第二十九話 示されていた予兆
「オグム……オグムだって!? ありえない! そいつはずっと昔に倒されたんじゃないのか!?」
邪神オグムというのは、クルトデス王国建国にも関わる邪教の神の名前である。
かつてクルトデス王国がまだ建国されていなかった頃の事。この地方一帯で崇められている神が居た。それが邪神オグムだ。
オグムは生贄を求める神であり、人々は我が子を生贄に奪われ、また自らもいつ邪神の生贄に捧げられるのかとおびえる日々を送っていた。それでいてオグムの恩恵や加護を受けられるのは一部の司祭階級の人間のみ。格差も激しく、1000人のうち1人だけが裕福で、あとは全員貧しいというありさまだったという。
しかしある時、邪神の支配領域に三人の若者がやってくる。王家の始祖と聖女、そして勇者だ。
「うん。クルトデス王国の建国神話に語られている通り、初代王のマクウィール・クルトデスと初代聖女のメルク、そして勇者アンドリュー。この三人が邪神を倒した」
「俺もそれは知っている。でもマクウィール王は二度と邪神が崇拝されることがないように邪神の教徒を弾圧したし、偶像も書物も全て破壊された。オグムって名前自体、一部の人間しか知らないはずだ。復活まではしてないにしても、誰かが知って崇拝しているだなんてありえない!」
「ぶーちゃん、これを見て」
まくしたてるブレンに対して、冷静な態度のままフィアレは指で紙の上の図形を指示した。そこには、ブレンが黒装束たちの額に診たものと同じ、〇に×を組み合わせた図形がインクで描かれている。
「それがどうしたんだ? これ、いったい何の……」
「うん。これは邪神のシンボルマークだよ。世界を乱すもの、混沌、正常の冒涜者。〇はこの世界や秩序の象徴で、×はそれを乱す邪神そのものを意味しているの」
「そんな……」
信じられない。と言おうとしたブレンだったが、確かな証拠を提示されてはもはや認めざるを得なかった。間違いない。大昔に葬られたはずの邪神を何者かが崇拝し、その力を受け取っている。
「じゃあ、邪神の加護で魔術を使っていたってことは、邪神はもう復活しているのか?」
「それはありえないと思う。邪神が復活していたらとっくに戦いを仕掛けているはずだよ。多分、今はまだ自分の信徒たちを使って復活のための準備を整えている段階なんだと思う。でも、何か対策を打たなくちゃいけない」
そこまで説明し終えて、フィアレは一息つくと机に置いてあったお茶を一口飲んだ。ブレンもまた勧められ、新しいカップに注がれたそれを飲むと、冷たく頭が澄み渡るような感覚になる。仕事用にのんでいる薬草茶なのだろう。
「それで。邪神との戦いに備えろってことか」
ブレンが尋ねる。邪神が復活するかもしれないという話をフィアレがしたのは、ブレンに戦ってほしいからではないかと考えたからだ。
「俺は構わないぞ。レティの事もあるし、この国の存亡にも関わることだ。思う存分やってやる」
「あ、ごめん。ぶーちゃんにお願いしたいのはこの事じゃないの」
しかし、そんなブレンの予想に反してフィアレは首を横に振った。拍子抜けするブレンの前で、フィアレは誤解やまどろっこしさを覗くために単刀直入に切り出した。
「レティちゃんの事、神殿に預けてくれないかな」
「レティを? どういうことだ」
「昼間の襲撃者たち。狙いはレティちゃんだったんだよね」
「ああ。あいつらはレティの命を狙っているみたいだ。それに、レティが死んだら俺も死ぬっていう意味の分からないことを言っている」
黒装束たちが邪神オグムの信徒である事はわかったが、それ以外の部分は謎が多いとブレンは改めて感じた。
今の事もそうである。レティが死ねばブレンも死ぬとはどういうことなのか。
「もしもあの人たちが本当に邪神の信徒でその狙いが邪神の復活だとすると、レティちゃんがあの人たちの手に落ちるのは絶対に避けなきゃいけないよね」
「……俺一人じゃレティを守り切れないって言いたげだな」
「ううん。事実として、ぶーちゃん一人じゃ難しいと思う。ぶーちゃんは今一人ぼっちだし、少し本気を出せば周りに被害が出る。そうでしょ?」
こういう時ははっきり言うのがフィアレであるとブレンは承知していた。彼女はどちらかというと厳しめで現実主義的な性格をしている。幼馴染のブレンにも特に必要でないときは甘いものの、ブレンとこの国や聖女としての役目のどちらかを選べと言われれば、間違いなく後者を取るだろう。
そして、それはブレンもまた同じだった。ブレンでは無理だと断言するフィアレに反感こそ覚えるものの、自分でも自覚があるため反論もしづらい。
「でも、この神殿は治療所を兼ねているんだ。ここがまた襲撃されたら、今度はどんな被害が出るか―――」
「そこは大丈夫。レティさんにはここじゃなくて、大神殿に行ってもらうから」
「大神殿!?」
ここでの大神殿とは、女神アシィナを祭る神殿の本部を意味している。高い山の上にあり、規模も、巫女や警備兵の実力も分殿に過ぎないこことは大違いである。
確かにそこならば、より強固にレティを守れるだろう。反論できないというよりも、ブレンが納得しかけたその時だった。
「あの……今の話、本当ですか……?」
ブレンの背後、小さく控えめに空いていた扉から、レティのおびえる声が二人に聞こえた。
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