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第三話 傷だらけの少女とカラスたち


 「うぇ、おぇぇ……」


 深夜の街。小ぶりの雨が降り注ぐ中、ブレンは人気のない道をえずきながら進んでいた。酒盛りは深夜に及び、ブレンどころかジョー、アクトの財布まで全て酒代に消えたところでようやく終わりを迎えたのだった。


 「む、無茶苦茶な飲み方をしちまった……だめだ、一回吐こう」


 ブレンも普段から飲酒の習慣がある男であったが、酒場で日雇いの男たちが手っ取り早く酔うためにのむような、度数が高いだけの安酒をそう何杯も飲んで耐えられるほど強くはない。ちなみにアクトは一杯目でダウンし、ジョーはそれを見て「王都で嘔吐」という何が面白いのかわからないようなことを口走っていた。およそ正気ではない。

 道端の側溝に這いつくばり、指を喉奥に突っ込む。騎士としての体面が一瞬脳裏によぎるも、もうクビになっていたことを思い出した途端、胃袋で渦巻いていたアルコールが一気に吐き出された。


 「うっ……オエ」


 吐しゃ物が雨水に交じって流されていく。今日飲んだ酒はアルコールが高いだけの粗悪な酒で、二束三文で働く日雇いか名誉はあっても金はない騎士が飲むような酒だ。


 「…………」


 ブレンはしばし流されていく下水を見つめていた。自分の信念に従って行動した結果とはいえ、騎士団からは用済みの烙印を押されたようなもの。さらにブレンは今まで騎士として戦闘技能ばかりを磨いていたためになにか職能があるわけではない。

 ジョーやアクトの手前強がったブレンだったが、何か対策を考えなくては下水のように世の中から捨て去られるだけであることを、本人が一番よく理解していた。


 「……ん?」


 下水から、吐しゃ物や雨水に交じって別の臭いがする。そう気づいたブレンは、その匂いに意識を集中させた。かぎ慣れた臭い。鉄臭いその臭いを知覚した瞬間、ブレンは身構えていた。


 「血の臭いだ……!」


 血液。人間が流血した臭い。雨水か酔っ払いの吐しゃ物くらいしか流すもののない側溝にはあってはならない臭いがする。誰かが争ったのか、あるいは怪我をして倒れているのか。


 「《見通しの光瞳(サーチ・アイ)》」


 ブレンが小さく唱えると、彼の瞳が緑色の光を帯びる。そして彼の視界は、夜の闇を見通せるほど明るくなった。

 《見通しの光瞳(サーチ・アイ)》。普通は捉えられないような小さな光を捉えられるようにすることで闇の中での視界を確保する魔術である。


 「とりあえず、側溝の上流に向かうか」


 血が雨と一緒に空から降ってきたのでなければ、血を流している誰かはこの近くにいるはず。血の臭いがそう古くないことから判断したブレンは探しに出かけた。

 途中で枝分かれする側溝を、血の臭いを頼りに進んでいく。そうして歩き続けたブレンは血の臭いがスラムに続いていることに気づいた。


 「殺人か?」


 スラムとは、貧困層がひしめき合って暮らす区画の通称だ。生きるための奪い合いが絶えず、強盗や殺人は珍しくない。

 とはいえ、ここまで来てしまった以上引き返すつもりもブレンにはなかった。真夜中のスラムに侵入するのは危険極まりないが、先ほどの嘔吐で酔いはある程度解消され、更に魔術で視界の確保もできている。襲われたとしても、迎撃することはできるだろう。


 「血の臭いも近いな……ん?」


 その少女をブレンが見つけたのは、スラムに入ってすぐの事だった。年のころは十四、五歳くらいだろうか。服とも呼べないような布のようなものだけを身に着け、あとは全身傷と汚れでボロボロの状態だ。体から流れ出る血が、雨と一緒に側溝へと続いている。


 「おい……おい! しっかりしろ!!」


 最悪の予想をしながらブレンが慌てて駆け寄る。少女の身体を抱き上げるが、既に生命を感じ取れないほど冷たく、ぐったりとしている。

 しかし、まだ息はあった。か細く絶え絶えではあるものの、少女は確かに呼吸をしていた。


 「まだ助かる。すぐに治療所へ―――」


 刹那、ブレンは振り向きざま背後にいたそいつに回し蹴りを叩き込んだ!

 不意打ちを狙えると油断していたそいつはスラムの壁まで吹き飛ぶと、そのまま動かなくなった。


 「……一人じゃねえな」


 いつの間にか、ブレンは囲まれていた。先ほど吹っ飛ばした奴を除いても十人。背が高く、黒いコートに身を包むその姿は、まるでごみを漁りに来たカラスのような印象を与える。


 「この子の周りに潜んでいたよな。お前ら」


 動揺が走る。ブレンは少女がこの男たちに取り囲まれていたことに最初から気づいていた。


 「どうしてだ? この子が傷だらけで倒れているのに、なんで見ているだけだったんだ」


 だからこそ、不可解よりも先に怒りが先立ち、ブレンは少女に駆け寄っていたのだ。誰が見ても重傷とわかる少女の容態。それをあえて無視し、まるで生餌のように彼女を放置していた。そのことにブレンは、目の前の者たちやその背後になにか邪悪な思惑を感じた。


 「ク、ククク」


 男たちのうち一人が笑い出す。ブレンは左手だけで器用に抜いた剣を、その男に向けて正確に向けていた。


 「もう少し試すつもりであったが、これほどとは。次の段階に移しても構うまい」

 「何の話だ」

 「聴け。これより我らカラス、お前が抱えるその少女を殺しに行く」


 は? と眉をひそめるブレンにかまうことなく男は続ける。まるで最初から吹き込まれた言葉を、そのままなぞるかのように。


 「期間は一週間。実行者はここにいる十人。昼夜を問わず、お前とその子を殺しに行く」

 「ぬかせ!」


 今度はブレンが奇襲を仕掛ける。左に抜いた刀を男に投げつけ、そのままブレンは男に突進した。


 (払ったところに肘鉄をくらわせてやる!)


 しかしブレンの投げた剣も突進も、どちらも空を切る結果に終わった。既に男の姿はなく、十人とも姿を消していたからだ。


 「最後に一つ。その子が死ねばお前も死ぬのだ。それを忘れるな」


 闇の中から声が響く。だがブレンがいくら《見通しの光瞳(サーチ・アイ)》で探しても、もうどこにもカラスたちの姿はなかった。


本作を読んでいただきありがとうございます!


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