三章
三章
--西暦2088年、日本--
翌日、颯斗の家族を乗せた宇宙船が月へ向けて発射された。発射が無事成功するかどうか、携帯で生中継を見ることにした。今までに何度も月への移住のため世界中で宇宙船が発射されたが、一度も事故は起こらず、全員もれなく月へ着いたらしい。と言っても、やはり親友を乗せた宇宙船だ。ちゃんと飛行できるのか気になる。もし、事故で落下してしまったら…なんて心配とは裏腹に、颯斗を乗せた宇宙船はゴォォォォという轟音と巨大な炎を噴射しながらまっすぐ月に向かって地球を離れていった。とりあえず、一安心だ。
颯斗が月へ旅立ってから数日、昔の仲間といつもの鉄塔で集まろうという話になった。言い出したのは、あの臆病だった浩紀だ。「久しぶりに、いつもの場所で集まろうよ!」とメッセージが届いていたのだ。浩紀、雄介、夕夏、陽菜の4人、颯斗以外はまだ月には移住していない。皆、進学した高校が違ったため、会うのは本当に久しぶりだ。また誰かが移住してしまったら、次いつ皆で集まれるかわからないので、この提案には賛成だ。さっそく準備して、鉄塔に向かうことにした。
家を出て数分歩いていると、後ろから知らない人に声をかけられた。
「瞬!久しぶりだなぁ」
がっちりとした体形で、筋肉があり、俺より少し背が高い。こんな奴、俺の知り合いにはいないぞ。
「あの、どちら様ですか?」
「え?忘れたの?浩紀だよ、浩紀」
「え!?浩紀?」
嘘だろ?あの太ってて臆病な浩紀?確かに言われてみれば面影は少しあるけど、もはや別人だぞ…
「お前…大分変わったな…」
「そうかな?高校で、ラグビー部に入ったんだよね。そのおかげかな。瞬こそ、大人っぽくなってるよ」
言葉遣いもちょっと昔と違う気がする。それにしても、あの浩紀がラグビー部か。世の中、わからないものだな。もう足も浩紀の方が早いかもしれない。練習がかなりきつく、先生が鬼教師だというラグビー部の話を聞きながら、鉄塔に向かった。ラグビー部はしんどくても、楽しいみたいだ。
山のふもとに着いた時、夕夏、そして陽菜と出会った。今でも二人は仲が良いみたいだ。
「よぉ、夕夏、陽菜」
「あ、その声は瞬!…と、その横にいるのは?」
「えっと…浩紀くん、だよね…」
「そう!よくわかってくれた!陽菜ちゃん!」
浩紀が喜ぶ。陽菜が浩紀だとわかったことがよっぽどうれしいらしい。
「よくわかったな、こいつ、見違えただろ」
「見違えたっていうか…もう原型とどめてないじゃん」
「原型とどめてないって…言い過ぎでしょ…」
夕夏の一言で俺たちの間で笑いが起こった。ここで思い出話に花を咲かせるのも悪くないが、おそらく鉄塔に雄介が待っているはずだ。俺たちはそれぞれの高校生活について話しながら、鉄塔に向かった。
鉄塔に着いた。驚いたことに、あの浩紀が息切れをしていない。見た目だけでなく、体力もしっかりついているようだ。さすが、現役ラグビー部なだけある。鉄塔の見下ろし台には、雄介の姿があった。相変わらず、パソコンをいじっているみたいだ。雄介の発明好きは今でも健在だ。今は、プログラミング技術も加わってさらにすごい発明品を作っている。あのパソコンに集中している様子じゃここから呼んでも聞こえないだろう。俺たちはさっそく鉄塔に登ることにした。
5年前と同じ、俺、浩紀、夕夏、陽菜の順番で鉄塔を上る。鉄塔は5年前に比べてかなり古くなっている。上るたびになるギシギシという音は前よりも大きくなっているし、いつ折れてもおかしくない。早く取り壊されるべきだろうが、どうせ人類はもうすぐ月に移住するんだから取り壊されなくてもいいのか。
鉄塔に見下ろし台に着いたが、雄介はまだ俺たちに気づいていない。大した集中力だ。すごいと思う。でも、親友の俺が来たんだから、気づけ。
「おい、雄介」
カタカタカタカタカタ、パソコンのタイピング音がするだけで、返事はない。
「おーい」
カタカタカタカタカタカタ
「おいってば、雄介!」
雄介は大きな声をあげて驚いた。驚いた拍子に愛用のパソコンを落としそうになっていたが、何とかキャッチしたみたいだ。そして後ろを振り返って言った。
「なんだ、瞬か、驚かさないでよ」
「いやいや、何度も呼んでただろ。気づかなかったそっちが悪いっつーの」
