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第三話 馬車代パニック

 「あのー。この馬車って、どこに向かっているんでしょうか」


 夜明けとほぼ同時に目覚めたナナがまず聞いたのは、馬車の行き先だった。ブレンは眠い目を瞬きで覚ますとレティを抱きかかえながら答えた。


 「この馬車の行き先はビーク村だ。王都と周辺の村を結ぶ運送馬車だからな」

 「本当ですか!? よかったー。私の家はビーク村なんですよ」

 「ああ。やっぱりか」

 「え?」

 「もう一回自己紹介するけど、俺はブレン・ガンダフ。この子はレティ。名前に聞き覚えはないか?」


 きょとんとした後、ナナは腕を組み眉間にしわを寄せてブレンの顔を覗き込む。しばらくそうしていると、不意にはっと何かを思い出して叫んだ。


 「もしかして、今日からウチに居候する……!」

 「やっぱりそうだったか。これからよろしくな」


 ブレンとレティは、邪神オグムの信徒から身を隠すために王都周辺の村へと潜伏することになっていた。そうして潜伏先に選んだのが、何の偶然か昨夜助けたナナの家、カスペルバーグ家だったのだ。


 「すごい偶然です……すごいすごい!」

 「静かにな。他の人たちはまだ寝ているから」


 まるで小さな子供のようにはしゃぐナナ。ブレンがたしなめて静かになったが、レティは起きてしまった。


 「ごすじんさま……?」

 「あ、ごめんねレティちゃん。起こしちゃった?」

 「ナナお姉さん……平気です。このまま一緒に起きてます」


 レティはそのままブレンにくっついて夜が明けるのを待つ。やがて日が昇ると他の乗客たちも次々と起床し、一度馬車を止めて朝食をとることになった。石のように固く酸っぱい黒パンを牛乳でどうにか戻しながら食べるという家の中で摂る食事とは比べようもないものだたが、ともあれ食事は食事。馬車の揺れに耐えるためにも腹ごしらえは必須だった。

 

 「美味しい! ありがとうございますブレンさん! 助けてもらった上に、朝ご飯までごちそうになるなんて!」


 既に太陽が昇っている。暗い夜ではわからなかったが、ナナは農家の娘にしては整った顔立ちをしていた。栗色の髪を二房のみつあみに結び、髪と同じ色の目は大きく開かれている。黒パンをほおばる顔にも愛嬌があり、親しみやすい雰囲気だ。そのおかげか、レティも初対面のナナに対して怯えずに接している。


 「ごすじんさま。ナナさん、素敵ですね。それに、キレイです」

 「ん? ああ。たしかにな」

 「やだなぁレティちゃん。私をほめたってお乳は出ませんよー?」


 独特な言い回しにブレンは「お、おう」と思わずたじろいだ。なにせナナ自身の乳房が牛並みに大きいのだ。巨乳はフィアレで慣れていると無意識に思い込んでいたブレンだったが、同年代で彼女と張り合うか、あるいはそれ以上のモノの持ち主は見たことがなかった。


 「お乳……? ナナさん、おっぱい大きいからお乳がでるんですか……?」

 「レ、レティちゃん?」

 「レティ、今のは冗談だろ。若干笑いどころがわかりにくいけど」

 「ブレンさん?」


 男性の方から女性の胸をどうのこうのいうのが失礼だというのはブレンにもわかる。突っ込みづらいのでやめてくれという意味でブレンは言っていた。


 「そういえば、ナナさんはさっきからパンをそのまま食べてますよね。固くないんですか?」

 「ご心配なく! こんな黒パン、いっつもかじりながら乳しぼりをしていますので!」


 ナナが語るところによれば、彼女の実家はビーク村で酪農を営んでいるという。馬車の運賃で引かれてしまうために乳製品での稼ぎは少ないが、彼女の母親がある副業を営んでいるおかげで暮らせているのだそうだ。


