2nd Encounter
あまりのスピードに少女の胴にしがみつきつつ、背後を警戒して振り向く。
しばらく走るも、追手らしき影はない。
「ん?」
振り向いた拍子に聞こえた紙の音に胸元をみると、封書がねじ込まれている。
「どうした?」
「いや、なんか……手紙?」
「呪いとかじゃねえよな?やめてくれよ、ここで発動すると俺まで巻き込まれる」
並走する玲が宣う。
「そもそもこの状況に巻き込んだの、お前じゃん」
言葉を交わす間も、少女が操るスクートはトップスピードを維持している。
「で?もう一回聞くけど。なんなんだよこれ。どこに行くつもりだ?」
真央は少女と玲を交互に見ながら尋ねる。話しかけた拍子に、自分より小柄な女子にしがみついている現状を認識して急激に恥ずかしくなる。
「私たちの拠点に行くわ」
「は?おい、俺は」
端的に少女が答えると、なぜか玲が少女に反論しかける。
「ルパンが呼んでる。3人まとめて連れて来いってね」
「そもそも何なの、あんたら。コユキも含めて学校か何かのお友達?」
よく分からないまま転がる会話に思わず真央が口を挟む。
警察に追われて謎の乗り物で逃走中の高校生。しかも魔法使い。意味が分からない。
「私たちはチームKANSAI。このミラクルでスペシャルな街のバランスをとる組織。ま、魔法に関する萬屋ってところね」
少女が説明してくれる。
この町は魔術師がひしめく特異点。魔法関連のいざこざは政府機関にうまいこと処理されているから一般人は気づかない。
逆に言えば魔術がらみのアレコレを相談できる”普通の相談先”は無い。そこで公然の秘密としての「チームKANSAI」が存在している。
と、流れるように説明した少女。
理解が追いつかないながらも日本語の文章としては何とか理解した真央は、ふと街の景色を見やってから声を上げる。
「へえ。そりゃ知らなかったよ。じゃ、俺はこのへんで適当に降ろして」
「え?」
「なんで『まさか断られるとは思わなかった』ってリアクションなのさ。ふつう断るからな。警察に追われるような奴らの仲間だと思われるのはごめんだ。俺を巻き込むな」
真央が捲し立てる。
「……魔力切れで逃げ切れなかったら哀れな事故で少年少女の死体が上がるかもしれねーな」
玲が冗談か本気か分からない口調で言う。
「…あーくそ!なんなんだよお前!」
「ハッ。お前、意外と律儀なタイプか?」
「そんなんじゃねえ。てか、お前同い年くらいだよな?バイクって」
ダメなんじゃないか、と続けようとする。
「これ、ただの改造自転車だよ。アイツのマジックパワーが動力。エンジンはついてない」
「はあ!?」
「まあ、現代版魔法の箒ってところね」
玲のざっくりとした説明に少女が補足してくれるが、まったく意味が分からない。
「で。そのチームカンサイって結局何なんだよ。自治組織か何か?てかここ関西じゃないだろ」
真央が問えば、なぜか少女がちらりと玲を見る。
「……最高機密事項だ。俺に口からは言えねえ」
苦い顔で返した玲は、しかし組織については答えたがらない。
嘆息したコユキが引き取る。
「KANSAIは関西の略じゃないわよ。『綺麗な明日じゃなくっても須らく愛するINSTITUTION』」
「……え?」
真央がジト目で並走する玲を見やれば、溜息をつかれた。
「何も言うな。一応言っておくが、考えたのは俺じゃねえぞ」
要は恥ずかしくて言いたくなかったってことか。
そこまで考えたところで、初対面の奴らと流血沙汰の事件に巻き込まれた直後にこんな軽口の応酬をしていることに違和感を感じる。
だが、そんな真央の違和感が形になる前に少女が話題を変える。
「私は伊神。コユキさんの先輩で玲君の味方よ。よろしくね」
簡潔に自己紹介した少女は、市街地から山道へと進路をとる。
竹やぶに左右を挟まれた細い舗装道を少し走ると、寺のような場所に到着した。
立派な山門の手前。
音もなく停止すると、妙な浮遊感の残る足を踏み出し地面に降りる。
