プロローグ
0.プロローグ
この世界では魔法が使える。
――そんな分かりやすい始め方をできればどれほどよかっただろう。
突然だが、ライトノベルとSFの違いってなんだと思う?
かつてgo●gle先生はこう言っていた。
「この世界では車が空を飛ぶ」が、ラノベ。
「なぜこの世界で車が空を飛ぶのか1冊かけて説明する」のが、SF。
そして突然だが、俺の目標は自伝をラノベの棚に並べられるような人生を送ることだ。
ちょっとぶっ飛んだ体験をして、面白過ぎる仲間や美女に囲まれて、超絶クールな必殺技で悪いやつを倒して凄いヤツ扱いされる。
だがしかし。
この定義に則るならば、この物語が並ぶのは「こっちの世界」ではきっとSFの棚なのだろう。
だってこれは――
なぜこの世界で魔法が使えるのかを解明する物語。
1.first
立派な日本庭園の片隅、池の片隅の岩の上に佇む小さな祠に向けて、黒髪の少年ーー真央が柏手を打つ。
「なんか色々頑張るので、頑張った分だけ報われますように」
少し高めの涼やかな声に凛とした佇まい。それにそぐわぬざっくりとした願い事。姿勢よく一礼すると、真央は口調と同じくどこか気怠げな切れ長の瞳を開く。
「鯨の神様に願いごとですか?こりゃまた、随分と物好きな少年がいたもんだ」
突如響いた声。真央は怪訝な顔で振り返る。
そこにいたのは、藍色の着流しと羽織を身につけた洒落た格好の青年。
いや、洒落ているという表現が当てはまるのかは微妙なところだ。身長は低い方ではないと自負している真央よりもさらに背が高い。2メートル近くあるんじゃないかという頭頂部にさらに黒のハットを乗せている。
不思議と艶のある金色がかった銀の蓬髪、それでもって不自然なほどに均整の取れた柔和な顔。明治時代の文豪か何かかと疑いたくなるような、和洋折衷を体現したような出で立ちだ。歴史感あふれる境内でもひどく異彩を放っている。
「鯨の神様?」
「ええ。あの祠の台座になっている石ね、鯨石って言うんですよ」
青年が石碑から視線を外し、「にっこり」と効果音が付きそうな笑みとともに真央の方を向く。
「そして君の探し物を攫っていったのも鯨だ。よくもまあ願掛けしようなんて思うもんですね」
「……どういう意味?」
何かを知っているような言いっぷりに、真央は青年をギロリと睨み付ける。威嚇するような視線をものともせず、青年は目を細めてニヤリと笑んだ。チェシャ猫を彷彿とさせる笑みからは、お世辞にも好青年とは言えないような威圧感が漂う。
「何って、そのままの意味ですよ。君、心が欠けていますね。いや、正確には一部が封じられている、といった所か」
「……」
ざわ。
巨大な楠木を揺らした一陣の風が、青年の帽子をさらう。
お、っと。
慌てた様子もなくそっと手を伸ばすと、届かないはずの距離を舞っていたそれがふわりと手元に舞い戻る。
「んなっ」
真央が目を見開くも、青年が意味ありげに帽子に触れながら続ける。
「ふふ、そんなに警戒しないでくださいよ。ここは『鳥居』のこっち側。魔法使いなんて掃いて捨てるほどいるんだ」
「……は?」
「ふふ、誰が君を招いたのかは知らないけれど。出会った記念だ。君がこの町でざっくりばっさりやられないように、いいものをあげよう」
青年は秘密、とでもいうように口元で人差し指を立てる。
おもむろに真央の右手を取と、空いた手の人差し指で軽く円を描く。どこからともなく現れた、黒い石のついたミサンガがしゅるりと真央の手首に巻き付いた。それを一撫ですると、青年が上機嫌に言い放つ。
「ふふ、これで今日から君も魔法使い!『こちら側』へようこそ!」
「……は⁉おい、」
真央の戸惑いを無視した青年は、歌うように説明を続ける。
魔法、もしくは「神の見えざる手」。
経済学の教科書には別の意味が載っていそうなそんな大層な名で呼ばれているが、この――さて、いったいなんど説明したものか。
実体はないけれど確かにそこにある「指先のさらに先」。到達距離は数センチ~1メートルほど。物心ついた頃から使える奴は使えるし、使えない奴は使えない。
自分が息をする仕組みを細胞レベルで理解している人がいないのと同様に、使い方を聞かれても誰も説明できない。視認できないからなんとなく魔法と呼ばれている。ただそれだけ。
耳に飛び込む「非常識」。だが、不思議とそれが当然であるかのように真央の脳はすんなりと情報を受け入れる。
「まあ、悪いことは言わないんで。この街にいる間はつけておいてください」
ふっと相好を崩すと、くるりと背後を振り返って続ける。
「ね、君もそのほうが賢明だと思うでしょう?」
「ふえ!?」
突然話しかけた先、遠巻きに真央たちの様子を伺っていたツインテールの少女が飛び上がる。
「え、いやあの、あの、」
「どーも、はじめまして。真央君のお連れさん」
「おい、なんで俺の名前!」
思わず真央が声を上げると、青年は会話に巻き込んだ美少女からあっさり視線を外す。
「ふふ、気が向いたらここに来るといい」
返答にならない言葉とともに青年が真央に手渡してきたのは、何かのコードのみが印刷された名刺大の紙片。
受け取る瞬間、手元でふわりと風が舞った。去り際、トーンを落としたテノールで奇妙な言葉を囁く。
「こういう感じ、身に覚えがありません?」
「……あんたも『魔法使い』なのか?」
青年の耳元で黒々と輝くストーンピアスに目を向けつつ真央は苦々しくつぶやく。
身に着けると人体用メモリーカードのように機能する不思議な石は、現代版魔法の杖とも呼ばれる。
「派閥」ごとに戦闘方法や知識といったデータを共有しているとかいないとか。
都市伝説のように語られるその石は、一般人が目にすることはほとんどない。
――ずっと昔から知っていたかのように脳裏をかすめた「情報」に、真央が顔をしかめる。
「ふふ。ああ、それと。せっかく来たんだ。望月玲という少年に会ってみるといい。できれば仲良くしてあげてよ。ていうか仲良くしてくれないと私が困る。おそらく君たちの相性は最悪だ」
突然出てきた固有名詞に、真央は眉を顰める。
望月玲――どこかで聞き覚えがある名だ。長い刀を手にした少年、だった気がするが、はて。
「流れ込んできた」情報ではなく、自身の記憶にしっかりとある名だ。しかしその内容はとても曖昧。
そんな真央の逡巡をよそに、青年は離した手をひらりと振りながら踵を返す。すれ違う瞬間。
「『白い鯨に気をつけろ』」
「え?」
真央が思わず振り向く。
そこには初めから誰もいなかったかのように、きれいさっぱり。遠くに参拝客の群れがあるだけだ。
成り行きで巻き込まれて放り出された美少女がつぶやく。
「なに今の。なんていうか、すごくRPGっぽい」
青年の去り際のひとことは彼女にも聞こえていたのだろうか。
ひとつ息を吐き出して手元に押し付けられた名刺を見てみる。
白地に無機質なQRコードだけという、名刺というよりもショップカードを連想させるシンプルなデザインのそれ。よく見るとエンボスで文字が打ってある。
『武器商人・流半 雅也』
――ああ、RPGの人みたいだ。
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