第十一話 出発
朝食の後、ブレンはレティをナナに預けて魔物退治に赴いた。魔物が出る区域は隔離されており、村役場からクラースという猫背で相手を値踏みするような視線の男が迎えに来て、そのままブレンをそこへ案内していく。
「今回ブレンさんに依頼したいのは魔物の調査です」
「調査? 俺は退治だって聞いていたんだが」
「ええまあ。しかし一人で魔物退治など危険ですし、今回は無理をしていただかない方が良いとこちらで判断させていただきました」
ブレンの返事を聞かずにクラースはそのまま事件の詳細について話し出した。
一年前、村の北西部に魔物が現れ、そこに住んでいた人々を殺して回った。ポリアが魔術で巨大な土の壁を作り出して魔物を被害地域ごと閉じ込めたが、それ以来手の出しようがないという。
「それは村長にも聞いた。20人の駐屯騎士団を全滅させたそうだな」
「ええ。それに命からがら逃げてきた生存者の方々も、どういうわけか眠ったまま目を覚まさないのです。そのせいで、どんな魔物が襲ってきたのかもわからないのですよ」
なるほど、それなら筋が通っている。だがブレンが納得しかけた時、クラースは冷笑混じりにこう言った。
「とはいえ、調査だけなら村人でもできますし、何より封鎖に成功しているならこれ以上何をする必要もないと思いますけどねぇ。ま、せいぜい頑張ってください」
セリフこそブレンの身を案じてのものだったが、クラースの態度にはブレンに対する不信や侮りがちらほらと見えた。
彼はブレンが王都で有名な騎士だったことを知らない。また村人にとって魔物は一匹出れば十人がかりで出るのが常識であるため、無理からぬ反応だろう。
だが、ブレンはクラースの態度にカチンときた。
「へぇ。ちなみにクラースさん。絶対に退治しちゃいけないのか?」
「え? いやいやブレンさん。私どもとしては、無理をなさらないようにと」
「無理じゃなければ倒していいんだな?」
「え、ええ。そこまでおっしゃるのなら。ただし、忠告されたのに無茶をした怪我なら、治療費は村では負いかねます」
小ばかにした口調のクラースをいなしながらブレンがあぜ道を歩いていると、前方に巨大な壁が見えてきた。
「見えました。ブレンさん、あそこです」
クラースが指さす方向に3シダー(1シダーは1,2メートル)はある巨大な土の壁があった。さらに進むと、木の門の前に番人が二人立っている。番人は二人の姿を見るなり手にした長槍で扉をふさぐと大声で足止めした。
「とまれ! ここから先はヤンマー村長の命令で封鎖されている。すぐに立ち去れ!」
「落ち着いてください。私です、クラースです」
「クラースか。そっちの男は」
「ブレンだ。ヤンマー村長から魔物退治を頼まれてきた」
番人二人が顔を見合わせる。そこへクラースが懐から手紙を取り出して二人に見せた。
「これは……確かに、村長のサインだ。でも、こんなやつがか?」
「え?」
「いやいや。村長は退治してもらう気でいるようですけど、今回は調査だけにしてもらおうかと」
「なるほど! 一人で魔物退治なんて、酔っ払ってても無理だとわかるからな!」
「そうだ。それにポリアさんがこの土壁で封鎖してくれているのにわざわざ行かなくてもいいだろ。アンタもとんだ貧乏くじだな」
「…………」
ブレン自身、すぐに村人から信頼を寄せてもらえるとは思っていない。しかし、このまま舐められっぱなしでは今後の生活に支障が出る。何より自分が信用を得られなければ、レティも暮らしにくくなるかもしれない。
「じゃあ、今扉を開けまーーー」
「いや、開けなくていい」
「え?」
番人たちとクラースが呆けた声を出した時、ブレンはわずかなでっぱりを利用して土壁を登り切っていた。
「壁の裏に魔物が居るから開けないでくれ。帰って来る時もだ」
それだけ言ったブレンが飛び降りる。三人はブレンの言っていることが理解できずに顔を見合わせたが、数秒後に恐ろしい唸り声が響いたのを聞いて自分たちのすぐ背後に魔物が居たのだと戦慄した。
だが、その戦慄も十秒後には魔物の命と共に消え去る。魔物の悲鳴が上がった後、ブレンが再び壁をよじ登って大きな哺乳類の頭骨を二つ投げてよこしてきたのだ。
「ヒィッ!」
「マサカーパンサーが居た。扉を開けていたら危なかったな」
マサカーパンサーとは人間の大人ほども大きく爪も牙も異常発達している魔物である。また気配を消したり身をひそめたりする能力が高く、山道を歩いていてこの魔物に襲われて死ぬ人が後を絶たない恐ろしい魔物だ。
おまけに、そんな魔物が二体も居た。もし扉を開けていたらと考えて三人は真っ白に青ざめる。
「ところでクラース」
「はい!?」
「魔物退治の依頼……で、いいんだよな?」
歯をむき出すようなブレンの笑みがトドメとなり、クラースと番人二人はコクコクと頷くしかなかった。
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