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滅世界の再興

弟ガチャ

作者: A.ジンマドセニ

「おいチビ。今度はどんな魔物を狩るんだ?」


「――、君ならこの世界を救える」


 この世界に来たばかりの頃、少女は幸せだった。

 誰も彼も、少女を頼った。勇者だと言った。

 それは少女がマナを取り込み、扱える唯一の人間だったから。壊れた世界の再生にその力がどうしても必要らしい。




「もう君は役に立たない。マナをこれ以上取り込めないなんて」


「おい、隣町に異界人が現れたらしいぞ!」


「第二世界でもいるってよ!」


「なんだ、いくらでもいるんじゃないか」


 しかし、少女はあるときからマナを取り込むことができなくなった。

 すると手のひらを返したように大人達は去り、子どもたちもそれを見て離れていく。十二歳の少女にはそれが耐えがたい屈辱だった。


 始めは歓待していた有力者も同じように。いや、もっとひどい。魔導でマナの持つ力を封じ、一方的に責め苦を与えた。


 そのとき少女は思った。こいつらをまとめて殺してやりたいと。

 激情が少女を支配し、少女の中にあった強大な()()が目覚めた。

 これを使えば自分の願いは叶えられると直感した。


 少女の心、魂にひびが入った。


「やめなさい」


 ()()が持つ力を放とうとしたとき、後ろから止める声があった。無視のできない、威厳のある声。


「その力は人に向けてはなりません」


 少女が振り返ると、老爺がいた。

 老爺は今までの経緯を知り、あわれみ、あやまった。そして有力者を拘束した。

 これらに少女は何の思いも抱くことはなかったが、老爺のもとに身を寄せることになった。


「これはポンドバレー様。大賢者様自ら……」


「――様もご一緒ですか。ささ、こちらへ」


 たまに老爺に連れられて、大人達が集まる場に来ることがあった。

 みな少女を敬い、丁重な態度で接する。

 だが彼らの目にはは恐れ、疑い、嫌悪の色が映る。


 ここは少女には耐えがたい視線に彩られた、建前の態度が支配する場だった。


「なぜあのような娘に龍の力が。マナを取り込めない器では意味がない」


「そもそも存在が危険だ。危うく街を壊滅させるところだったというではないか」


「別の異界人は大量のマナを取り込み、既に我が輩の魔導に匹敵する強さになっていました」


「それは素晴らしい。まったく、龍もそのような者に宿るべきだったのだ。そうすれば世界の再生などたやすく」


「しっ。……これはこれは――様。何か?」


 少女の魂のひびが広がった。




 老爺は常に優しかった。

 そこに恩情だけではない思いが込められているのはわかっていた。気味の悪い大人の場に連れ出すことも不満だった。

 それでも優しい老爺は信頼に足る存在だった。


「あなたをお守りするのが私の最後の使命。さあ、お逃げなさい」


 共に暮らして二年。老爺が死んだ。

 老爺は三賢者という、この世界で最も偉い人間の一人だった。

 三賢者のうち、老爺は少女を保護する立場を取っていたようだ。別の一人は少女を排除しようとし、もう一人は何も言わない中立派だったという。


「どこだ! 探せ!」


 このバランスが崩れ、少女の立場はなくなった。

 担ぎ上げるだけ担ぎ上げて、また落とすのか。


 少女の魂にひびが、不可逆的に刻まれていく。


「……何もかも失った。ううん、最初から私には何も……この本だけ」


 少女の魂が完全に壊れた。


 その手には一冊の本、「Peter and Wendy」。

 この世界に来てから手にして離さなかった。

 元の世界の記憶が曖昧だったこともあり、常に心の拠り所にしていた。


 魂が壊れたからだろうか。魂に根付いていた()は少女のもとを離れた。少量のマナしか持てない小さい()、『小器』。諸悪の根源。


「ああ、忌々しい『小器』が離れて……これで私は解放された。……ボクとして」


 少女は永遠の少年――ピーター・パンとなった。




「ん? これは……」


 目の前に神々しい光が現れた。()()の気配がそこにある。()の中にずっといながら、ついに使うことのなかった力。


「君は……」


 惹かれるものを感じ、ピーターは光に近付く。

 触れると光が身を包む。吸い込まれるような感覚を得て、目を開けると。真っ暗で何も見えない。


「暗い」


 呟くと辺りは少しだけ、月明かりの夜空程度に明るくなった。


「何だ、この空間は」


 何もない。いや、後ろに巨大な気配が。()()と同じ気配。


「龍……」


 近付いて姿をはっきりと捉えると、それは老爺に見せられた神龍の姿そのものだった。大きさは三十ヤードほど。

 神龍、女神の依り代で、女神と共に滅びたはずの存在。それが()()の正体。


「ずっとボクの中にいたのは君だったか」


 ピーターは簡単に現実を受け入れた。




「やはりこの空間内ならボクは何だってできる。できないのは龍に対してだけ。龍の奴、力は渡さないけど、ボクにこの空間の管理を委ねるってこと?」


 外で見た資料を見るなどして、ピーターはこの空間が龍の強大な力が露出したことで生まれる歪みだという結論を出した。

 空間は内部だけでなく、周囲にも影響を与えた。植物や虫が集まり、天候も荒れ続ける。龍の力によるものだ。


 だがそれらはピーターの意思で制御できた。加えて空間内での全能。

