドラルフォラルトはいくつかある人間の生息地のうちの一つを千里眼を使って眺めるばかりだ。


 そんなとき、ドラルフォラルトの住処に誰かが訪れる気配がした。


 その魔力は大きく、人間でないことにドラルフォラルトは内心がっかりする。


「ドラルフォラルト! って、また人間を見てるのか」

「ああ、ティーモか」


 ティーモはドラルフォラルトと千歳違いの年下の竜だ。


 ドラルフォラルトとは別の大陸を治める竜王の一人でもある。


「また来たのか、三十年ぶりくらいか?」

「また来たはねーだろ。良い事教えてやろうと思って来たのによ」


 ティーモはドラルフォラルトとそう歳も変わらぬ古竜であるはずなのに、未だにやたらと精力的で若々しい。


 たまにこうして最近の流行だとかいって巷の変化を知らせに来たりする。


 少し拗ねたような振りをするティーモをなだめ、ドラルフォラルトは良い事とやらを聞かせてみろと促した。


「人間のことだぜ」

「ほう」


 話題の提示に、ドラルフォラルトはあからさまに聞く体勢を整えた。


 それを見てティーモは相変わらずだと苦笑しながら話を続ける。


「ドラルフォラルトは知らねえだろ、最近人間の中に新しい魔法を使う個体が出てきたらしい」

「新しい魔法だと?」

「そうだ」

「ふむ知らん話だな。続けろ」

「えっらそーに」

「いいから続けろ」

「へいへい」


 そうしておどけるティーモが続けて語ったのは、人間が魔物を従える魔法を使い始めたという話だった。


 魔法の内容はティーモも詳しく知らないようだが、人間のような魔力が僅かな生物でも使えるようになかなか綿密に構築された新規の魔法らしい。


 魔物とは魔力を持つ生物の総称であり、その性質上魔力による干渉を受けやすい。


 しかし、だからといってそれを魔力の少ない人間が魔法で以て従えることができるというのは驚きである。


「ギフテッドかねえ」

「どうだろうな。神の干渉など無くとも人間であれば自力で作り出してもおかしくないぞ」

「出たよ、ドラルフォラルトの人間贔屓」

「贔屓ではない、事実だ」


 世界の神はほんの稀に特定の生物種に進化のための祝福をもたらす。


 それは新たな魔法であったり能力であったりするが、ある日その種全体が突然その力を使いこなせるよう変化するのだ。


 長い時間を生きたドラルフォラルトもそれが起きるのを見たのは数えるほどだ。


 神の祝福(ギフテッド)と呼ばれるそれは、緩やかに変化し進化する他の種族を置き去りにして一足飛びにその種全体を次のステージに押し上げる力がある。


 しかし、ドラルフォラルトは人間にはそんな奇跡に近い可能性があると信じている。


 長い時間をかけて人間を愛でてきたドラルフォラルトは、人間が他の生物とは一線を画す成長をしてきたことを知っている。


 人間は愛らしいだけでなく器用で優秀なのだとドラルフォラルトは信じて疑わない。


 今回の魔法も人間が自らの力で生み出した可能性だってあるとドラルフォラルトは思っていた。


 そうしてなぜか誇らしそうなドラルフォラルトに呆れたような顔をしながらも、ティーモが楽しそうに告げる。


「テイム魔法、って呼ばれてるよ」

「テイム。なるほど、tame(飼いならす)という訳か」

「そう。人間が魔物を飼いならすわけ。面白いっしょ」

「ああ、面白い話を聞かせてもらった」


 ドラルフォラルトは鱗に覆われた顔をわずかに歪ませ笑んだ。


 ドラルフォラルトにとってそれは数百年ぶりの笑みだった。


「本当に、面白いことを聞いた」