「相変わらず雄介は発明オタクよねー」
「うるさいなぁ、夕夏は。陽菜みたいにおしとやかにしとけばモテただろうに」
「悪かったわね、うるさくて」
「ていうか、そちらの筋肉ムキムキの人は誰?」
「僕だよ!浩紀だよ!」
えぇ~っと雄介の驚いた声が響く。続けて、俺たちの笑い声も。
俺たちは鉄塔から自分たちの町を眺めた。今まで育ってきた町。それともう少しで離れてしまうことになってしまうなんて。改めてここからの町の景色を見ていると、心に来るものがある。多分皆同じ気持ちだろう。俺たちが感傷に浸って無口になっていると、浩紀が話し出した。
「この町とももうすぐお別れだね」
「あぁ」
「悲しくなるね」
「…そうね」
「月に行ってもさ、僕たちはずっと友達だよね」
「当たり前だろ」
「……」
皆黙りこんで、少し暗い雰囲気になってしまった。皆、俺たちが離れ離れになってしまうのではないかという不安があったんだ。何か言って気分を盛り上げないと思ったが。静寂を破ったのは雄介だった。
「大丈夫だよ、現代の宇宙技術はかなり発展していて宇宙船の事故もほとんどなくくて安全だし、月に行っても俺たちも今と同じように生活できるように整備されているから、月に行ってもまた会えるよ」
「そ…そうだよね!大丈夫だよね!宇宙船の中で無重力を体験できるし、月から地球も見ることが出来るし、あ、月に行ったら颯斗にも会えるね!今から月に行くのが楽しみだよ!」
雄介に明るさが戻り、その明るさに俺たちも元気をもらった。身体は筋肉質になったけど、喜怒哀楽が激しく表に出るのは全然変わってないみたいだ。
「僕、将来は体育の先生になりたいんだ」
浩紀がまた話を切り出した。何だよ急に、と言いかけたが、夕夏が先に理由を聞いた。
「なんで?」
「ほら、僕、昔は運動めちゃくちゃ苦手だったじゃない?そういう運動が苦手な子供たちの力になりたいんだよ」
「いい夢…だと思う」
「えへへ、陽菜ちゃんありがとう」
陽菜が褒めたが、確かにいい夢だ。あの浩紀が将来のことをちゃんと考えているなんて。
「私…ファッションデザイナーになりたい」
今度は夕夏まで。浩紀と陽菜は、すごい、絶対なれる、と夕夏に自信をつけている。
「もちろん俺は、世界一の発明家になる」
雄介が言った。確かに、雄介ならなれるかもな…。
「わ、私はお嫁さんに…」
「ぷっ、陽菜ったらかわい~」
夕夏がからかうと、陽菜は耳を赤くした。そういうところは陽菜は確かにかわいいと思う。
「で、瞬くんは?」
「え?俺?」
皆が俺の方を見る。俺は将来なりたいものとか、考えたことがなかった。ただこういう何気ない日々が、一生続くような気がしてたんだ。
「俺は……」
俺の言葉を遮り、浩紀は静かにつぶやいた。
「ねぇ、あれ……何?」
浩紀が空を指さす。俺たちはその方向に目を向けた。5年前に見た、あの景色と重なる。"それ"は、雲をどかしながら、ゆっくりと、まっすぐ空から、いや、宇宙から降りてきた。それは、隕石ではない。隕石だったらどれほどよかっただろう。降りてきたのは、ミサイルだ。ミサイルということは、人が意図的に地球に向かって撃ってきたということだ。目視で確認できるほどの大きさのミサイルが、一つ、また一つと空から降ってくる。今度落ちるのは太平洋ではなく、間違いなく町のど真ん中だ。
「…何なの…これ…?」
夕夏の一言で我に返った俺は、一刻も早くこの鉄塔から降りなければならないことを悟った。
「みんな!早く鉄塔から降りて木の陰に隠れろ!!吹き飛ばされるぞ!!」
俺の一言で皆はすぐに鉄塔を降り始めた。誰が、何のために、なぜこの町にミサイルを撃ったのか、という疑念を頭の中に渦巻きながら、生きるために俺たちは鉄塔を降りた。
「急げ!もうミサイルが落ちるぞ!!木の陰でしっかり捕まってろ!!」
死ぬかもしれないという恐怖で、皆は無言になってしまっている。とにかく今は生きるために行動しなければ。俺は、木の陰に隠れて木の幹につかまった。でも、木の幹につかまっただけで助かると思っていた俺がバカだった。
音速よりも早い速度で、俺たちを爆風が襲った。木の幹につかまっている余裕はなく、俺は吹き飛ばされた。それから先のことは、あまりよく覚えていない。