第三十話 別離か否か
震える声のレティに、ブレンもフィアレも驚きを隠せなかった。二人とも、ここまでレティの気配はおろか、扉の外に誰かが居ることにすら気づかなかったのだ。それほどまでに話に夢中になっていたという事でもあるのだが。
「レティ、お前寝ていたはずじゃ」
「あの、なんだか眠れなくて……そしたらごすじんさまが居ないから、探して、ここを見つけたんです」
「一人で来たのか。よくここが―――」
「ちょうどよかった。レティさん、今の話を聞いていたのですね?」
ブレンを遮ってフィアレがその確認をした。こわごわとしていたレティだが、ゆっくりと確かにうなずいた。
「どこから聞いていたのですか?」
「あの、じゃしん……? がどうとか……」
「では話は早いです。レティさん、あなたの身柄は今狙われている状態です」
淡々とした口調でフィアレが告げる。今までの優しい様子とは打って変わった彼女に、レティはおびえて縮こまった。
「おいフィアレ、もっと穏やかに―――」
「あなたの身柄が邪神側の手に落ちた場合、非常に危険な事態に陥る可能性があります。ですので、今後はブレンさんではなく我々女神アシィナの使徒の元で保護しましょう」
「ごすじんさまじゃなくて、フィアレさんのところで……?」
レティはブレンとフィアレを交互に見た。特にブレンに対しては、まるで助けを求めるような視線を送っている。
しかし、ブレンにはレティを安心させてやれるような言葉を言うことができなかった。先ほどの会話で、自分ではレティを守り切れないのではないかという懸念がブレンの心に貼りついてしまったからだ。
「で、でも。ごすじんさまの許しがないと……」
「それでしたらブレンさん。今後レティさんの身柄は我々が預からせていただきます。よろしいですね?」
既に決定事項であるようにフィアレが言い放つ。そして意外なことに、レティ自身が小さく「その方がいいのかな」と呟いたのでブレンは驚いた。
「レティ!?」
「レティは……考えたんです。このままでいいのかって」
「それは……」
ブレンには答えられなかった。レティが奴隷のままでいること、ブレンの側にいること。それらは今この場で回答を出せるほどやさしい問題ではない。なぜならそれは、彼らの今後の人生や命に係わる問題であり、同時にレティを罪悪感にさいなむものだからだ。
「ごすじんさま。今日この神殿に襲い掛かってきた人たちは、私が狙いだって言ってましたよね。本当ですか?」
「……ああ。本当だ」
「じゃあ、レティがいる限り、ごすじんさまは危ない目に会うの……?」
レティの目に涙がたまる。その罪悪感は遠見の水盤で彼女がブレンが戦い、傷つくところを見たときに生じたものだった。
彼女自身、虐待を受けていた経験から痛みや傷つくことに敏感である。まして優しい彼女にとって、ブレンが腹を刺され、治療されなければならないほどの大けがを負ったことは到底看過しえない問題だったのだから。
「い、いや。俺なら大丈夫だ。腹の傷もフィアレに治してもらったし、そもそもお前と会う前から戦うことを仕事にしていたんだ。そんなに気にするなよ」
「でも。レティは何もできなくて……それに、レティが居る限り、ごすじんさまがあぶない目に会う……」
「そんなの、大神殿にいたって……あっ」
しまったとブレンは口を閉じたが、吐いた言葉は戻せなかった。すかさず決め打ちのようにフィアレが畳みかける。
「そうです。どのみちレティさんが危険であることに変わりはありません。そうであれば、装備が整い、万全の状態で迎え撃てる方がいいはずでは?」
「……やっぱり、そっちの方がいいのかな」
とうとうブレンは、そんなことはないと否定することができなかった。彼の冷静な部分が、それが最善であると納得してしまっているからだ。
まして事は、邪神の復活、ひいては国家の存亡にも関わることである。冷静に事態を見極め、最善の策と安全な道を求めるのは当然のことだった。
「では、レティさんは明朝にでも大神殿へ。今連絡を―――」
「待ってくれ。フィアレ」
部屋にあった遠見の水盤に向かおうとしたフィアレをブレンが呼び止めた。不思議そうな顔でフィアレが振り返ると、そこには強く目を開き、口元を固く真一文字に引き結んだブレンの表情があった。
「どうされましたか?」
「……レティは大神殿には預けない。俺が守る」
冷静な部分で納得していたはずのブレンは、しかしフィアレと、そしてレティに向かってそう宣言していた。
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