第九話 酪農家の朝
酪農家の朝は早い。ハルゼンはいつも通り、夜明けを迎える前に起床していた。
冷たい水で目を覚まし、ポリアが用意したタオルで顔をぬぐう。そうして彼はいつも通り牛舎へと足を運んだ。
「お父さんおはよー」
「あ、おはようございます」
ハルゼンは目をむくほど驚いた。目の前には娘のナナと居候のブレンが居たのだ。
「ぶ、ブレン? お前、どうして」
「居候させてもらう立場だし、何か手伝おうと思ってな。魔物の駆除は、どちらかといえば村全体の助けになる仕事だからな」
そういうとブレンは、ナナに教わりながらフォークで牛糞を集めていく。初めての作業なのだが、ブレンは持ち前の身体能力を生かしてテキパキと作業をこなしていった。
「そうそう。そうやって、集めた牛糞はそっちに集めてください」
「……半分はもう終わったのか」
ナナは上機嫌である。いつもだとナナとハルゼンの二人で手分けして牛舎を清掃するのだが、ナナはちゃっかり自分の持ち場の半分をブレンに任せるつもりだった。ところがブレンはナナが考える以上に仕事の呑み込みが早く、あっという間に牛舎の半分を掃除し終えてしまったのだ。
「そうなの! ブレンさんはすごいんだよ! 私より早く起きていたし、王都育ちで牛の臭いはダメなんじゃないかって思ったんだけどそんな事全然ないの!」
ほめちぎるナナにブレンは照れながら作業を続けた。牛舎には獣臭が満ちているが、駐屯騎士団の騎士だったブレンはもっとひどい匂いを経験したこともある。グールアパート事件の時は死臭を放つグールを相手に戦っていたのだ。今更牛糞ごときにひるむブレンではない。
ちなみに力仕事も同様である。どんな作業だろうと、駐屯騎士団の訓練や任務に比べれば造作もないだろう。
「レティは―――」
まだ寝ているのか。意地になってそこからいちゃもんを付けようとしたハルゼンだったが、その時「ナナお姉さーん」と言いながら女の子がこちらにやってきた。レティだ。
「言われた通り、牛さんのお皿にご飯を置いてきました」
「ありがとうございますレティちゃん! まだ眠いのにごめんね?」
「いいんです。レティは、ごすじんさまと一緒に居たいので」
来たばかりのレティまでもが早起きして働いている光景にハルゼンは唖然とした。さすがにレティはまだ寝ているだろうと思い込んでいただけに衝撃も大きかったのだ。
「ナナお姉さん、次は何をすればいいんですか?」
「待てナナ。素人のそいつらに仕事をさせるつもりか。何もさせるな」
厳しい口調で命令するハルゼン。しかしブレンは臆することなく彼に向き直った。
「ハルゼンさん。俺たちはこれから世話になるんだ。本当に何もせずただの居候じゃあ俺もレティも居心地が悪い。雑用でもいいから手伝わせてくれないか」
「……俺に気に入られようとでもしているのか」
ハルゼンはそう邪推するが、対するブレンの反応はいまいちピンときていない。「ああ、なるほど」とブレンが気づくのは数秒遅れての事だった。
「確かにな。これであんたに気に入られれば、俺もレティも過ごしやすくなる」
「テメェ……」
すっとぼけたブレンの反応に苛立ちを覚えたハルゼンだったが、彼をせかす様な牛の鳴き声で我に返ると仕事にとりかかった。
「言っておくが、給料なんざ出さねえからな。居候するなら最初からそのくらいやれってんだ」
「そうさせてもらう。あ、でも昼間は魔物退治があるから勘弁な」
憎まれ口など意にも介さず牛舎の清掃に戻るブレンと、気に入らないと鼻を鳴らすハルゼン。しかしそんな二人をナナがニコニコとみていた。
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