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第九話 オリボーレン


 「ほわぁぁ」


 ブレンに連れられて王都へと出ていったレティは、その繁栄と活気にブレンの後ろで感嘆の声を上げた。

 ブレンの住む国はクルトデス王国といい、その王都シィルデッドは、非常に栄えている。豊かな農業地帯である事もさることながら、王国全土に支流を持つジャーシ湖のほとりに王都があるため、水運を活かした交易でも栄えたのだ。

 当然、そんな王都にあるものはレティにとって見たこともないものばかりだ。少しおびえてブレンの後ろに隠れてはいるものの、目に映るものすべてに興味津々の様子である。


 「ごすじんさま、すごい人ですね! ……あ、もしかして、何か大変なことがあったんじゃ……」

 「いや、ないない。王都はいつもこんな感じだぞ」

 「そうなんですか? よかったぁ」


 ほっと胸をなでおろすレティ。彼女には楽しんでいる最中でも物事を悪い方向に捉える癖があるようで、自分にピッタリと寄り添って離れないのもそのせいだろうとブレンは考えた。


 「それにしてもごすじんさま、レティにこんなにいい服をくれてありがとうございます」

 「いいさ。傷跡を丸見えにするわけにもいかないしな」


 レティは今、ブレンから与えられたローブで体をすっぽりと覆っている。ローブといってもかなり薄手のもので、風通しもよく楽に着ることができる。


 「レティと同じ格好の人、結構いますね」

 「ああ。なんでも、日焼けしないで肌を白くするのが流行りらしくってな。家から出なかったり、外出する時もああやってローブで肌を覆う女の人が多いって聞くぞ」


 ブレンの言う通り、王都ではいま白い肌が流行しており、女性たちはこぞって薄手のローブを着ている。厳重な人は、布を足して体中を覆うほどだ。だが、ブレンにとってこれは好都合な事だった。


 (あのカラスたちの目を、これでごまかせるといいんだが)


 ブレンはさりげなく周囲を警戒している。昨日の夜、あのカラスたちはこれから一週間のうち、どこかのタイミングで自分たちを襲撃すると宣言したからだ。


 (さすがにこんな人ごみの中で……いや、人ごみの中だからこそというのもあり得る)


 暗殺者にとって、人ごみの中偶然を装ってターゲットにぶつかり、そのまま刺し殺して立ち去るというのはよくある手法である。そのため、ブレンはカラスたちが自分たちを特定できないようにするためにカムフラージュをしたのだった。


 「ごすじんさま? ごすじんさま?」

 「え? ああ、どうしたんだ?」

 「いえ、なんだか難しい顔をしていたので……やっぱり、行くのやめますか?」

 「大丈夫だ。ちょっと考え事をな。ところで、どうしたんだ?」


 ブレンに聞かれたレティは、おずおずとある一点を指さした。そこには一軒の屋台がある。


 「あそこから、パチパチって油の音がするんです。レティ、それが怖くて」

 「え? ああ、オリボーレン売りか」

 「おりぼーれん?」

 「ああ。パン生地を油で揚げて、砂糖をまぶしたお菓子でな。この国じゃ定番のお菓子だ。パチパチっていうのは、パン生地を揚げてる音。それにしても、この距離とこの雑踏でよく油の音が聞こえたな」

 「お仕置きの中に、煮えた油を浴びせられるものがあったので……」


 音を判別できた理由を聞いて、ブレンはまた怒りが顔に滲みそうになるのを感じた。もはや彼女にとっては、世界中のあらゆるものがトラウマの対象なのだろうか。


 「……そうだレティ。オリボーレン、食ってみるか?」

 「え? そ、そんないいです! ごすじんさま、仕事がないからお金がないってハーキさんがゆってました。レティなんかのために、いらないお金を使わなくても……」

 「いいから。オリボーレンは安いんだから、それくらいのお金は出せるぞ」


 ブレンはそのままオリボーレン売りの屋台へとレティの手を引いていく。時折彼女がおびえていないか様子を見つつ、屋台の店主に声をかけた。


 「オリボーレンを一皿もらえるか?」

 「あいよ! 王国銅貨四枚だ!」


 ブレンが店主に代金を支払う。レティは申し訳なさそうにしつつも屋台から漂う甘く香ばしい匂いが気になるのか強く拒否しなくなっていた。


 「勇者のオリボーレンお待ち! 木皿は後で返してくれよ!」


 店主から木皿を受け取ったブレンは道のわきまで行くとしゃがんでレティに木皿を渡した。


 「え? え?」

 「ほら、温かいうちに食べたほうがうまいぞ」

 「で、でもごすじんさまの分は?」

 「俺はいいよ。朝飯食ったし」


 ほら、と促すブレン。食べるかどうか迷うレティだったが、目の前のオリボーレンからは彼女が経験したことのない良い匂いがした。今朝食べたご飯のような食欲をそそる匂いではなく、嗅いでいるだけで幸せになれそうな甘い匂いだ。


 「じゃ、じゃあ。一つだけ……」


 ブレンに遠慮しつつ、オリボーレンを一つつまんで食べるレティ。しばらくの咀嚼の後、レティは目を見開くともう一つオリボーレンを食べていた。


 「おいしい……おいしいですごすじんさま!! 香ばしくて、甘くて、さくさくで、でも柔らかくて! えっと、えっと……」


 感動するレティだが、それを表す言葉が見つからない。そんな彼女にブレンは嬉しくなって、全部食べてもいいと促した。

 それを聞いたレティがオリボーレンを二つ三つとほおばっていく。木皿に十個ほど盛られていたオリボーレンだったが、あっという間にレティはそのほとんどを食べた。


 「美味しいですごすじんさま! ……あ」

 「なんだ? もっと食べたいなら買ってくるぞ」


 皿に一つしかないオリボーレンを見て落胆の声を出したレティに、ブレンがそう言ってなだめようとする。しかしブレンの考えとは違い、レティは一つ残ったオリボーレンをつまむとブレンに差し出した。


 「ごすじんさま、どうぞ」

 「いや、俺はいらないって。お前が食べていいぞ」

 「ごすじんさま、このお菓子はすごいです。食べると元気になれるんです。だから、ごすじんさまにも食べてほしいんです。その……」


 レティはそこまで言って、もじもじと恥じらう。だが意を決するとブレンに向かって言った。


 「一緒がいいです。一人で食べるご飯より、誰かと食べるご飯の方がおいしいって、朝ご飯の時に知りましたから」


 その言葉にブレンははっとした。美味しいものを分かち合う。レティがしようとしているのは、あまりにも当たり前すぎてブレンが見落としていたものだった。


 「……そうか。じゃあもらうぞ」


 ブレンがオリボーレンを口にする。その味はブレンにとって子供のころから慣れ親しんだものであるはずなのに、いつもよりもおいしく感じた。



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