 繰り返しテイム魔法について反芻するドラルフォラルトの笑いはその日収まることはなかった。


























『ま、ま、ま、まさか成功するなんて…………』

「ほう、これがテイミングか。確かに繋がっておるようだし、不思議な充足感がある。良い力だ」


 山深い訳でもない人里近くの森の中。


 住処を離れ人間の生息域までやって来たドラルフォラルトは、そこで数人の人間と相対していた。


 仔人間だろうか。

 どの子も活発そうだ。


 成人間と比べれば幾分幼げな顔立ちの彼らは小柄で愛らしく、皆金属を加工したものに身を包んでおり剣や杖などを持っていた。


 空から彼らの姿を見つけたドラルフォラルトは、人間の集落へ行く予定を変更して彼らの前に降り立ったのだ。


 そして待ったのだ。


 腰を抜かした彼らが落ち着くまで。


 ただただ待った。


 ある一つの選択肢を選ぶまで彼らを逃がさぬようにだけ努め、彼らを待ち続けた。


 そうして青醒め座り込むばかりだった愛らしい人間たちの中、一人のオスの人間が震える足で立ち上がったのだ。


 杖を持つ彼は他の子らに何かニャーと鳴くと一生懸命に様々な魔法を見せてくれた。


 ぶつかる水球、上がる火柱。


 自らの体に当たるそれらをドラルフォラルトは愛い愛いと眺め、そうして自らが使える魔法全てを試したのだろう。


 彼はついにその魔法を使ったのだ。


『テイム魔法!』


 ニャーと鳴いた彼の声の意味が、ドラルフォラルトには確かに”テイム魔法”と感じ取れた。


 続いて、自らに干渉しようとする魔力の感覚。


 ドラルフォラルトは喜色を浮かべその魔力をかき集めて取り込むと、稚拙に組みあがっていただけだった魔法式を体内でなんとか組み上げた。


 人間の僅かしかない魔力にドラルフォラルト自身の魔力も混ぜ込み微調整を重ねた結果、カチリと何かが繋がる感覚があった。


 全ての魔力を使い果たしたのか、目の前のオスの人間は精魂尽き果てたように地面に座り込んで固唾を飲んで見守っている。




 少年にとっては事実、本当に最後の悪足掻きのつもりだった。


 具体的な攻撃は無いものの彼らパーティーの目の前に降り立った強大すぎる存在を前に、彼にできることは仲間を逃がす隙を作るべく、少しでも自分に意識を向けさせ続けることだけだった。


 少年にとって魔力の高さは自慢だった。


 様々な魔法が使えることが誇りだった。


 自分の使える限りの魔法を使い、そのどれもが僅かも効かず、最近覚えたばかりのその魔法を使ったのだって、残存魔力で使える魔法が他に無かったからだ。


『まさか、テイムが……?』


 自身のものとは違う魔力を体内で感じた瞬間零してしまった少年の言葉に、目の前の巨大な古竜はまるで笑むように口端を引き上げたのだけが分かった。


























「駄目か」


 ドラルフォラルトは住処に戻ると意気消沈していた。


 今日はご飯も食べたくない。


 このまま眠ってしまおうと寝床で丸くなる。


「まさかあんなに簡単に死んでしまうとは」


 ドラルフォラルトは呻くように後悔の言葉を口にする。




 ティーモからテイム魔法を聞いたドラルフォラルトは着の身着のまま人間の生息域へと足を伸ばした。


 風を操り速度を上げ、音すら置き去りにして山々を超え飛翔する。


 途中、ドラルフォラルトの魔力にあてられた怪鳥が落下していくのを見て慌てて自身が持つ魔力の他生物への影響を思い出して魔力出力を極限まで抑えたが、ドラルフォラルトにとってはそんなことすら忘れるほどに久しぶりの外出だったのだ。