質素ながら凝った彫刻の門をくぐる。その奥には、ずらりと並んだ鮮やかな朱色の鳥居。
ついてきて、と伊神が先導する。
歩きながら鳥居を凝視する真央に、伊神が視線を寄越す。
「知らない?狐に騙されて竜宮城に行っちゃう、みたいな都市伝説」
「何そのまぜこぜ童話」
「あは、ひどい言われよう。まあこの町に限ったことじゃないけどね。鳥居はゲートなのよ。それぞれ違うところに繋がっている。……お稲荷さんには門を奉納するでしょう?あれは自分の家直通のどこでもドアを押し付けているようなものね。何かあったら助けてください、って」
歌うように話しながら進んだ伊神が、並んだ朱色の一つに触れる。
澄んだ風が吹き抜けた。
手招かれるままにその鳥居をくぐると、薄い膜を抜けるような感覚がした。
昔よく遊んだ公園に来たような、ひどく懐かしい空気を感じる。
「え…」
目の前には最初に怪しい青年もといルパンと遭遇した池。
最後に鳥居をくぐってきた伊神が先頭まで歩み、芝居がかった動作で悪戯っぽく笑う。
「さて。君を特別に我が拠点に招待しよう」
――ようこそ。
まただ。風に運ばれてくるような、不思議な音で伊神の声が届く。
ニイ、と笑んだ眼が三日月のようだ、と思った瞬間。
彼女の姿が掻き消える。否、白銀の狐に化けた。
真央の腰ほどの体高の美しい獣がふわりと跳躍し、流れる様な動作で賽銭箱の前まで跳躍する。
たっぷりとした尾をゆるりと綱に巻き付け、本坪鈴を鳴らす。
カラン。完璧な響きで音が鳴った。
「あ…」
これだ。真央が誘われたのと同じ音。
真央がそんなことを思っていると、社殿からフワリと光の粒が舞う。
みるみるうちに、年季の入っていた建物が艶を帯びる。
枯れ木がゆっくりと起き上がり、くすんでいた社殿が朱色を取り戻す。
瞬く間に御殿が鮮やかな色彩に彩られた。
「んなっ……」
言葉をなくす、とはこういうことか。
得意気に振り返った狐が、ついて来いとでもいうように真央に目配せをして建物に入っていく。
「おい、」
説明を求めようとしたが、玲とコユキはいつの間にか姿を消している。
「えーっと。お邪魔します……?」
どうしようもなく不気味な展開だが、不思議と恐怖は感じない。真央はとりあえず靴を脱いでお狐様を追った。
時折ふわりと揺れる銀色の尻尾を追いながら、本堂を奥へ奥へと進む。廊下越しに数時間前に見た気がする苔むした屋根の建物の横を通り過ぎ、見覚えのない石庭も通り過ぎてさらに奥へ。
あの神社の奥にはこんな空間があったのか。いや、なかったはずだ。
「伊神が言ってなかったか?ここは門から通じた別の場所」
突然、後方からぬっと隣に並んだ玲。
「うわ、お前……!?てかいつの間に居なくなって戻ってきてんだよ!」
「ここは俺の拠点でもあるからな。勝手口の1つや2つ知ってるさ」
どこか冗談めかした口調で宣う玲。
「コユキは?」
「さっきの男の攻撃がちょっと掠ってた。ルパンが治療中だ」
「大丈夫なのか?」
「ああ。祈ってりゃ治る」
ツバでもつけときゃあ、といった調子で返される。思わず聞き返そうとしたとき。
伊神だった狐がふいに立ち止まる。ふわりと尾が揺れると、目の前の一室の襖が開いた。
突然開けた空間が現れた。
いや、開かれた、というのは語弊があるか。
畳張りに立派な柱や梁が覗く大広間。そこにズラリと並べられた本棚や実験器具らしき謎の構造物。ベースが和室だからか、えらく非日常を感じさせる空間だ。
しかも。ところどころでペンやら紙やら薬缶やらがふわりと浮いては仕事をしている。
「魔法だよ」
真央の視線をたどった玲が教えてくれる。
「え?……そんなのもアリ?」
「この街ではなんでもアリだ。…と言いたい所だが、この屋敷以外ではこんなデタラメな物まずお目にかかれねぇな。ま、ここの主が変人ってことだ」
そんな会話をつづけながら連れてこられたのは、一番奥の書斎を思わせる一室。
和室ながら、西洋風の調度品が並ぶ。
凝った彫刻が施された、応接用と言うよりは喫茶用と言われた方がしっくりとくる木製の丸テーブルと2脚の椅子。
