数十回の転生を経て王太子殿下が生き残る道を探す二人
殿下が何者かに魔術で狙撃され、灰になるのを見た直後。私の意識はいつも通り暗転し、数十回目の転生を迎えることとなった。
「おはようございます、マーガレット様。……夢見が悪かったのですか?寝汗を書かれておられます」
目を覚ますと、専属メイドのメアリが私を気づかわしげにうかがっていた。数十回は見た、見慣れた光景になってしまっている。
そんなメアリを安心させるように笑顔を浮かべながら、急ぎの要件をまずは片づけておく。
「おはようメアリ。いきなりで悪いのだけれど、殿下の今日の予定を聞いてもいい?」
「王太子殿下の、ですか?先ほど殿下から先触れがありまして、今日のパーティ前に打ち合わせがしたい、とのことでした。……何か心当たりでもあるのですか?」
今回は直接情報交換することがある、と。大体これが来た時は真相に一歩近づくので、私としては心から嬉しい。
「そう。あるわ、ありがとう」
その後適当にメアリをあしらい、食事をとった後で王太子殿下に合うにふさわしい服装に着付けてもらう。すべての準備が終わり、王太子と話す内容を考えたい、と伝えてメアリをも下がらせた。
「おはようマーガレット。朝早くに済まない。そして急で悪いが人払いを頼めないか。今晩のサプライズについて話しておきたいんだ」
私の婚約者、アーチボルド殿下が先触れ通りにわが公爵家にやってきた。先ほど魔術で灰と化した姿を見た後ではあるものの、この辺も慣れてしまったものだ。お互い、動揺なく会話できてしまっている。……その事実が苦しい。
私たち二人は、数十回──もう数えるのもやめてしまった──同じ一日を繰り返している。本来であれば学院の卒業パーティ兼、私とアーチボルド殿下との婚約発表の舞台。それを迎える前に王太子殿下が毎回何者かに暗殺され──その瞬間に私たちは二人だけ、記憶を保持したまま、同じ一日を繰り返し続けている。
「人払いは済ませましたよ。……して、今回の情報は何でしょうか?」
「今回は単純だ……暗殺者の特定ができた」
ごくり、と唾を飲み込んでいた。ついに、ついに卑劣な暗殺者の正体が分かった。
「……どなたでしたか?」
「……アレクシスだった」
「アレクシス……聖騎士アレクシスですか……」
なんということ……聖騎士は基本王族の護衛を主任務とした精鋭中の精鋭。武術だけでなく魔導にも長けることを条件としてなれる我が国の騎士の花形だ。そして、アレクシスはアーチボルド殿下の専属の護衛──それは、裏を返せばいつでも殺せるということでもあったのだろう。
「だから念話の類は今後禁止だ。あわよくば、今回で終わらせよう」
聖騎士は魔術にたける、である以上念話は漏れる。もともと相手が魔術師であることを想定して念話は基本なしで相手の反応を探りたい時だけ使っていたが、相手がわかった以上使ってやる理由はなくなった。
「異論はありません。……しかし、彼相手にどうやって立ち回りますか?」
そこが問題だ。聖騎士は一騎当千の強者でもある。ましてやアレクシスは最強の聖騎士と名高い。
「聖騎士には聖騎士を。……君の護衛として聖騎士を付けるから、何とか僕を守ってくれないか」
現在当国で動ける聖騎士は3人いる。それ全員を稼働する、ということだろうか。
「かしこまりました。……本当に、今回で終わらせたいものですね」
「終わらせるさ。……次がまだ残ってるなんて、そんな期待をし続けちゃいけない」
そう。私たちの恐怖は、この転生が終わってしまったらどうしよう、というものだった。
「アレクシス様が私の護衛につくなど、珍しいこともあるのですね」
暗殺者に護衛されるというのもどうなのだろうな、などと思いつついつもの外向けの笑みを浮かべておく。扇で口元は隠しているが、震えたりしていないだろうか、大丈夫だろうか。
「殿下がどうしても婚約者にも護衛をつけたいと駄々をこねられまして。確かにこの卒業パーティは婚約発表を兼ねますから、気をもむのはわかるのですが……おかげでこの場には聖騎士が3人も集うことになりました」
事前の打ち合わせ通りだ。だがここは驚いたふりをしなければならない──明らかに過剰戦力であるからして。
「……王国の全聖騎士ではありませんか」
呆れたような声を出す。出せているだろうか。アレクシスは騙されてくれているのだろうか。
「殿下にもつけないわけにはまいりませんので。まったく、この体制を認めた陛下たちも過保護にもほどが過ぎます」
見たところ、ばれてはいない。安どのため息をつきながら、言葉だけの気遣いをかけておく。
「貴方も大変ね。ところで護衛の割には距離をとるのね?」