 自分が空間の支配者なのではないかという推測は確信になりつつあった。


「そうだ。何でもできるなら作ろう。ネバーランドを」


 ピーターはネバーランドを空間内に再現した。自らの理想郷として。


「ネバーランドはボクの世界だ。この空間と隔離しよう」


 龍から離れた場所に五つの光を設置し、龍から見て右から二番目にネバーランドを入れる。右から二番目を朝までまっすぐ、という話の通りに。


「この空間にも名前を。歪み、なんてネバーランドへと続く空間としてふさわしくない。龍の空間だから、ドラゴニックゾーンとでもしておこう」




「……何かが足りない。ボクの理想の世界なのに。一体、何だ?」


 ネバーランドの中で、ピーターはどこか空虚なものを感じていた。


「何だろう。……そうだ、ロスト・ボーイズ。それにウェンディやティンカー・ベル。キャプテン・フック……はべつにいいや」


 原因をキャラクターに求めたピーターは小説内の登場人物を作った。

 しかしできあがったのは自発的な動きを一切しないただの人形。


「やはり本物でないとダメか」


 そう思って外から子どもを連れてきたが、誰一人としてドラゴニックゾーンにはたどり着けなかった。

 光が子どもたちの進入を拒絶した。


「なぜだ。一体誰なら……」


 あれから何年経っただろう。百年は経った。未だにネバーランドの住民は自分だけ。

 ドラゴニックゾーンは内部で動かすことができた。高速かつ安全な移動手段。光のせいで地上に浮上させると目立ってしまうが。


「さあ、おいで」


「う、うん」


 そうして見つけた少年。自分と同じ異界人だ。名をルイという。

 べつに異界人など珍しくもないが、ルイは特に自分と近いものを感じ、連れてきた。

 ルイが光に呑み込まれる。


「う、ん? ここ、どこ?」


 ルイは、ドラゴニックゾーンに入ることに成功した。


「っ、ようやく、見つけた!」


 ピーターはルイを抱きしめていた。

 これは嬉しさだろうか。何という充足感。いつ以来の感情だろう。


「お、お姉ちゃん? 離してよ」


「あ、ああ。すまない。だがボクはピーター・パンだ。女ではないよ、ルイ」


「うん?」


 ルイという少年の特徴を分析しておく。他の子どもたちを連れて行くときの参考にするためだ。


「これは……『小器』!? ボクのものと……同じ?」


 ルイは『小器』を持っていた。しかも分析の限りでは自分の持っていたものと完全に一致している。


「相変わらず忌々しい」


 そう呟いたとき、背後で巨大なものが動く気配があった。このドラゴニックゾーン内にあるもので動くものは――。


「龍、なぜ君が……」


 龍はピーターが驚きで硬直している間にルイの前に。そして粒子状になりながら、少年の体内に入っていく。

 ルイの『小器』に入り込んでいる。


「……『小器』、それが君の求めていた存在ということ……」


 苦々しい思いで少年を見ていたピーターだが、


「ぐっ、うああ!」


 少年が突如苦しみ出す。


「おい、どうした?」


「お姉……こんなに辛いことを。僕は……耐えられないよ」


 ルイの魂が壊れかけている。何が起こっているのだろう。止めることもできず、ルイはやがて動かなくなった。

 ()は自分の時のようにルイから離れ、消えていった。龍もまた元の姿で定位置に戻った。


「おい、ルイ? しっかり。ボクの……!」


 ピーターが倒れるルイを抱き起こした。生きていることはわかった。

 だが起きない。


「目覚めないのは魂が壊れたから? だがボクはこんな状態には……」


 自分との違いに戸惑い、自分の魂を覗いた。


「何だ、これ。マナ……いや、これは魔物が持つ不純なマナに近い」


 自分の心はそんな不気味な糸に縫い付けられていた。

 これが心を繋ぎ止めているのだろうか。


「これを使って……心を縫い合わせればいいのか」


 望めば、マナに近いそれが手元に現れた。壊れたルイの心を縫い合わせていく。やや歪ながらも全ての縫い合わせが終了したとき、ルイは目覚めた。


「よかった、ルイ」


「ピーター、僕は大丈夫」


 ルイは最初のロスト・ボーイとなった。

 その後も数年おきに『小器』の子どもが現れた。同じように龍に取り憑かれた後に心を壊し、ピーターがそれを縫い合わせた。


 こうして、ロスト・ボーイズは着実に増えていった。


 いつか自分たちのように『小器』でありつつ龍を取り込める子どもが現れるだろうか。そうなったら、ここはどうなるのだろう。

 そう思いながらも、『小器』の子どもを招き続ける。彼らは自分たちと同じように、『小器』であることが理由で蔑まれている。


「僕たちは同じ器を宿していた存在。ロスト・ボーイズというより、兄弟だから」


 龍を取り込む子どもだとしても、救ってやるのだ。弟を。


「いや、龍を取り込める子がいるとしたら、その子がボクたちのお母さんかもしれないね」


 未だにピーターの虚無感は消えない。

 原因はウェンディ、母親の不在ではないかとピーターは考えている。




「かわいそうに。おいで、ボクの弟。ネバーランドは君と共にある。空を飛ぼう。そう、楽しいことを考えて。……願わくは君がお母さんでありますように」


 ピーター・パン。大人になれない永遠の少年は、虚無感が消えると信じて母を求め続ける。

 弟を導くのはこれが八十二回目。

これくらい開き直れると書きやすい

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