 それに、ドラルフォラルトは浮かれていた。


 こんなに気分がいいのはここ千年無かったかもしれない。


 テイム魔法があれば。


 ドラルフォラルトは思う。


 人間を飼うのではなく、人間に飼われる。良いではないか。


 共に暮らせることに変わりなく、何より人間から進んでドラルフォラルトと共にいるための魔法を使うというのである。


 ドラルフォラルトにとってそれほどまでに幸せなことなど他に思いつきそうにもなかった。





「途中までは良いように進んだのだがなあ……」


 ハア、とドラルフォラルトが吐いた息に、寝床に敷き詰めた草葉が揺れて音を立てる。


 ドラルフォラルトが僅かに身動ぎして頭をぐりぐりと寝床に押し付けぐずるようにした。


「狩って見せてやれば喜ぶと思ったのだが、不注意だった」


 ドラルフォラルトはもう一度大きくため息を吐く。




 向かった人間の住処、その手前の森に居た仔人間たちのうちの一人が魔法使いだった。


 そして幸いなことにテイム魔法を使えたその子にテイミングされるまでは良かったのだ。


 人間の愛らしいニャーという声は意味を持ってドラルフォラルトの耳に届き、体内魔力に僅かにその子の魔力が混じるのを感じる。


 ドラルフォラルトは浮かれた。


 愛らしい人間が自身をテイムしようとしてくれたこと、その子の言葉が分かるようになったこと。


 その子との今後を想像して浮かれてはしゃいだ。


 そして、良い所を見せてもっと好かれようと数十キロ先を通りがかったフォレストタイガーの元までその子を加えて飛翔、降り立ったのだ。


 その時点で口から泡を出してピクピクとしていたのは意外だったが、ドラルフォラルトは人間と接したことは数えるほどしかない。


 こういう生態なのかと気にせず、そういう姿もまた可愛らしいかもしれんなとフォレストタイガーを捕捉し一閃した。


 そして、褒めてもらおうと戻ったところで人間の子との繋がりが感じられなくなっていることに気が付いた。


 ドラルフォラルトのすぐ後ろ、ドラルフォラルトが連れてきて降ろしたその場で人間の子は冷たくなっていた。





「人間は想像以上に弱い生き物なのだな」


 思えばドラルフォラルトがこれまで接したことのあった人間は住処へ迷い込んできた子らばかりで、大柄な成人間ばかりだった。


 そもそもドラルフォラルトの住処は人間の生息域とは異なる強力な魔力を持つ生物が多く住む場所にあり、そこへ迷い込みドラルフォラルトの元まで来ることができる人間は人間の中でも相当頑丈で元気な者たちだったのであろう。


