二章
二章
--西暦2088年、日本--
「太平洋隕石落下より、今日でちょうど5年が経ちました。月への移住化も、ほぼ計画通り進んでいる模様です」
テレビの軽快なアナウンスで、そういえばと思い出した。あの隕石落下から、もう5年が過ぎたのだ。あの日は、隕石落下による衝撃と爆音の中、外にいたのにも関わらず、皆無傷で帰ることが出来た。あの衝撃から全員生きて帰ってこれたんだ。もはや、奇跡かもしれないと当時は思っていた。隕石落下の衝撃も怖かったが、隕石落下よりも帰ってから落ちた母さんの雷の方がよっぽど怖かった。その日以降、しばらく外出禁止にされたのはいい思い出だ。
俺に直接的な被害は出なかったものの、隕石落下による衝撃により地球規模の大地震、太平洋沖の地域に津波が襲った。しかし、この時代に地震程度で崩壊する建物はないし、事前に避難警告が発令されたため死亡者はあまり出なかったが、それより後が問題だった。
隕石落下により海の水の約半分が沸騰して蒸発。さらに隕石落下の衝撃で石油など、大量の資源が採取困難。さらに粉塵が巻き上げられ、地球を覆った。落下の衝撃により世界各地で火山活動が活発になり、火山灰も地球を覆い、太陽の光を遮断し、地球は年々寒冷化が進んでいる。このままでは数年で地球に住むことができなくなると判断した地球災害対策本部は、月への人類移住化計画を発案し、隕石落下のちょうど翌年から世界総出で計画を進めている。人類移住化計画と聞くと大変そうに聞こえるが、世界の金持ちは、通称"moonホテル"という月に建設したホテルに泊まったり、大富豪は月に別荘を建てているという話はよく聞くし、数十年後は学校の修学旅行先は月になるだろうと言われているので、技術的には全然可能だし、あまり驚くことでもなかった。
計画としては、まず世界各国の首脳や、政府の重要人物が先に月に移住。次に、ある一定以上の金額を支払った金持ちたちが移住。そして最後に、無作為に選ばれた一般市民が順番に移住していくという仕組みだ。そして今、その無作為に俺たちの家族が選ばれるのを待っているというわけだ。まだ選ばれず地球に残っている人々を、月に住んでいる人たちは"待機人類"と呼んでいるらしい。こんな簡単に今まで住んでいた地球を離れるなんてさみしいけど、仕方ないだろう。祖父や祖母は自分たちが生きている間に月に行けるなんて思ってもみなかったと言った。祖父と祖母の子供の頃の話を聞いていると、今はすごい時代になったものだと思う。
「瞬、来てくれたみたいよ」
「うんわかった、今行く」
母さんが来訪を教えてくれた。急いでテレビを切り、玄関へと急ぐ。靴を履き、戸を開けると、そこには親友の姿があった。
「おっす、颯斗」
「やぁ、瞬」
「寒いだろ、中に入るか?」
「いや、いいよ、親も車の中で待ってるし、そんなのんびりしちゃいられない」
「そっか、そりゃそうだよな」
ドアを半開きにして話していたが、俺も外に出て、ドアを閉めた。やはり寒い。もう日の光はしばらく浴びていない気がする。
「まさか、俺たちの中でお前が一番最初に選ばれるとはな」
「そうだね、まぁ、日ごろの行いかな」
「冗談言うなよ、あぁ、いいな、月。俺も早く行きたい」
「瞬ならきっとすぐ来れるよ、なんたって、日ごろの行いがいいからね」
「俺が?笑わせるなよ、昔からバカなことしかしてこなかったっつーの」
「それでも、僕らにとってはとっても楽しいしわくわくしたよ、瞬のすることは」
「そりゃよかった、あ、そうだ」
俺はおもむろにポケットから取り出した。
「これ、持って行ってくれ」
「何これ、無線機?」
「あぁ、雄介が作ってくれたんだ、すごいだろ?いくら技術が発展したからと言っても、地球と月じゃ携帯で連絡できないからな。まぁ、実際に試してないからその無線機もちゃんと動くかわからないけど、とりあえず1km範囲内でならちゃんと動いたよ」
「ありがとう、持って行くよ。無事着いたら、使ってみる」
「あぁ」
プップーと、車のクラクション音が鳴る。颯斗の親の車だ。おそらく時間がないのだろう。颯斗が腕時計を確認する。颯斗が高校入学祝に買ってもらったと言っていた腕時計だ。
「あ、もう行かなきゃ。指定された時間までに身分証明しとかないと、宇宙船に乗せてくれんだよ」
「わかった、またな、次は月で会おうぜ」
「うん、また」
颯斗は振り返らず、急いで車に戻って行った。助手席に座っていた颯斗の母親が俺におじぎしてくれたので、俺もおじぎし返した。車は颯斗を乗せると颯爽と、静かに走り出した。次いつ会えるかわからないという寂しさはかなり感じているが、颯斗の言う通り早く月に行けるよう祈ることとしよう。颯斗と話すことで気が紛れていたが、本当に寒い。早く家に入ろう。