その奥にはこれまた凝った彫刻が施された巨大な執務机と椅子。
机の上には、部屋全体の重厚な雰囲気にはそぐわぬ薄いモニターや用途不明の端末、そして何故か巨大な金魚鉢が乗っている。
部屋を見回した真央は、特大サイズのスイカでも入りそうな金魚鉢を凝視する。
洒落ているようでどこか風変わりな部屋の中でも、明らかに最も異彩を放っている。
水草やカラフルなガラスの石らしきものが入っているが、肝心の魚は見当たらない。
真央の視線に気づいた玲が口を開く。
「ああ、ルパンが鯨を飼ってんだ。今は散歩中」
「は?」
解説する気があるのかないのか、意味がわからないと態度で示す真央のクエスチョンをスルーして喫茶テーブルの方の椅子に座らせる。
そのまま「ちょっと待ってろ」と言い置き、入ってきたのとは別の襖から隣の部屋に消えた。
と、10秒もしないうちに、湯気が立ち上る湯のみ2つと茶菓子を漆塗りのトレーに載せた美女が入ってくる。
緑色の髪を2つ結びのお団子にした、まごうことなき美人。白い肌に蒼い目。浮世離れした容貌に、“雪女”のワードが浮かぶ。
「って、本当にちょっとだね!?」
美女を視線で全力で追いつつ言葉は玲に向ける。
「魔法だよ」
玲がゆるりと真央の向かいの椅子の後ろに回り込み、背もたれに肘を乗せた。
茶を並べた美女がその椅子に腰掛けると、自分の膝に両肘を乗せて真央の瞳をじ、っと見つめてくる。
髪と同じ緑色の瞳。思わず見入ったのは束の間、その視線が突然刺すようなものになる。
予期せず美人に不機嫌な視線を向けられ、真央がたじろぐ。何かしただろうか。
そんな空気を察していないわけもないだろうに、諸々を全てをスルーした玲が宣う。
「さて。何から話そうか」
「すっとぼけんな。さっきのは何だ」
真央が玲に食って掛かる。
「さっき?コユキから聞いてないのか」
「魔法なんてもの自体、さっき知った所だよ」
「ああ、お前外から来たのか。何しにここへ?」
「知るか!」
むしろここはどこで何で俺はそんなびっくりワールドにいるのだ、と真央は心中で叫ぶ。
玲は「あっそ」とあっさりと引き下がる。
背もたれから体を離して真央に目線を合わせる。
「さっきの男のは、魔力の暴走だな。最近この辺で騒がれている。まあ俺から言わせりゃ、暴走ってよりも『マジックハンドが人体に効くようになるバグ』って所なんだが」
真央の事情には本気で興味が無いといった風の玲だが、どうやら説明をしてくれるらしい。
「バグだと?んなわけあるか」
真央が間髪入れずに口を挟む。
玲がわざとらしくどこか面白がっているような、それでいて探るような視線を向けてくる。
突然、別の声が割り込んだ。
「ふふ、では誰かが引き起こしている人為的なものだと?」
声の方を見遣れば、音もなく部屋に入ってきたルパンが襖の前でほほ笑んでいる。
「んなっ…」
突然の登場に驚く真央をよそに、どこか楽しげな様子でルパンが続ける。
「この街の大抵の事は私の耳に入る。もちろんこの拠点の内部で君たちがどんなことを話しているのかなんて筒抜けさ。壁に耳あり障子にメアリーだ」
「……メアリー?」
真央が眉を顰める。緑髪の女が自然な動作で椅子から離れると、それが当然かのようにそこに座ったルパンが続ける。
「そう、メアリー。君たちが秘密だと思っている大抵のことは、政府や秘密結社には筒抜けさ。この世の理だよ」
「そんな理あってたまるか」
真央が思わず突っ込む。ルパンはふふ、と笑うと、流れるように玲へと視線を向けた。
渋い顔をした玲が人差し指を立てる。
金色の球体に羽が生えたようなものが飛来してその指先に止まった。
「スニッチ……」
「ん?なあに?」
どことなく圧のある声。真央が再びルパンに顔を向ければ、ひたりと視線が交わる。
その唇が動くのがスローモーションのように感じた。
「ようこそ、大門下町へ」
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