 ドラルフォラルトのお遊びのブレスを受け止められる盾を持っていたり、ドラルフォラルトの鱗に傷を付けられる剣を持つ人間も居たが、あれは稀有な例だったらしい。


 ドラルフォラルトは認識を新たにした。


 ドラルフォラルトの愛した生物は想像以上にか弱いようだった。





 それから人間を死なせてしまったショックでロクに食事も喉を通らず引き籠って五十年ほどを過ごしたドラルフォラルトはやっと立ち直った。


 というよりも、やはり人間と暮らす生活への憧れを捨てられなかった。


「今度は細心の注意を払うからな。次の子に飼われることを許してくれ」


 念写の魔法によって壁に焼き付けられた初代テイマーの人間の子の姿を見つめ、ドラルフォラルトは決意をする。


 もうあんなに悲しい結末にはならないように細心の注意を払おうと。


























「もう我、いやだ」

「おいおい、流石にそろそろ立ち直れよドラルフォラルト」


 十年後、ドラルフォラルトはより一層の後悔の最中に居た。


 その様子は、数日前にまた訪ねてきたティーモが見かねて滞在を決めるほどの荒廃ぶりだった。


 草葉が敷き詰められていた寝床だった場所は荒れてグチャグチャ。


 巨大なドラルフォラルトが泣き暮らしたせいで涙と涎が洪水のように降り注ぎ、それが千切れ飛んだ草と混じって異臭を放つ泥になってしまっている。


 そんな劣悪な環境の中で蹲って未だグズグズと鼻を啜るドラルフォラルトは見るからに痩せ、以前よりもずっと老いて見えた。


「で、あの壁のがその人間なんだろ? 俺には見分けつかねーけどさ」

「左が初代で、右が二人目の……、二人目のテイマーだったのだ、だというのに我は、我は……」

「あー、もうそれはいいからさア。お前は良かれと思ってやったんだろ、誰にだって失敗はあるって」


 ティーモはしまったと思ったが遅く、再び泣き出すドラルフォラルトを慰める。


 壁に念写の魔法で焼き付けられた人間の姿は二人分。


 ドラルフォラルトへ初めてテイム魔法を使った少年と、それからもう一人。


 それはやはりドラルフォラルトが死なせてしまった人間の魔法使いの姿だった。





 十年前、初代の少年の悲しみを乗り越えたドラルフォラルトは再び人間たちの生息域へと向かった。


 以前のように森にちらほらと人間がいるのが分かったが、今回のドラルフォラルトは降り立ちたい気持ちをぐっと堪えて人間達が集落を築いている場所まで真っ直ぐと行く。


 屈強な人間でなければ、ドラルフォラルトの些細な行動で痛めてしまいかねないことが分かったからだ。


 ドラルフォラルトは細心の注意を払って大きく栄えた人の集落の中心に降り立つ。


 そして以前と同様に待った。


 ドラルフォラルトは愛する人間を好きにしたいのではない、歩み寄り、共に生きたいのだ。


 目に入る人間らに「こちらへ、こちらへ」と優しく穏やかに声を掛け前足の指先をチッチッと振って見せる。


 阿鼻叫喚、大騒ぎだった街は三日経ち、一週間経ち、と時間が経つにつれて徐々に騒ぎを収めていく。


 人間の姿こそ減ったが、変わりにドラルフォラルトは周囲をより元気で頑強そうな人間たちに囲まれるようになった。


 その時を待って、ドラルフォラルトは行動を起こした。


 空中に大きく魔力を展開し、魔法文字を紡いでいく。


 周囲を囲みドラルフォラルトを観察していた人間たちがどよめいた。


 ドラルフォラルトにはそのどよめきが心地良い。


 初代テイマーにテイムされたことによって、ドラルフォラルトには変化が起きていた。


 それは、人間の話す言葉の意味がなんとなく分かるようになっていたことだった。


 本来、テイム魔法によって施行者と魔物は魔力的繋がりを得て簡単な意思の疎通や指示の行使を可能にしている。


 ドラルフォラルトは体内でテイム魔法を構築する過程でその仕組みを理解し、テイマーであった少年、延いては人間という生物の感情や意思を感じる術を得ていたのだ。


 周囲でざわつき警戒レベルを引き上げる愛らしい人間達。


 警戒する様子も愛らしいが、怖がらせ続けたくはない。


 ドラルフォラルトが紡ぐ魔法文字は、魔法陣を形成するためのものだが文字一つ一つにも意味が籠っている。


 魔法使いであれば、文字を解読して意味を読み取ることができるはずだ。



 ”行使せよ”


 ”飼いならせ”



 テイム魔法を示唆するそれに、魔法使いだろう人間達のいる辺りから動揺が広がる。


 やがて、じっと待つドラルフォラルトの前に進み出て来たのは一人の壮年の魔法使いだった。


 立派な白い髭を蓄えた壮年の魔法使いは目で会話するよう、強い瞳でドラルフォラルトを見据えるとドラルフォラルトを真似るように宙に魔法文字を並べる。



 ”行使”


 ”魔法”


 ”汝”


 ”飼う”


 ”許可”



 ドラルフォラルトがしたそれよりもずっと稚拙ではあるものの、付け焼き刃だろうに自身を真似て並べられた魔法文字にドラルフォラルトを愛おしい気持ちでいっぱいになる。


 ドラルフォラルトが目を閉じ身を委ねたことで、壮年の魔法使いはドラルフォラルトの二代目のテイマーと成ったのだ。


 


 そして────。




  

