一章
一章
--西暦2083年、日本--
テレビやネットはもはやその話題で持ちきりだ。それもそのはず、こんなことが起こることなんて二度とないだろう。俺は携帯を手に取り、一つメッセージを送信した。
「予定通り、いつもの場所に集合」
「了解」
すぐに返信がきた。親友の颯斗だ。大場颯斗。年少時代から一番仲が良い。小学5年生になった今でも、俺とよく遊んでくれる。少し不思議なところはあるけど、良い奴だ。
残りの4人も約束通り来るだろう。俺は約束の場所に向かうべく、読みかけの漫画をベットの上に置いたまま自分の部屋の戸を開け、母さんに見つからないようにゆっくり階段を降り、家を出た。もし母さんに見つかってしまったら、絶対家から出してくれないだろう。今日は家から出るなと政府が強制しているのだから。
約束の場所に向かう途中で、浩紀と会った。長谷部浩紀。小学校から仲良くなった。俺の言うことは何でも聞いてくれる、良い奴だ。こいつも今日約束の場所で会うと約束した仲間だ。
「よう浩紀」
「あ…瞬。ねぇ、やっぱりやめにしない?危ないよ…」
…はぁ、言うと思った。浩紀はかなり太っていて図体がでかいくせに臆病なところがある。冗談は、その身体だけにしてくれ。こんな機会、逃すわけにはいかない。
「ばかだな。あの鉄塔まで影響が来るわけないだろ?どんだけ距離があると思ってるんだよ。ほら、早く行くぞ、皆待ってるかもしれない」
「ま、待ってよ…」
浩紀は見た目通り足が遅い。俺は先を急いだが、さすがに置いていくのは悪いと思って浩紀を視認できるくらいの距離を保ちながら先を走った。
山のふもとまで来た。ここまで来れば後もう少しだ。目的地はこの山の中腹にある。俺が上に続く階段に足をかけようとすると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「瞬!」
「夕夏、それに陽菜か」
「全く…こんなときにあの場所に集合するなんて…どうかしてるんじゃない?」
「うるせぇな…そんなこと言うなら別に来なくていいよ…」
「えっ…?いや…まぁどんなものなのか興味はあるから…私も行くわよ」
夕夏はご自慢のロングヘアーを手でなびかせながら言った。新田夕夏。夕夏は同級生の武と敦也にからかわれ、泣かされていたところを止めに入ったことがある。別にそれだけの話なんだが、それから夕夏は何かと俺に付きまとってくるようになった。いつも文句言ってくるけどなんだかんだ俺のバカに付き合ってくれる。口は悪いけど良いやつだ。夕夏の隣に引っついてるやつは陽菜。藤井陽菜。知り合ったのは最近。夕夏の親友なんだそうだ。背が小さくてかわいらしい。内気でとても賢い。なぜこんないいやつが俺みたいなバカの行動に付き合ってくれるのかいつもわからない。
「陽菜、来てくれてありがとな。でも陽菜がいやだったら無理して来なくていいんだぞ。」
「私もちょっと…興味あったから…」
「そっか、じゃあ、行こうぜ」
俺たちがこんな会話をしている間に浩紀が俺たちに追いつき、4人で約束の場所へ向かうことにして、長い階段の一段目に足をかけた。
約束の場所に着いた。急いで来たので疲れたが、浩紀を除いた俺たち3人は少ししたら息を整えられた。しかし浩紀はいつまでたっても息を切らしていた。今までに何回も来てるんだから、いい加減体力をつけてほしい。
ここは、もう使われなくなった鉄塔。少しさびてきているが、俺たちの遊び場としては十分すぎる場所だ。この鉄塔は見下ろし台があって、そこから町を見下ろすことが出来る。今日はそれを利用してその光景を見ようというわけだ。見下ろし台を見上げると、やはり俺の親友はもうそこにいた。
「おーい、颯斗!」
颯斗は俺たちに気づき、手を振る。
「さぁ、俺たちも登ろうぜ」
「ちょっと休憩しようよ~」