 「もぐもぐ……そういえばごすじんさま。ナナお姉さんの馬車のお代はどうなるんですか?」

 「あ……あああああーーー!!」


 ふと馬車の運賃というワードでレティの頭に浮かんだ疑問に答えたのはナナの絶叫だった。それからパンを取り落とすと、栗色の頭を抱えてガクガクとしゃがみこんで震えだす。


 「どうしたんですか!?」

 「ど、どうしよう……払える……? い、いやもし払えなければ身売り……いやそれならまだマシ……一家離散……無理心中……!!」


 レティが心配して駆け寄り落ち着かせようと背中をさする。しかしナナは半狂乱に陥ったままブツブツと物騒なことを呟いていた。

 一向に収まらないパニックがレティにも伝染しかかったのか、彼女も慌て気味にブレンを振り返った。


 「ごすじんさま! ナナさんが、ナナさんが! ど、どうすれば!?」

 「落ち着け二人とも。レティ、ナナがこうなっているのは馬車代の運賃が払えないかもしれないからだ」

 「お、教えてください! この馬車の運賃って、いくらですか!?」

 「馬車の運賃ですか? ごすじんさまはどのくらい払ってたっけ……?」


 レティはこの馬車に乗る時ブレンが金貨を出して支払うのを見ていた。あの時ブレンは、かなりの数のお金を支払っていたはずだ。相手の手に乗る金貨と銀貨がじゃらじゃらと音を立てていたことを彼女は思い出して推測した。


 「えと……多分、いっぱい?」

 「いいいいいっぱい!? そんなに!?」

 「ざっくりしすぎだレティ。いいかナナ。この馬車の運賃だが、確かにちょっと高めだ。大まかだけど、たぶんお前だと金貨1枚と大銀貨1枚ってところじゃないか?」


 ブレンのその言葉に、ナナはまるで死刑宣告を受けたかのようなショックを受けた。目も口も大きく開いて固まってしまっている。


 「な、なんでそんなに……」

 「運賃の内訳だが、まず朝飯と夕飯に出される黒パンと牛乳代、しかも牛乳は腐らないように冷凍魔術で保冷されている。それとこの幌馬車は十人乗りで、さらに隠ぺい魔術が施されている。おまけに牽引馬はレダホースといって魔物や敵意を敏感に感じ取る特別な馬だ」


 ブレンはフィアレから援助してもらったお金を最大限レティの安全のために使う事を方針として定めていた。よって王都から潜伏先となる村への移動手段も、最大限に安全なものを採用したのだ。


 (もっとも、この辺には出てこないはずのストーキングウルフが出てきたのは想定外だったが)

 「そ、それはお高い……」

 「ああ。それに馬車の運賃は乗客の体重と荷物の重さでも決定する。ナナの場合、見たところ体重は60バサルト(1バサルトは1,3キログラム)くらいだろ? 荷物は抜きとしてもそのくらいはするな」


 以上がブレンの見積もりだった。なおブレンとレティの場合は、ブレンの体重が重いうえに荷物を持ってきているせいで最終的に王国金貨10枚の料金になっている。この金額をナナに伝えていれば卒倒していただろう。


 「だ、大銀貨1枚と金貨1枚……? む、むり。終わった。終わりました私と家族。1年分の食費が今吹っ飛びました」


 いよいよこの世の終わりのような顔をしだしたナナ。追い込みすぎてしまったかと思ったブレンは、彼女が思いつめた行動に走る前にと肩に手を置いた。


 「まあ、心配するな。お前の分は俺が払っておいてやる。金を返すのも、用意できてからでいいし」


 最大限レティのために使うと決めてフィアレから預かったお金なので他の用途には極力使わないと決めていたが、だからと言って一度助けたナナを見捨てることもブレンにはできなかった。居候先の家の娘という事もあるが、何より一度助けた相手を途中で投げ出すという行いは、ほかならぬレティに対して絶対に行わないと誓ったことでもある。

 しかし、ブレンの決心とナナがそれを信じるか否かは別の問題だった。


 「しゃ、借金……!! あわわ。お願いです! 家族には手を出さないでください!」

 「いや、俺は別に―――」


 ブレンが言うより早く、ナナはあおむけになって地面に身を投げ出していた。


 「私なら好きにしていいです! だから家族には! 家族には何もしないでー!!」

 「俺は悪徳金貸しか……?」


  またナナの事で乗客から苦情を言われそうだとブレンは天を仰ぐ。しかしその一方でレティはナナに興味がわいたのか、しゃがみこんで彼女を観察するように眺めていた。

本作を読んでいただきありがとうございます!


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