「我が愚かだったのだ。人間の子が食べられるかどうかも確認せず、美味であるからと押し付けるように勧めてしまった……」

「ああ、上手いもんな、アラクネの脚」


 二代目テイマーもまたすぐに死んでしまった。


 食中りによって。




 二代目テイマーと過ごせたのは数日だ。


 ドラルフォラルトにとって夢の日々だった。


 周囲を人間が囲み、テイマーと共に色鮮やかな飾りを贈られ左右道を作るように並んだ人間たちの中を闊歩した。


 ドラルフォラルトが人間が好きなのだとテイマーに言えば、テイム魔法によって意思疎通が可能になったテイマーは大変に喜んでくれて沢山の人間を集めてくれた。


 ドラルフォラルトはテイマーのことが好きで好きで堪らなかった。


 もちろん人間のことは愛らしいと思っていたしそれは変わらないが、人間の中でもこの壮年のテイマーがとびきり一番可愛くて愛おしかった。


 なんでもしてやりたかった。


 喜ばせたかった。


 初代テイマーのことで狩りに連れて行ってはいけないことを知っていたから、一人で美味しいものを獲ってきて、それをテイマーに食べさせた。


 精が付くミノタウロスの肝、潤沢な魔力を含むエレメントスコーピオンの額石、そして強烈な旨味のあるクイーンアラクネの脚などだ。


 テイマーは食べた事がないからだろう、ドラルフォラルトがそれをニコニコと差し出し食べろと言う度、困惑と恐怖の感情を見せていた。


 そんな姿がとびきりの美味によって驚き喜びに変わる瞬間が来るのだろうと、ドラルフォラルトは思い込んでしまった。


 食べろ食べろとグイグイ勧め続けた結果、テイマーはついにミノタウロスの肝を齧り、額石を舐め、最後にアラクネの脚を食べて、即死した。




 時が止まったようだった。


 プツンと、糸が切れたようにテイマーとの繋がりが消え、テイマーは卒倒して再び目を醒ます事は無かった。


























 それからしばらく、テイマーの亡骸を抱き上げ、青褪める人間達の中をトボトボと歩いて集落を出たドラルフォラルトは人間の習性をなるべく真似て集落そばの森でテイマーを埋葬した。


 獣に荒らされぬよう結界を張り、自身の逆鱗を剥がし取るとお守り代わりにそれを添え置いて墓標とした。


 そして住処へフラフラと飛んで帰ってくると、今こうしてかつてのテイマー達の絵姿を見ながら泣き暮らしている訳だ。




「ああ、もう、我は人間とは関わらん。可哀想だ。我は人間を殺してしまう」

「うーん、まあ、そんだけ大切にしたいってことだろ。そう決めたならそれでいいんじゃねーか」


 ドラルフォラルトを慰め話を聞いていたティーモは頷きながらも「俺ならそんな好きな生き物がいるなら、死んじゃっても代わりを獲ってきて飼うけどなあ」とボヤキながらもドラルフォラルトの考えも否定しなかった。


 ようやく少しは落ち着いたドラルフォラルトは決めた。


「我は人間とは関わらん。見守るだけにする」

「ドラルフォラルトが良いならそうしな」


 ポンポンと背中を叩かれ、ドラルフォラルトは改めて口にした決意を心に留める。


 人間の生息域から離れたこの土地で、テイム魔法の存在など知らなかったあの頃のように千里眼で観察するに止めようと。












 しかし、そんなドラルフォラルトの決意はたった十年で崩れた。




















『倒せ!』

『殺せ!』

『脅威だ!』

『滅さなければ!』


 人間からの強い感情がドラルフォラルトに流れ込む。


 二人のテイマーとの繋がりによって感じることができるようになった人間の感情の中でも、今感じているこれは酷く強い。


 ドラルフォラルトの寝床には今、何百という人間の軍勢が攻め込んで来ていた。



「なぜだ。なぜなんだ」



 ドラルフォラルトは動揺する。


 千里眼を使いその動向をも見ていたドラルフォラルトは、人間達がたまたまこの住処へ迷い込んで来た訳ではないことを知っていた。


 人間達はテイム魔法から放たれたドラルフォラルトを人間の脅威とみなし、結託して攻め込んで来たのだ。


 恐ろしいだろうドラルフォラルトに向かってくる勇敢さ、一生懸命に防御を固めているのだろう様々な装いに身に纏う姿は、それがドラルフォラルトのためだと思えばドラルフォラルトに傷つけることなどできようはずもない。


 鋭く研がれた刃がドラルフォラルトの鱗を傷つける。


 器用に操られた魔法がドラルフォラルトに当たる。


 そのどれもが人間が一生懸命に用意したものだと思えば、ドラルフォラルトはいっそ哀れで可愛らしい彼らをどうやって無事に帰してやろうかと目まぐるしく考えるばかりだ。


『切れ!』

『撃て!』

『殺せ!』


 人間達が必死に攻め立てる。


 地面が吹き飛び、寝床は跡形もない。


 唯一、絵姿の念写された壁の一部を除いて壁も焼け爛れている。


 ドラルフォラルトは怖かった。


 ドラルフォラルト自身に人間達の攻撃は通じないが、だからといって自分が追い返すために何かすればそれだけで人間がまた死んでしまうのではないかと恐れてしまう。


 途中、『飼いならせ!』という感情と共にテイム魔法を行使されることもあったが、二人のテイマーの死を経験したドラルフォラルトにはそれもまた人間を傷つける結果になるのではと思えてしまう。