夕夏と陽菜は早く上ろう、と返事してくれたが、浩紀は相変わらずだ。
俺たちは俺、浩紀、夕夏、陽菜の順で、ギシギシという音をたてながらはしごを使ってゆっくり上って行った。今はもう慣れたが、正直言ってこのはしごを上るのは少し怖い。命綱もなければ、かなり高さもある。一度足を踏み外したら、ただではすまないだろう。
俺の心配も杞憂に終わり、皆無事に見下ろし台に着いた。ん…?皆?考えてみると、一人足りない。俺は見下ろし台に着いたところで、颯斗に聞いた。
「おい颯斗、雄介はまだ来てないのか?」
「やぁ瞬、携帯見てないの?雄介、家を出るときに親に見つかって外に出られないみたいだよ」
な、なに?急いで携帯を取り出して確認すると、確かに雄介から「親にばれた。ごめん」と連絡が来ていた。岸本雄介。やせていて、病気がちでよく学校を休む。発明みたいなことが好きらしく、よく発明品を見せてくれる。その発明品が割と面白い。そんな感じで、良い奴だ。しょうがない、雄介が来れないなら、今回は俺たちだけで見るとしよう。
「ね、ねぇ、いつ来るの?」
夕夏がせかすように聞き、颯斗が優しく答える。
「多分、もうすぐだよ。ニュースでは、そう言ってた」
そう、もうすぐだ。こんな光景を見られるなんて、楽しみで仕方ない。
「なんか、ちょっと怖いね…」
浩紀がおびえたように言う。
「何言ってんだよ浩紀、ここまで来たくせに」
「だって、こんなこと、本当に直接見たことないし…」
そりゃそうだ、俺だって見たことない。だからこそわくわくするし、楽しみなんじゃないか。ふと隣を見ると、陽菜が少し震えていた。
「どうした陽菜、ちょっと怖い?」
「う、ううん、大丈夫だよ、ちょっと肌寒いと思っただけ」
肌寒いか、確かに風があるしちょっと寒いかもしれない。俺たちがこんな話をして暇をつぶしている間も、颯斗はずっと空を眺めていた。"あれ"が来る瞬間を、じっと待っているんだ。そのとき、颯斗は言った。
「瞬、来たよ」
俺たちは全員、空を見た。"それ"は、雲をどかしながら、ゆっくりと、まっすぐ空から、いや、宇宙から降りてきた。そう、俺たちが見に来たもの、隕石だ。予報通り、太平洋の真ん中に落下するだろう。現代の天気予報は優秀だ。でも、予報で言ってたよりもすこし大きい気がする。予報では被害もそこまで大きくなることはないと言っていたが、もし大きさの判断を誤っていたら、被害が予想より大きくなることなんて簡単に予想できる。隕石はゴォォォォという豪快な音をたてながら、尚もゆっくりと地球に接近する。ここまで距離があるのに音が聞こえるなんて、予報では何も言っていなかった。やはり、隕石の巨大さを測れなかったのだろうか…。
「し、瞬…だ、大丈夫だよね、これ…」
浩紀が不安そうに尋ねる。
「だ、大丈夫だよ」
「あんたの大丈夫ってあんまり頼りにならないんだけど…」
「う、うるさいな」
「アハハ」
「お、おい陽菜、今のは笑うところじゃないぞ」
夕夏のおかげで、不安が立ち込めていた俺たちに少し和やかな空気が流れた。その間にも、颯斗はじっと隕石を見つめている。
「みんな、すごいね…!こんな大きい隕石を見ることができるなんて…!あぁ、雄介にも見せてあげたかったよ…!」
こんなに興奮して話す颯斗を見るのは初めてかもしれない。確かに、こんな光景を見れるのは本当についているとしか言いようがない。隕石が地球に落ちるなんて、今までにもこれからも滅多にないだろう。
隕石は、もう地球と接触しそうになっている。本当にこんな大きい隕石が地球に落ちて大丈夫なのか?そんな不安がみんなの脳裏をよぎる。
「さぁくるよ、3,2,--」
颯斗のカウントダウンより少し早く隕石が太平洋に飛び込んだ。ゆっくりと海の中へ沈んでいく。視界情報に遅れて、とてつもない突風と爆音が俺たちを襲った。その後のことは、あまりよく覚えていない。