そう、そこは不自然だった。今回は珍しく卒業パーティまで無事たどり着け、私たちは二人別々に(打ち合わせ通りに)場所をとっている。だがアレクシスは私から多少距離をとり、殿下に近い位置にいた。
「貴方もご存じの通り、私の本来の役目は殿下の護衛ですので。……申し訳ないですが、両方を意識させていただきたく」
「あら。なら、私と殿下が一緒になればいいんじゃないかしら」
私たち二人が合流してしまえば聖騎士3人がその場にそろう。その状態でめったなことは起こるまい──そう思っての提案だった。
「お気遣い、感謝します」
アレクシスは心底助かった表情をしてきた。どういう意味があるのか、よくわからない。
「……動かないでいただきたい」
そうして殿下のほうへ向かおうとした私に対し、アレクシスは予想外の行動をとってきた。
私の横についたかと思いきや、わき腹に仕込み刃を見せつけてきたのだ。いつでも切りつけられるが、周りからは見て取れない、絶妙な位置取りで。
「何のおつもりですか?」
「意外と動じないのですね……殿下だけを呼び寄せていただきたい。死にたくなければ」
予定外だ。だが予定外だからなんだというのだ。
私が殺されかかるパターンは初めてではあった。だが殿下の死を何度も何度も目の当たりにしたせいか、特に動じた気持ちはない。
「口実はなんと?聖騎士を置いてこいと言いたいのでしょうけれど、私のその権限はなくてよ」
「別に普通に呼んでいただければ結構ですよ。念話でも飛ばしていただければすぐに呼べるでしょう?」
念話。それは、貴方の墓穴です。聖騎士アレクシス。
『殿下、こちらに来れませんか?最後の打ち合わせをしておきたく思います』
即座に即興の、不自然にならない程度の念話を送りました。アレクシスはやはりこの念話を聞き取れているようです。魔導にたける聖騎士たるもの、当然でしょうか。
「それで結構です。そのまま、公爵令嬢様は私の横で壁の花を演じていてくださいね」
「なぜ、わが不意打ちに対応できたっ!?」
アレクシスが近づいてきた殿下に不意打ち気味に切りかかるも、完全に他の聖騎士二人に読み切られていた。
「念話を使わせたのが運の付きだったね。今日は色々サプライズを仕込みたかったから、念話はなしで行こうって言ってたのさ。それなのに使ってきたら、異常なことが起きたんだって普通は思う。……周りの二人も同意見だったよ、アレクシス。なぜこんなことをした?」
それは私も知りたいことだった。アレクシスは聖騎士と呼ばれるだけあって高潔で、紳士的だ。その男が主殺しをするなどと、意味が分からなかった。
「すべてはマーガレットお嬢様のためだ!王家に略奪愛などされて喜ばれる女がいると思ったら大間違いだ殿下!」
略奪、愛?何のことかわからないが、その言葉は確かに私の逆鱗に触れた。
「……黙れアレクシス。殿下を、私の愛を、そのように見ていたなど、許しはしません」
「マーガレットお嬢様……?」
アレクシスが動揺し、それをほかの聖騎士たちがさらに追撃を入れる。なおもはや3人以外は介入できぬよう結界魔術が張られている──おそらくはこれも私の最愛の殿下の采配だろう。
「私がだれに略奪されたというのですか。殿下とは幼き頃より結ばれる定めでありましたが、一度も疑問を抱いたことなどありませんよ」
「嘘だ!私の……俺との愛を5歳の時に語り合ってくれたではないですか!あれは嘘だったと……!」
5歳。……私はあまりの動機にめまいを覚えた。
確かにその当時、私は告白魔だったという笑われ話を父上から聞いたことがある。だが普通は気づいてほしい。5歳の子供が愛を語って、真に受ける馬鹿がどこにいるのか、と。
「……戯言を真に受けての凶行ですか。救われませんね、誰も」
アレクシスがその一言に激しく動揺し──そして聖騎士たちが反逆者を斬り捨てた。
「アーチボルド殿下、婚約発表はどうしましょう?こんな騒ぎが起きた後に行うのもどうかと思うのです」
当然、卒業パーティは騒然となっている。結界魔術で外に被害が及ばなかったとはいえ、刀傷沙汰が起きたのだから当然だ。
「マーガレットには悪いかもしれないんだけど……アレクシスの凶行を覆い隠す形で僕たちの婚約を発表しようと思う。これ以上、先延ばしは嫌だよ」
「……私も正直先延ばしは嫌でしたの。ありがとうございます、アーチボルド殿下」
この場がふさわしくないことは私たちも重々承知している。でも、これ以上引き延ばされるのは嫌だった、お互いに、ということがわかり、安堵する。
「これから、たっぷり幸せになろう。これまでの分を取り返すためにも」
「そうですわね。これまでの苦労のためにも」
そう言いあうと、私たちは聖騎士の乱心をわび、それと同時に婚約を発表し──漸く安心して交わせた、二人だけの長い抱擁をした。