 テイム魔法を拒絶し弾き返したことで人間達の敵意は増幅した。


 轟音が鳴り、暴風が吹き荒れ、剣劇が飛び交う中、永遠に続くのではないかと思う喧騒を止めたのは、一匹の竜の咆哮だった。



「ゴオオオオオオオ!!」


 

 ドラルフォラルトから人間達を挟んで反対側、崩れかけた壁の一部から見える咆哮の主はティーモだった。




『駄目だ!』

『撤退!』

『逃げろ!』



 人間達はすぐさま散るようにその場から離れていく。


 二体の古竜が相手ではどうあっても勝てないと思ったのだろう。 


 互いの攻撃の余波などで負傷した人間を別の人間が抱えて運び、人間達が速やかに撤退していくのをドラルフォラルトは気付かれないよう守護の結界で守り見送る。


 今自分にできることの精一杯がそれだけだった。



「……ティーモ、助かった」

「災難だな」

「まさかあちらから来るとは。これ以上、我のせいで死なせたくはないのに」

「まあ、分からんでもないが」


 ゆっくりと寄ってきたティーモへ礼を告げれば、ティーモは肩をすくめて軽く応える。


 五十年で二度の古竜の襲来を受けて、人間の中でも古竜を危険視していた連中の古竜排除への機運が高まったのだろうとティーモは言う。


 ティーモはそういった物事の流れを汲むのが上手かった。


 ドラルフォラルトが苦手としていることだ。


 今回のことも自身の起こした行動の結果だと思えば気が重かった。



「──我は身を隠すべきか?」



 ドラルフォラルトがそうティーモに尋ねたのは、すっかり自信を失っていたからだ。


 自身を求めてくれたテイマーを死なせた。


 初めて意思疎通をし感情を通わせたテイマーも死なせてしまった。


 そして今、ドラルフォラルトを討伐するため敵対し、人間達はその身を賭して攻め込んで来た。


 ドラルフォラルトはもう、自身の存在が愛する人間に良いものではないのだと思えて仕方なかった。


 そんなドラルフォラルトに、ティーモは苦笑してしばらく考えるようにした後、口を開く。




「じゃあお前、魔王になったらどうだ?」





















 それから、数百年が経った世界。






「フハハハハ! よく来たな人間よ!」



 ドラルフォラルトは玉座の間の中央に降り立つと両翼を広げ高らかに吼えた。


 広げた翼は風を起こし、部屋の中にあった調度品の数々を音を立てて吹き飛ばす。



「我が名は魔王ドラルフォラルト! 存分に人間の力とやらを見せてみろ!」

「くっ! 出たな魔王!」



 ティーモから魔王にならないかと提案されてからのこの数百年の間に、ドラルフォラルトは人間の耳でも言語として理解できる発声を習得していた。


 人間の言語にも通じたドラルフォラルトは最早口頭で人間と会話することも可能だ。


 ドラルフォラルトはずっと距離を取ってきた人間との久方ぶりの接触に心が躍るのを、表には決して出さないよう努めた。




 ドラルフォラルトと相対する目の前の人間達は、人間の中で”勇者パーティー一行”と呼ばれている訓練された戦士たちだ。


 大見得を切るドラルフォラルトに”勇者”と呼ばれる青年がこちらに切っ先を向ける剣は”オリハルコン製”だ。


 人間との関わりを断つよう配下となった魔物たちを動かしてきたドラルフォラルトは、人間の言葉を解するようになってその人間マニアぷりに拍車を掛けていた。


 人間が使う言葉を覚え、自身もそれを多用する。


 周囲の魔物たちは魔王が使う言い回しを覚えるため、魔物や魔王を倒さんとする”勇者”も、勇者の光魔法を増幅させる”オリハルコン製”の剣も魔物の中では有名だ。


 ドラルフォラルトは”勇者パーティー一行”のことを千里眼で見ていたため、笑いあり涙ありのその冒険の日々を拳を握りしめながら応援していた完全なファンである。




 そしてまさに彼らが相応の強さを身に着けた今、魔物たちの妨害をかいくぐって魔王の玉座へとやってきた”勇者パーティー一行”。


 ドラルフォラルトは胸が熱くなるのを感じる。


 彼らの冒険の終点を飾るために玉座の間も試行錯誤して作ったし、派手な登場シーンは何度練習したか知れない。


 練習に付き合って勇者役をやったティーモに言わせれば『そんなことに気合入れてどうすんだ』らしいが。



 見事に練習通りの派手な登場が決まり、ティーモが勇者役をしていた時ままの「出たな魔王!」のセリフが勇者本人から飛び出したところで、ここまでは予定通りだ。



 後は、ティーモの作戦通り事を運ぶだけ。


 ドラルフォラルトは高らかに言う。


「かかってこい人間ども!」

「くそっ! 魔王め覚悟しろ!」


「そして力を見せつけた暁には、我をテイムするのだ!」




「「「は??」」」






 口が滑った。



 そう、ドラルフォラルトはそのためにこの壮大な計画に乗ったのだ。


 ティーモがドラルフォラルトに魔王にならないかと提案した日。


 ティーモは、テイム魔法の登場に端を発して混乱する種族間の勢力図を安定させるため、魔物達に共通の統率者である魔王を据えたいと思っていた。


 そんな魔王役にぴったりな長い年月を生きた強大な古竜であるドラルフォラルトはただただ人間に死んでほしくなかった。




 彼らの利害は、ドラルフォラルトを魔王として据えることで合致していたのだ。





 ティーモはこう提案した。


 『魔王になって、人間を強くしてやればいいじゃないか。今のままじゃドラルフォラルトでなくても何かの脅威が現れたら大勢の人間が死ぬんじゃないか』と。


 そして言う。


 『お前が鍛えて強くした人間の中から、飛び切り強い、それこそお前がじゃれついたってビクともしないような人間をじっくり選んでそいつにテイムされればいい』





 なんたる名案!





 突然もたらされた一筋の光明に、ドラルフォラルトはこれしかないと立ち上がった。



 人間を守り、なおかつ自身の望みを叶えられる最適手段。


 それが魔王と成ることなのだと理解した。




 ドラルフォラルトは確信する。


 この”勇者”なら、簡単に死ぬようなことはないと。


 ”勇者”は防御力も耐久値も人間の中でけた違い。


 その上、魔王討伐のための旅の中で様々な魔物に協力を仰ぎ、毒無効や混乱耐性、その他ありとあらゆる免疫や耐性を手に入れさせてある。


 身に纏うのは、ドラルフォラルトが夜なべして作ってダンジョンの宝箱に入れておいたミスリルのフルアーマー。


 ドラルフォラルトの知識を総動員して人間がより効率的に行使できるよう構築しなおした魔法も魔法書に封じて与え続けた。


 他にも家庭菜園で育てていた成長草を煎じた人間の成長を促す魔法薬や、ドラルフォラルト自身の血液を精製して作った瀕死のものを生き返らせる秘薬も魔物たちにそれとなく落としたふりをして勇者たちに手渡してもらってきた。


 サポート体制はバッチリだ。


 そう、全てはこの瞬間のため。




 勇者がドラルフォラルトと共に死なずに過ごせるかどうか、それさえ確認できれば後はテイムしてもらうだけ。




「勇者よ! どれくらい強くなったんだ、早く見せよ! そしてテイムだぞ!」

「え? は??」




 勇者を置き去りに、もはや魔王らしく振舞うことさえおざなりになったドラルフォラルトはワクワクと話しかける。


 混乱耐性のあるはずの勇者パーティー一行も、これには動揺するしかない。


「勇者! 早くせんか! 我をテイムしてみるのだ!」


 実力を見ることなどもうどうでも良くなっているドラルフォラルトがビッタンビッタンと尾を床に叩き付ける。


 石造りの床が割れ豪風が吹き荒れるが、さすがは勇者、それくらいではビクともしない。



「テ、テイムだと?」

「そうだ! 勇者、共に生きようぞ!」

「そんな馬鹿な」






 ドラルフォラルトが人間と共に歩める幸せな日々が、今度こそもうそこまでやって来ていた。







【 竜王様はテイムされたい!  ─完─ 】


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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい作品ですね! ☆5個つけさせて頂きました。 これからも頑張って下さい! 応援してます。
2021/11/11 19:33 退会済み
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